第52話 神の裁き

が名はキャサリン」


 その声はやさしく静かな口調だが腹に響くほどの大音量。


 連結ドローンを中心にして離れて配置されている四機のドローンがあり、それに付けられた拡声器からキャサリンの声が発せられるようになっている。一機のドローンに三つの拡声器。合計十二の拡声器は静かな口調でも連合軍だけでなくコルタス軍にも届くほどの大出力だ。


「先代エルゴスに代わりこの世界を新たにべることになった神である。覚えておくがよい。

 本来ならば人の前に姿を見せるようなことはせぬのだが、これだけの愚か者が愚かな真似をすとなると流石に神としていさめねばなるまいと思い現れた次第だ」


 宙に光り輝く女性、そしてその大音量の声に圧倒され、連合軍の誰もが神であることを疑わなかった。


 そして櫓の中の王も将軍も全て、櫓の外の数多くの兵士も皆本能であるかのようにひざまずいた。


「聞いているか? 愚かなるガルド教信者よ。

 よく聞け!

 ガルドとかいう神など存在しない!

 うぬらが崇めているのはまやかしだ!

 誰の許しを得て奴隷を持とうと思ったのだ?

 王族、貴族、平民はまあ良い。だがな、奴隷はどうだ? 鎖を付けて狭い部屋に押し込め、粗末な食べ物を与え女は犯すのか? 神がそれを許すと思ったか!?

 先代エルゴスは関知しなかったが我は違うぞ。人を人とも思わぬその所業には天罰が必要。

 われがコルタスに貸し与えたゴーレムの圧倒的な力を見たであろう。

 次は我が直接罰を与えてくれよう」


 その言葉に連合軍の誰もが頭の中が真っ白になった。意味は分かるが脳が受け入れを拒否している状態だ。


「ま、待ってくだされ、ワシの歳ではもう長く生きられません。罰をもらわずともすぐに死にますのでご勘弁を!」


 エーゲスト王が脂汗を浮かせて立ち上がり、よろよろと前にでて櫓の柵に左手をかけ右手を伸ばして懇願した。

 生き血の風呂に入れば長生きできると信じていたエーゲスト王は人一倍生に執着があったのだ。


「ならぬ。罰を受けよ」

「お待ちを!」


 エーゲストが必死になって柵から身を乗り出し右手を伸ばすとエーゲストの体は柵を越えてしまった。


「あ?」


 空を泳ぐエーゲスト。

 地表が迫るように見たのは一瞬のことで、高さ八メートルの櫓から落下したエーゲストは体を地面に激しく叩きつけた。


「……うぅぅぅ」


 地に伏せるエーゲストの右腕と右足が本来であれば曲がらぬ方向を向き、全身に激痛が走りその痛みのあまりエーゲストは何も考えられず意識が朦朧としていった。


 そして櫓の中も外も誰一人としてエーゲストを気に掛けるものはいなかった。当然ながら今はそれどころではない。自分たちの身に何が起きるのか、全員が頭の中を白くして身構えている。


「では、罰を与える」


 そう言うと神は音もなく上昇していった。屋根に隠れて姿が見えなくなると櫓にいた者たちはその姿を追うため立ち上がって前に出た。


 柵に手をかけて見上げると輝く神が見えたが、すぐにその神の右手がさらに強く輝きだした。


 その光が何なのかは誰にも分からない。だが自分たちにとって良いものではないとは分かっている。


 その手に持つ光が櫓に向かって投げられた。


 弧を描き光が櫓の屋根向かって落ちていく。


 櫓の首脳陣はその近づく光をただ見ているだけ。


 その光が屋根に到達すると首脳陣は光に包まれた。同時に起こる大轟音。そこを中心として外に広がる爆風と煙。飛び散る大小の破片。


 一瞬にして櫓は煙で見えなくなった。


 神/キャサリンが投げたものは爆音と閃光で相手を怯ます殺傷力のないスタングレネードを音を出ないように改造したものとグレネード弾をテープで巻いたものだった。


 櫓の近くにいた兵士は爆発で即死したり大けがを負ったりした者もいたが二万近くいる兵士の多くは無傷だ。


 爆音と爆風に身を守るため頭を抱えて丸くなっていた兵士たちは爆風が収まると恐る恐るあたりを伺い、そして自分の体を確かめて無事だと確信すると僅かの時間安堵した。

 しかし、すぐに置かれた立場を思い出す。次は俺たちかと無事だった周りの兵士たちと言葉をかわすとすぐにパニックになり皆が逃げ出した。


 拡声器を取り付けた四機のドローンがアルザルマ王国に続く森の道を走る敵兵を上空から追ってゆく。


 ルージュが操作する拡声器を付けたドローンは各六発ずつの催涙弾も抱えている。そして逃げる先頭集団に催涙弾の最初の一発を投下した。


 催涙弾は着弾の瞬間に破裂し広範囲に白い催涙ガスを広げ、催涙ガスを知らない兵たちはそのガスの中に入っていく。


「が!? や、焼ける!?」

「め、目が!?」


 催涙ガスは飛散してから十五分程で消えてしまうが一度浴びると目・鼻・口の粘膜に付着し、焼けるような痛みを覚える。その痛みは一時間近く続き、完全に治まるにはさらに数時間かかる。


 上空の四機のドローンは逃げる兵士の列の上を間隔を開けながら催涙弾を投下していく。

 そして地上は催涙ガスを吸い込み、咳と涙でのたうち回る兵だらけになった。


 グレネードを投下して殺してしまうこともできたが、今回は神を担ぎ出したので殺さずとも抵抗しないだろうという判断で、罰としての催涙ガスは神の慈悲でその程度で済んだと思わせる作戦だった。



***



 ギルルフ将軍は谷の上の自陣に戻り、兵士たちと共に谷底で行われている戦闘を見ていた。


 カイヤたちのゴーレムが持つ神器があまりにも一方的に敵のゴーレムを破壊していくその様に将軍と兵士たちは戦慄していた。


 神器から放たれた煙を引く何かが敵陣に届くと大爆発を起こし何体ものゴーレムが消し飛び、その爆発を逃れて前に出てきたゴーレムは別の神器から放たれている光の、雷のようなものよって鎧は穴だらけにされ頭や腕が削り取られていく。


 敵のゴーレムは瞬く間に鉄片が混じった土塊つちくれに変わっていた。


 たった三体の鉄のゴーレムが敵の五百のゴーレムをただの土に変えてしまったのだ。


 そして気が付けば上空に輝く光の玉。目を凝らせば女性らしき輝く姿が見える。


 カイヤ様が言っていた神なのか?


 将軍はカイヤの作戦を思い出していた。それは敵のゴーレムを蹴散らして戦意を失わせた後、神に出てきてもらい敵の首脳陣に罰を与えるというものだった。


「我が名はキャサリン」


 その女性らしき姿のものから発せられたと思われる穏やかな声が大音量で届いてきた。


 何故聞こえる?


 ギルルフ将軍以下全ての兵がその疑問を持った。


「先代エルゴスに代わりこの世界を新たに統べる神である。覚えておくがよい」


 その言葉を聞いたギルルフ将軍は顔を緊張で強張らせ慌ててひざまずくと他の兵士も次々にひざまずきだした。


 宙に浮かぶ光に包まれた人。遠く離れていても穏やかな声が腹に響くほどの大音量で届いてくる。神でなければ何か?


 兵士たちは疑うことなく頭を下げた。


 でも先代エルゴスって誰だ?


 その疑問を持つ兵士は少なくなかった。そしてキャサリンという名とその声に反応した兵士が数人いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る