第47話 キャサリン
「ご主人さま、私の名前はキャサリン。ルージュとセクサメイドに用意されていた設定が合成されてできたAIです」
セクサメイドは瞳に光を宿らせ少し恥ずかしそうに俺を見ている。パチクリする瞼の瞬きは生きた人間そのもの。
「ああ、やっちゃった……」
ルージュの悲しそうな声。
「キャサリンって? ルージュ、どういうこと?」
俺はセクサメイドから視線を外してルージュの声に意識を向ける。
「私がセクサメイドに用意されていた設定ファイルによって別のAIに分かれてしまったの。私はもうその体に入れない」
「設定ファイルを読み込まなかったらよかったってこと?」
「そう……」
トラックのコンピュータにもTCにも重神兵のコンピュータにもAIは同時に入ることができる。そして情報は並列共有され一つのAIとして存在するが、今回の場合は入った先のコンピュータにあった設定ファイルによって性格が異なる別なAIができてしまったらしい。名前も設定済みだったようだ。
「そんな注意書きなんてどこにもなかったのに……」
元気のない声のルージュ。せっかく体が手に入ると思っていたのにかなりがっかりしているのが伝わってくる。
「メイドロイドやワークロイドなら倉庫に沢山あると思うから明日にでもそれを転移して入れば?」
「ダメ。いらない。ただのロボットの体になんか入りたくない。私は女性の体が欲しいの!」
メイドロイドやワークロイドも人型だが見た目は完全にロボットだ。まぁ、気持ちは分からないでもない。
「そ、そう。今回は残念だったけど、倉庫を監視していればまたセクサメイドが入ってくるかもしれないからさ、元気出せよ」
「うん、そうね。また入ってくるのを期待するわ」
「ご主人さま、状況は把握されましたね? そういうことですのでよろしくお願いします」
そう言われてセクサメイドに視線を戻すと目が合った。
セクサメイドは本当に人工物なのかと思うくらいの艶めかしいエロスな表情を見せている。少し困っているような、恥ずかしそうな、わずかに目は潤んでいるが嬉しそうに微笑み、そしてなぜか唇が濡れている。
その表情に俺の心は吸い込まれそうになったが理性がブレーキをかけ強引に視線を外した。
さすがは日本製。エロマンガとかエロフィギュアとかその辺りの変態最高峰の匠が切磋琢磨する国、我が日本。素晴らしい。
セクサメイドのキャサリンはルージュとは対象的に笑顔で明るい声。そしてセッティングポートが閉じられてもルージュの音声は届いているようだ。トラックのネットワークには入れているのだろう。それはいいが確認したいことがある。
「ところでご主人さまって俺のこと?」
「もちろんです。ご主人さまのAIがベースですから」
「じゃあ、そのご主人さまってのはやめてくれない?」
「設定ではご主人さまと呼ぶことになっています」
「わかった。それはキャンセルしてカイヤと呼んで」
「かしこまりました」
「で、キミはAIなの? それとも人の意識を持った存在なの?」
「さて、どちらでしょうか?」
謎めいた微笑みを見せるキャサリン。
でもそんな顔してもダメ。その返答がAIじゃないのはバレバレだから。
「わかった。ルージュと同じね」
ルージュのコピーと設定ファイルでできた別人格か。なにか困ることは…… ないよな? 俺をご主人さまと呼ぶぐらいだから害はないはずだ。
しかしこのセクサメイドは見た目は人間の女性と変わらないので下着姿はさすがに目のやり場に困ってしまう。
「服を着てくれるかな」
俺はキャサリンから隣に積んである衣類の山の方へと視線を移して誘導した。
「設定では普段着は裸にエプロンになっていますがエプロンは転移していませんでした」
「裸エプロンはキャンセル。普通に服を着てくれ」
「かしこまりました」
そう言うと立ち上がって衣類の山に近づくキャサリン。それをチラ見しつつ俺も立ち上がる。
誰だよそんな設定にしたのは? と思ってちょっと笑ってしまった。
「ん? でもさ、設定がキャンセルできるなら全てをキャンセルしてポートを開放してもらってルージュが入ればよくない?」
「ダメ! ダメです! 絶対ダメ!」
衣類の山に手を掛けていたキャサリンが振り向いて偉い剣幕で怒り出した。
「生まれたばかりの私を殺す気ですか? セクサメイドには一つのAIしか入れません! 上書きされたら私は消えてしまいますよ!」
涙目で訴えるキャサリン。
なるほど、そういうものか。
「カイヤ、私は次の機会を待つからキャサリンはそのままでいいよ」
「本当? ありがとうお母さん!」
ルージュの言葉に神にお祈りするかのように目をつぶって胸の前で両手を握るキャサリン。
「誰がお母さんよ!?」
ルージュの怒りのツッコミが炸裂。ルージュの怒った声も初めて聞いた。
「私はルージュから生まれたんだからルージュはお母さんでしょ?」
閉じていた目を開いて視線を宙に漂わせるキャサリン。
「違う! 私から分かれたんだから私は双子のお姉さんでしょ!」
「そっか、じゃあ姉さんと呼ばせてもらうわ」
キャサリンは納得した顔を見せてうなずくと再び衣類の山に手を突っ込み服を探し出した。
それと同時にルージュの声。
「カイヤ、カリョとマーツェが荷室に入ってきた」
その声に驚いて積荷を下ろして作った細い通路に目を向けるとカリョが先に、続いてマーツェが出てきた。
『コックピットにいないと思ったらこんなところに…… あ!? 誰その人!? なんで裸なの!? どこから来たの!?』
穏やかだったカリョの顔がキャサリンを見つけるやいなや一変し怖い顔に変わる。
「あ、いやこれは……」
姉妹に向き直ったキャサリンはまだ下着姿のままだ。
「はじめまして、私の名前はキャサリン。カイヤ専用セクサメイドです」
『カイヤ専用セクサメイド? 何それ?』
険しい顔のカリョ。そしてその後ろに好奇心なのかワクワク顔のマーツェ。
「ルージュ、姉妹に説明を頼む。ただしセクサメイドの説明はいらない」
俺は姉妹に見られないよう手で口を覆い、小声で頼んだ。
「わかった。 カリョ、マーツェ、彼女は私の妹。たった今ニホンから来たの。服を着た状態じゃ転移できなかったから裸なのよ」
『妹? なんでルージュは体がないのに妹には体があるの?』
「私はこのトラックを体として使っているの。人間の体もそのうち転移するよ」
『姉妹なのに全然似てないじゃない』
「精霊だからよ。体は入れ物に過ぎないの。トラックの体もモニターに映る私と全然違うでしょ?」
憮然とした表情で黙り込むカリョ。
姉妹にはルージュが説明した方が信じてもらえると思ったが嘘までつけるようになったとは思ってもいなかった。でも人と同等ならそれも不思議ではないのか。
姉妹への説明のあいだにキャサリンが着替えを終えた。
ブルージーンズに白のロングTシャツだが肌に密着したTシャツはエロボディを隠しきれていない。
ルージュの話を聞きながら着替え中のキャサリンを見ていたカリョが視線を俺によこした。
『で、彼女は何しに来たの?』
「え? えっと…… 手伝い? そう、手伝い! 戦う仲間!」
カリョは俺を見つめちょっと考えると仕方ないといった表情で小さくうなずいた。
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