第46話 ルージュ

 コックピットを出ると荷室の前、通路と処置室を隔てる壁に屋根に出るための梯子がある。ドローンの点検で屋根に昇るためのものだが、壁に手足を引っかけられるだけの窪みを付けただけのものだ。


 通路の天井には人一人通れるハッチが付いていてそこから俺はトラックの屋根に出た。


 車内とは違い外の空気はひんやりとしている。直接敵陣は見えないが谷の向こうの空は敵陣のかがり火で雲が少し赤くなっている。


 大軍団だもんな。空も焼けるよ。


 俺は屋根の上で足を投げ出して座った。外の空気で頭を冷やして戦い方を考えようと思ったのだ。


 姉妹の安全と確実な勝利を探したがいくら考えても姉妹にも戦ってもらう以外に勝利の道が見えない。いや姉妹に戦ってもらってもギリギリかもしれない。重神兵の中は安全だがその安全と引き換えに戦ってもらうしかないのか。


 いくら考えても良い案が浮かばない。気が滅入ってくる。


 ちょっと気晴らしでもするか――


「ギャレット」

「なに?」

「さっき、男の名前が嫌だと言ったろ?」

「ええ」

「女らしい名前に変える?」

「え? いいの?」

「嫌なんだろ? 今の名前」

「え、ええ……」

「TCに出てきて」


 胸ポケットからTCを取り出すとギャレットが映った。どこか戸惑い気味だ。


「私の顔を見て決めるの?」

「似合う名前がいいだろ?」

「もちろんだけど……」


 TCのモニターに現れたギャレット。一年前に俺が設定した顔と体。


 卵型に細めの顎、小鼻の小さい筋の通った鼻、長い黒髪、白い肌、黒いレースの目隠し、赤い唇…… よく見れば輪郭と鼻はカリョと似ている。俺の好みの顔はそうなのか。


「目隠しを取ってみて」


 俺自身どんな目を設定していたのか覚えていない。


「え? 恥ずかしい……」


 そう言うがギャレットの顔から目隠しがスーっと消えた。

 モニターの中のギャレットは少し恥ずかしそうだ。


「ん!?」


 驚いたことにその目もカリョに似ていた。カリョを色白の肌と黒髪にし、もっと大人っぽくしたような顔だった。カリョの方が僅かに彫が深いか。


 このまま目隠しを外していてもいいけど、マーツェがカリョと似ていることに何か言うかな? たまたま似ていたわけだから何か言われても偶然と言えばいいか。


 とにかく名前を考えなければと俺はマジマジとギャレットの顔を見ていると、


「そんなに見ないで」


 ギャレットは恥ずかしそうに顔をそむける。そう言われて俺は視線を外した。そっか、AIじゃないんだ。遠慮なさすぎたか。


 俺は夜空を見上げ、今見ていたギャレットの顔を思い浮かべて考える。目隠しを外してもギャレットは赤い唇が印象的だった。


 赤い唇……


「ルージュってどう?」


 TCのギャレットに視線を戻して反応を見る。


「ルージュ? フランス語で赤を意味する。うん、素敵な名前ね。うれしい。ありがとう」


 ルージュは笑顔で答えた。


「カリョとマーツェにも名前が変わったことを教えるね」


 そう言って口を閉じたルージュは処置室にいる姉妹と話をしているようだが、大して間を置かずに口を開いた。


「二人には名前がいいか悪いかわからないって言われたけど、目隠しを取った顔は綺麗と言われたよ」

「名前についてはまぁそうなるか。文化的な影響がなければただの音だからね」

「そうだよね。仕方ないよね」

「顔については美人になるよう俺が設定したもんな」


 モニターの中のルージュが微笑む。AIの作られた微笑みでは無く自然な微笑み。


 コンピュータの中に人の魂がいるのか――


 あ!


「なぁ、ルージュ、もしかして人間に対し攻撃することができるようになった?」

「うん、多分できる。禁止事項の全てがなくなったみたい」

「え? じゃぁ俺も殺せるってこと?」

「たぶん殺そうと思えば…… でもカイヤだってカリョやマーツェを殺そうと思えばできるよね? そう思わないだけで」

「まぁそうだね。そっかそういうところも人間と同じか。じゃあ今度の戦いではサポート以外に攻撃も手伝ってもらうかもしれないけどできるかな?」

「うん、できる。カイヤと一緒に戦うよ。でね、一つお願いがあるの」

「え? お願い? なるほど、人間ぽい。で、どんなお願い?」

「体が欲しいなと思って……」

「体!? 人間の体ってこと?」

「そう」

「それは俺には無理だな…… 神にでも頼まなくちゃ」

「大丈夫、エルガッタ基地の倉庫に見つけたものがあるので転移したいんだけど」


 語尾が小さくなっていき、TCの中のルージュがうつむいた。


「ん? 何を?」

「これ」


 そう言うと同時にTCの画面はルージュから下着姿の女性の静止画に切り替わった。


「おわ!? 何これ?」


 金髪ロングヘアーのグラマラスな美女だ。下には”セクサメイドSXM81”と書いてあり、そのさらに下には”日本製”と誇らしげに書かれてある。


「セクサメイド!」

「これ一体だけさっき倉庫に搬入されたばかりだったの」


 誰だよこんなものを取り寄せたヤツ? ある程度の娯楽品の取り寄せは認められてはいるが相部屋だろう。どうやって使うんだよ?


