第44話 絶望の国境

『なんだかすごいところに来たね』


 マーツェが口を開けたままドームモニターを見回す。


『岩、落ちてきたりしないかな?』


 切り立った岩山の山肌を見上げてカリョが不安を口にする。


 日本なら仙人が住むような山々と表現されそうな、剣山ように尖った大きな岩山が連なっている。

 トラックはその山々のあいだを道なりに走ると街が見えてきた。


 岩山と森に囲まれたジェレノバの街の門は開きっぱなしだった。門の先に人影は見えず辺りに人気ひとけもない。街に入ってもおそらく馬車のチャーターは無理だろう。


 馬車のチャーターは諦めて街を素通りする。地図を見ると街の横を通って国境に行けるようだ。


 国境まではさらに二キロメートルだがその手前、左側にある岩山のふもとの森を切り開いたような場所にいくつもの黒いテントがドローンからの映像で確認できた。多くの兵士が行き来している。そこが宿営地のようだ。


 ドローンが収集した地形図を見ると道を挟んで宿営地の反対側、右側にゴーレムトラックや馬車が並ぶ場所がある。そこに向かうつもりでトラックを走らせていると、二騎の騎馬兵が並んで正面から近付いてきた。右の兵が手を上げたのでトラックを止める。


「カイヤ様のトラックでしょうか?」


 右の兵が大声で確認してきた。俺のトラックの特徴が兵士に伝えられているのだろう。


「そうだ。トラックはこの先に止めていいか?」


 トラックのスピーカーから通訳したギャレットの声が出る。二人の騎馬兵はどこを見たらいいかのわからずキョロキョロしているが、右の兵ががとりあえず大声さえ出せば通じると思ったようでどこを見るでもなく声を張り上げた。


「ご案内しますのでついて来てください」


 ついていくと見えているだけで二十くらい、その陰にもあるだろうから百以上はあると思われる大量のゴーレムトラックが隙間なく並ぶ広い場所に案内された。これだけトラックがあるのにゴーレムが少ない。三体だけ魔法師と共に歩いているゴーレムが見える。ほかはどこかで訓練でもしているのだろうか。


 騎馬兵がわずかに空いている場所を指すのでそこにトラックを止め、俺とカリョがトラックを降りると馬を降りた兵が一人やってきた。


「ギルルフ将軍がお待ちです。ご案内いたしますのでご一緒にお越しください」


 待たせてしまったか。状況からすると戦力として当てにされるのだろうな。だが本当に三倍以上の戦力差だったら俺がいても厳しいかもしれない。


 兵について歩くとドローンからの映像で確認していた宿営地らしき黒いテントが並ぶ場所にやってきた。


 沢山のテントが並ぶ中で大きな旗がひときわ目立つ大きなテントの前に来ると案内の兵が立ち止まって振り返った。


「そこでお待ちください」


 テントの前はゴーレムトラックが四・五十台は止められそうな大きな広場になっている。ここで全体会議を開いたりするのだろうか。


 兵はテントの入り口に立つと入り口を覆うシートを持ち上げ上半身だけ中に入れた。

 俺が来たと伝えたのだろうすぐにテントから顔を出し、兵士は入り口のシートを大きく開けた。


「将軍がお待ちですのでお入りください」


 俺とカリョは開けてもらったシートをくぐりテントの中に入る。

 テントは側面の布と屋根の布の間に隙間がありそこから外光が入っているのだが目がなれるまではかなり暗い。


 中には大きな長方形のテーブルがあり、短い二辺をテントの奥と入り口に向けていた。長い二辺には背もたれのない椅子が並べられ、俺が来るまでそこに座っていただろう六人の兵士がその場に立ってこっちを見ている。


 その六人の兵士のうち知っている顔はテーブルの左奥にいるギルルフ将軍だけだ。

 将軍以外は俺の顔を見ると硬い顔で会釈し、歩いてテントから出て行った。俺が来たら出ていくよう言われていたのか。これから兵に聞かせられない話でもするのか?


「カイヤ様、お待ちしておりました。そこにおかけください」


 そう言いながら左手で向かいの椅子を指し示しながら将軍も椅子に座った。既に疲れているような表情で声に力がない。


 俺はカリョと将軍の向かいに座る。テーブルには二つの陶器のオイルランプがあり、この辺のものと思われる大きな地図が広げられていた。


「形勢が悪いと聞きましたが」


 一応俺も軍人だったので将軍には敬語になってしまう。


「圧倒的に不利な状況、せめて死者を減らすためにも降服することも検討しています」

「皆奴隷にされてしまってもいいのですか?」

「死か奴隷か…… 生きていれば再起の可能性もあります」

「そうですか…… では、敵とこちらの戦力を教えてください」

「今朝戻った偵察の話では確認できているだけで敵はゴーレム五百、騎兵千強、歩兵は推定一万八千、まだ増えるかもしれません。そしてこちらはゴーレム百二十、騎兵二百十、歩兵千三百」


