第53話 終戦

 俺の視界上部に映るドローンからの映像はあちらこちらに白いガスが漂う森の中の道を大勢の兵士が苦しみのた打ち回るものだった。


 戦いは終わった。いや終わったと思う。まだ正式に降伏されていないから終わったと思うとしか言えない。敵の首脳陣は殺してしまったから誰が権限を持って降伏するのかは分からないが、俺がそこまで気にすることではないので後は将軍にまかせるとする。


「終わったな。ルージュ、将軍の元のロボドッグに音声を通して。カリョ通訳頼むよ」

「リョ、……繋がりました」

「将軍、終わりました。後の処理はお任せします」

「カイヤ様? ハッ! 了解しました!」


 将軍の元には連絡用として一機のロボドッグを置いてある。最初に見せたときは不思議がられたが「神の国の犬のゴーレム」ということで面倒な説明は省かせてもらった。


「カリョ、マーツェ、戻るよ」

『『うん』』


 俺たちは手持ちの武器をカートに乗せて手ぶらで谷の上の自陣に向けて歩き出した。


 谷の上からはコルタス軍のゴーレムが降りてくるのが見える。横に広がっていてはすれ違えないので俺たちが一列になると、コルタス軍のゴーレムも一列に並んで前進してきた。先頭のゴーレムが右手を上げ手のひらをこちらに向けると続く後ろのゴーレムも皆右手を上げだした。


「カリョ、マーツェ、ハイタッチだ」


 俺の前を歩く姉妹にそう言うと通じたようでゴーレムとすれ違いざまにハイタッチをしていく。もちろん俺もすれ違いざまにハイタッチをする。

 言葉を発せられず、鉄兜に黒い穴の開いただけのゴーレムの顔だが気のせいか笑顔が見えたような気がした。


 ゴーレム部隊の次は騎馬兵。こちらは右手を垂らして手のひらを出しておくと騎馬兵たちが手を伸ばして触っていく。こちらは皆笑顔が見えている。


 その次の歩兵は皆ハイタッチだ。下げた重神兵の手は歩兵の頭の上の高さにあるので歩兵が手を高く上げて重神兵の手を触っていく。こちらも皆笑顔だ。


 列の最後にゴーレムトラックの列が続く。先頭を歩くゴーレムに魂を乗せた大量の魔法師を乗せている筈だ。

 手にタッチできないのでポンポンとトラックに触れて送り出す。


 そうして谷の上の自陣に戻ると将軍が部下十数人と共に待っていた。


 俺と姉妹は重神兵を降りるためひざまずき、俺がいち早く背中のハッチを開けて上半身を出すと将軍が近づいてきた。


「カイヤ様、やりましたな。見事なほどの圧勝でしたぞ」


 話の内容とは裏腹に声と表情は硬く将軍は何かを探すように辺りを見回すが、目当てのものが見つからないのか視線を俺に戻した。


「ところで…… キャサリン様はどちらにいらっしゃるのですか?」


 俺は重神兵を降りると通訳をしてもらうため姉妹が降りるのを待った。将軍には口の前で手のひらをパクパクするジェスチャーを見せ通訳待ちだと伝えるとすぐにカリョとマーツェも降りて俺の隣に立った。


「キャサリン…… 神様ですよね」


 すぐにカリョが通訳をしてくれる。


「そうです、神様です」

「自分のするべきことは終わったから帰ったようですよ」


 予定だと誰にも見られないようにしてトラックに戻っているはずだ。


「え? そんな…… お礼を申し上げたかったのに」

「神としてするべきことをしただけだと思うんで礼はいらないと思いますよ」

「いや、しかし……」


 キャサリンと言う神は存在しない大嘘なので粘られると心苦しい。なので強引にでも話をそらすことにする。


「あ! 将軍、折角なので紹介します。今回鉄のゴーレムを操ってくれた二人です。カリョ、マーツェ、自己紹介して」

『カリョです。いつもカイヤの通訳をしてます』

『マーツェです! 私がコルタス王国を救った勝利の女神だからね!』


 将軍に物おじしないマーツェ。そこはやっぱりまだ子供だ。


「見事な戦いご苦労であった。そしていつも通訳ごくろうさん、そしてこちらは女神様か、そうかそうか豪儀だな、王に言って褒美をたくさん出してもらわないとな」


 得意げに言うマーツェを初対面の将軍が優しくねぎらうかのように微笑みかける。


 が、


「ん? ? ? !? あ、あ、あ、アナタ様は、か、か、神様? キャ、キャサリン様で、では……?」


 将軍がたじろぐ。左足が一歩下がったと思えば顔も引きつってきた。

 重神兵の組み立てのときに将軍はキャサリンを見たが名前は聞いていなかった。そのため城で見た壁に映された神と同じ顔のマーツェを神だと思ったようだ。


「あ! 違う違う、神はこのを参考にしただけで、このは神じゃないですよ」


 将軍はあっという間に噴き出した汗のにじむ顔で目をパチクリさせたあと、大きく息を吐き安堵の表情を見せた。


「そ、そうでしたか…… で、ではこの娘たちも神に選ばれし者たちなのですね」


 そっか、そうなのか。この姉妹も神に選ばれて俺と一緒にいるのか。神の力で俺たちが出会ったのであればそれは神に感謝したい。


「カリョとマーツェは神に選ばれし者だったのか?」


 いたずらっぽく姉妹に聞いてみる。


『もちろんよー!』


 マーツェは得意顔を見せるがカリョは首をかしげて苦笑い。当然そんな自覚は無いだろう。


 将軍は部下から手渡されたタオルで顔の汗を拭くと、事前に話し合っていたことだがこのあとの事を俺に伝えてきた。


 コルタス軍のゴーレムは敵陣のゴーレムトラックを奪い、捕虜を乗せてアルザルマ王国に乗り込むことになっている。捕虜と交換に賠償金を取って奴隷の開放を行う。神の罰を受けて三人の王が死んだことを捕虜が自国で広めれば抵抗しないはずだ。そしてそれらはコルタス軍の仕事なので俺たちの役目は終わった。


 将軍は指揮を部下に任せ、一度王都へ戻って王に報告するそうだ。

 まだ日は高くない。俺たちも村に帰ろう。



***



 重神兵とハイタッチしたばかりのその若い兵士は昨日重神兵を組み立て終えたあとにしたキャサリンとの会話を思い出していた。


 年齢は三十四歳(地球時間の二十歳)ぐらい、家族は全然似ていない双子の姉がいる、お酒は飲めるけど別に好きではなくいくら飲んでも構造上酔わない、まだ男性と付き合ったことがない未使用品。


 自分の事なのに”三十四歳ぐらい”とか言うし、更に”構造上”とか"未使用品"とか変な返事が多かったがそこも不思議な魅力だったキャサリンさん。


 キャサリンさん…… いえ、キャサリン様、あなたが神様だったのですね。


 会えるならもう一度会いたい。しかし天界の神がガルド教国に天罰を与えるために降りてきたのであって、鉄のゴーレムという神器の組み立てのために自分たちの前に姿を現したのであるならもう会うことは叶わないのでしょう。


 昨日生まれたばかり…… それは昨日この世界に降りてきたと言う意味だったんだ。


 そう思い、自分を納得させたその若い兵士は歩きながら寂しさを含む微笑みを浮かべた。

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