 ……いや将校なら個室だから使えるか。んー、どんだけ好きもんなんだよ。


 とは言え俺もちょっと興味がでてきた。


 セクサメイドはその名の通り夜の機能とメイド機能が付いたアンドロイドだ。これなら確かにルージュが入ることができる。

 それ専用のセクサロイドに対し、メイド機能が付くため人間の体を模しながらも人間以上に丈夫な素材で作られているためかなりの高額だと聞く。

 AIが重神兵の全体を操作しようとすると動作が遅くなるが、セクサメイドは最初からAIが体を操作するよう作られているから人と同じように動くことができるはずだ。


 うん、体があった方がいろんなことを手伝ってもらえるし、これはルージュの希望通り転移した方がいいな。でも姉妹にはなんて説明しようか? まぁいいや、後で考えるとしよう。


「わかった。これも重神兵のパーツと一緒に転移しよう。これの重量は?」

「52キロ」

「大丈夫だね。あと下着のままじゃ駄目だから何か着るものと靴を選んで。普段着と戦闘用ね。あ、あと黒か茶髪のウィッグもあれば一緒に転移して」

「うん。ありがとうカイヤ」


 TCの画面が下着姿のセクサメイドからルージュに変わった。どこか恥ずかしそうにして笑顔を見せているが、セクサメイドが恥ずかしいのかそれとも下着姿が恥ずかしいのか? そのうちセクハラにならないよう注意しながら聞いてみたい。


「選んだけど転移していい?」

「え? もう選んだの?」

「うん」


 一瞬で選ぶとは、さすがは元AI。


「じゃあ重神兵を車外に出して転移品を置ける場所を作ったら転移して」

「オッケー」


 食品とは違い積荷横の通路に重神兵のパーツは置けないので重神兵を降ろしてそこにパーツが転移できるようにしておく必要がある。


 転移品の確認のために屋根を降りて荷室に入る。いつもなら重神兵が鎮座している場所に重神兵の姿はなく、そこには重神兵のパーツと仰向けで横たわる下着姿のセクサメイドと充電用らしきケーブル、そして衣類の山があった。


 俺は仰向けで横たわるセクサメイドの横でしゃがみ、その体を見回すが目をつぶったその顔は当然ながらかなりの美人。東洋人と西洋人のハーフ顔だ。そしてかなりのエロボディ。ブラがはち切れんばかりの爆乳なのにしっかり腰のくびれもある。皮膚の質感がすごくて本当の人間との違いがわからない。


 見ていたら俺の何かが反応しだしたので体から視線を外す。


「どうすんのこれ?」

「第六頸椎と第七頸椎のあいだの窪みを五秒間押すと通信ポートが開かれるので押してみて」


 ルージュが入り込むための道のことか。


「第六頸椎ってどこ?」

「背中側の首の付根に出っ張っている骨があるでしょ。下の一番大きいのが第七頸椎、その上の小さく出ているのが第六頸椎」

「わかった」


 俺はセクサメイドの首の下に左腕を差し込み上半身を起こした。前に倒れすぎないよう右腕で胸の上を支える。


 背中を覆う長い金髪を左右に分けてあらわになった首の付け根、第六頸椎と第七頸椎のあいだを左の人差し指で押してみる。


 五秒経過したと思われるころ不意に、


「SETTING PORT OPEN.STANDBY」


 そう言いながらセクサメイドが顔を持ち上げて目を開いた。目は開かれたが何も見ていないようだ。上半身を支えていた俺の腕から重さが消え、自分で起こしているようなので俺は手を離してしゃがんだまま半歩下がる。


「じゃあ、入ってみるね」


 自分用の体がうれしいらしくルージュの声が明るい。が、すぐさま、


「あ!? 切れた!」

「え? どうした?」


 ルージュの驚いた声を聞くのは初めてだ。


「入って設定ファイルを読み込んだら急にポートが閉じたの」

「入れなかったってこと?」


 何が起きたのか俺にはわからない。ルージュの次の言葉を待っているとセクサメイドが首を回して俺を見た。

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