 圧倒的な差だがトラックに積んでいる武器だけでなんとかなるか? いや、トラックに積んでいる武器はほとんどが重神兵用だ。俺の乗る重神兵一機だけじゃ手が足りない。


「神の兵団はどうしましたか?」

「三十人ほど集まっていたのですが八人残ってあとはどこかに消えました」

「だいぶ兵が逃げたと聞きましたが」

「お恥ずかしい話です。普通であれば敵前逃亡は死罪ですが追う者もおらず、降伏することも考えているのですから責めることもできません」

「逃げない兵は死を覚悟しているのですか?」

「いえ、神の国の兵士がいることに望みをかけているようです」

「……そうですか」


 心苦しくなった。俺一人でなんかで何とかなる戦力差ではないのに勝つと信じているのか。


「将軍は俺がいれば勝てると思っていますか?」


 ギルルフ将軍は腕組みをしながら厳しい表情で目を瞑った。


 数秒の間を置き、考えがまとまったらしく目を開け一瞬俺を見たあと地図に視線を落として話し始めた。


「神が降り立って味方してくれるのであれば勝つのでしょうが、失礼ながらカイヤ様一人で勝てるようには思えません。何か勝つための策を神から授かってきているのでしょうか?」


 流石は将軍だ。神の国の兵士がいるからといって楽観視はせずに状況を冷静に見ている。


「策は無いです。あるのは鉄のゴーレム一体、神の国の兵器だけです」

「ガレドレアを壊滅させたと聞きましたが、敵のゴーレム五百を相手にできますか?」

「無理です」


 俺が正直に答えると将軍は黙ってうなずいた。


「それでも力になりたいと思っています。教えていただきたいのですが、敵はどのように攻撃を仕掛けてくると考えていますか?」


 将軍には俺が武勲を挙げたがる新兵にでも思えたのだろうか、少しだけ笑みを見せた。


「敵は正面からやってきて最初にゴーレム同士の戦いになり、ゴーレムの数で勝る相手はこちらのゴーレムと騎兵を蹴散らしたあと、騎兵がこちらの歩兵を狩りに来るでしょう。向こうの歩兵は制圧要員だと思われます。戦いが終わったのち騎兵を先頭にして馬車を奪いこの国の各地に散るでしょう」


 数で押してくるか…… 圧倒的な差があるなら小細工する必要もないか。


「わかりました。トラックに戻って勝てる道を探します」


 俺は立ち上がり将軍に会釈をすると将軍もうなずくのだが、気のせいか将軍は城で見た時より一回り小さくなったように感じた。

 死か奴隷か。どちらも受け入れがたく精神的な疲労がたまり覇気が消えて小さく見せるのだろう。


 俺はカリョを連れてテントの出入り口まで歩く。

 シートをめくると外の光が差し込んでくる。眩しいその光に目が慣れると外では大勢の兵士が黙って立ってこっちを見ているのに気がついた。


 十・二十ではない、百を超える兵士だ。

 俺はテントから出ながらその兵たちに声をかけた。


「ど、どうした? 将軍に用なら話は終わったから」

「カイヤ様!」


 先頭の兵士が俺を呼ぶ。その兵士はエグリバ村の警備隊長クラオだった。

 クラオがひざまずくとそれに続いて後ろの兵たちもひざまずいた。


「神の国の兵士カイヤ様、どうかこの国をお守りください!」

「「「「「「お願いします!」」」」」」


 深々と頭を下げる兵士たち。

 城の件も伝わっていたのだろう、ハッタリを効かせすぎたことを後悔した。俺は神の使いでもなんでもないただの人間。いかに地球の兵器であってもこの圧倒的不利な状況をひっくり返せるとは思えない。そんなこととは知らずに本当の神の国の兵士だと信じてしまったのか。


 俺は重い責任を感じた。この兵士たちも逃げれば死ななくても済んだかもしれないのに。


 ――いや、まだ死ぬとは決まっていない。


「皆顔を上げてくれ」


 カリョも後ろの兵まで聞こえるよう声を張り上げた。話を聞き逃さないようにと皆顔を上げ、真剣な眼差しを俺に向けた。


「俺は神の国から来た」


 その言葉にざわつきが起るがすぐに止んだ。


「でもキミたちと同じただの人間だ。剣で切られれば血を流すし死にもする」

「だが俺には神から授かった神器じんぎがある」

「任せてくれ。必ずコルタス王国に勝利を呼び寄せるだろう」


 カリョの通訳が終わった瞬間、大歓声とともに兵士たちは皆立ち上がりこぶしを天に突き上げた。俺の元に押し寄せ握手にハグ、頭や顔が触られまくりになるが俺は無防備でされるがまま。カリョはいち早く逃げていた。


 そんな笑顔の兵士たちにもみくちゃにされながら俺は罪悪感を感じていた。


 嘘を重ねるしか無かったこと。いまさら嘘でしたとは言えなかった。この嘘は死ぬまで突き通すしかない。そして俺は俺を信じてしまった兵士たちのためにも命をかけて戦わなければならなくなった。


 ふと兵士たちが俺から離れていくのを感じると、いつの間にか将軍が出ていて兵士たちを制していた。俺と目が合うと将軍はどこか悲しそうな笑顔でうなずく。士気は上がったが勝ち目は無い…… そんな気持ちなんだろうか。


 俺は兵士たちに手を振り、カリョとともに兵士たちに見送られてトラックまでの道を歩く。


 陽はだいぶ傾いていた。不利な状況は何も変わってはいない。

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