第50話 開戦

 夜明け前、敵は谷の上から降りてきて谷底で陣形を組み始めている。大小さまざまだがすべてゴーレムだ。望遠レンズでとらえたその映像はコンピュータが物体を認識してその輪郭を一瞬オレンジ色で光らせる。人型に光る輪郭は皆ゴーレムだ。そして認識したゴーレムの体高がその頭上に表示される。多くは四メートル前後だが、六メートルくらいのものや八メートルほどのゴーレムも数体いる。凄い迫力だ。


 カウント数は五百十二。数も凄い。まぁ負ける気はしないけどね。


 味方の兵は谷の上で待機してもらっている。

 谷底に降りたのは俺と姉妹の三機の重神兵、俺たちの前には鎧を着て馬に乗るギルルフ将軍と首席補佐官のザンザッカー、後ろにルージュの操作する弾薬満載のカートだけだ。


 ギルルフ将軍は宣戦布告の口上を受けるため、そしてザンザッカーはその見届け人として来ている。ザンザッカーは敵の口上を受けたことを見届けたら直ちに報告のため王城に戻ることになっている。


「ルージュ、谷の上の櫓の中を映してくれ」

「リョ」


 俺の視界の中央上部にドローンからの映像が映った。


 櫓の中は松明たいまつが灯され、大きく柔らかそうな一人掛けのソファーが横並びで六つ、それが前後二列で並んで合計十二の席がある。


 全部は埋まっていないが前の列の中央には豪華な衣装を身にまとい、それぞれ形は違うが金の王冠らしきものを被った男三人が中央付近のソファーに座っていた。おそらく連合国の王か王子だろう。


 三人のうち、右の男はかなりの老人だが何を話しているのか嬉しそうに笑っている。もうすぐ笑えなくなるとも知らずにいい気なものだ。


 後ろの列は各国の将軍と副将軍かな。いかつい男たちが座っている。


 ギルルフ将軍の話ではガルド教国の文化では勝ち戦で安全だと分かっている場合、兵士の士気向上のため王族が見に来るらしい。そしてその場合、指揮は部下に任せて将軍も一緒に見るのだとか。


 ギルルフ将軍の情報通りで良かった。作戦に変更なくいけそうだ。


 櫓の映像から正面の敵ゴーレム部隊に視線を移すと敵のゴーレムはすべて谷底に下り、陣形を組み終えていた。


 そのゴーレム部隊の中央に動く影。


 騎馬が二騎とゴーレムが二体こちらに向かってやってきた。宣戦布告の口上をするのだろう。


 ギルルフ将軍とザンザッカー補佐官がそれを確認すると二人は顔を見合わせてうなずき、さらに後ろの俺たちに振り返るとザンザッカーが声を上げた。


「口上を受けに行きます」


 俺とカリョは重神兵の体でうなずくと将軍とザンザッカーは前を向き馬を歩かせた。マーツェ一人を残しているが相手が二体のゴーレムを護衛に連れていたらこちらも二体のゴーレムで護衛するのが戦場の礼儀らしい。


 互いの距離が十メートルほどのところで止まる。目の前は中央に二騎の騎馬、その左右に護衛のゴーレムが立つ。


 二騎の騎馬のうち右の騎馬に乗る男は軽そうな皮らしき鎧を着ているが左の男は重そうな鉄の鎧だ。そしてその鉄の鎧の男がさらに一メートル前に出た。


「我はアルザルマ王国将軍イルグマ・ダイドル。アルザルマ王国、ズリフト王国、ケルマンドゥ王国のガルド教連合国軍がコルタス王国に対し宣戦を布告する。日の出とともに攻撃を開始するが、いま直ちに降伏することを勧告する」


 相手のイルグマって将軍、自信たっぷりで目が少し笑っている。こちらの兵力を見て早々に降伏するものだと思っているのかもしれない。


「我はコルタス王国将軍ギルルフ・エイドナーである。連合国軍の宣戦布告を受諾じゅだくする。降伏勧告をいただいたが、神の加護は我が方にあり。欲望に駆られ平和を乱す貴様等邪教信者には天罰が下ると知るが良い」


 ギルルフ将軍の表情は見えないが噛まずによく言えたもんだ。どこかで練習をしていたのかな?


 余裕を見せていた敵のイルグマ将軍の表情が一変し口角を吊り上げると眉間に深い皺をよせ、無言でギルルフ将軍を睨みつけた。


「ではイルグマ殿、次はあの世で会おうぞ。先に行って待っていてくれ」


 ギルルフ将軍はそう言うと手綱を引き馬を回転させてイルグマに背を向けた。


「な、何を言うか! 貴様を先に送ってくれるわ!」


 背中でその言葉を聞いたギルルフ将軍は右手を挙げて応えるとイルグマは苦虫を噛み潰したように顔をゆがませギルルフ将軍を睨みつけた。



***



「お? そろそろ始まるのかの?」


 連合国軍のやぐらの上で大きなソファーに座った老人が身を前に乗り出し谷底の口上交換を見ていた。その老人はズリフト王国のエーゲスト王。一本の毛もない禿げ頭に皺だらけの顔、加齢で身体は縮んで小さいが眼だけはギラギラと光っている。


「コルタスの奴等は何をしておるのかの? ゴーレムが三体しかいないぞ」


 エーゲスト王の右隣りに座るアルザルマ王国のボーラン王はそう言うとでっぷりとした体で前に乗り出した。この連合国軍の中心となっているボーラン王ではあるが、実際のところはエーゲスト王に「即位間もない貴殿は国民の信を得る必要があるじゃろ」とそそのかされて始めた戦だった。


「降伏しないのであれば自国に引き入れる作戦でしょうな。罠でも仕掛けているのでしょう。もっとも多少の罠ならこちらの大型のゴーレム数体が犠牲になれば済むと思いますが」


 ボーラン王の右隣り、三人の王のうち一番若く体格の良いケルマンドゥ王国のアンガズ王がソファーの肘掛けに肘を乗せ頬杖付いて退屈そうに答えた。状況からして面白いものは見られないと思って諦めているのだ。


「ワシはな、早く若いおなごの生き血で満たした風呂に入りたいんじゃ。あれが長生きの秘訣じゃが自国の民でそれはできんからの。ファファファ」


 歯のない真っ黒な口を開けて笑うエーゲスト王。そしてその狂気を聞いて怯えるボーラン王。


 嫌悪するアンガズ王は頬を引きつらせながら思った。


 変態ジジイめ、お前もそのうち俺が殺してやるよ。


 ガルド教というだけで結びついている連合国は三国とも仲が良いわけではない。三国とも奴隷不足のため必ず勝てると言うエーゲスト王の案に乗っただけで、チャンスがあれば互いを攻め滅ぼしたいと思っているのだ。


”ゴォォォン、ゴォォォン、ゴォォォン”


 連合国軍の開戦の合図である銅鑼どらが鳴る。連合国軍から見て谷間が続く左の空に日が昇りだしていた。


「ん、始まるのか? ゴーレム部隊が動き出したぞ」


 喜々として谷底を見やるエーゲスト王。


「コルタスのゴーレムも前進してきましたな。三体でどうするつもりなのか」


 ボーラン王がそう言って首をかしげると興味の薄れていたアンガズ王も不思議に思って身を乗り出した。

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