第43話 スリムバイク

 ギャレットに重神兵を動かしてもらい畳まれていた真っ黒なソーラーシート三枚と今日のお楽しみ二台を荷室から出す。姉妹に手伝ってもらってソーラーシートをトラックの右側に大きく広げ、トラックと充電ケーブルで接続して充電開始。

 ソーラーシート一枚はトラックの面積よりやや大きく、晴れていれば一日でバッテリーの七パーセントを充電できる。

 それが三枚で二十一パーセント。残り六十八パーセントの電力は明日午後の出発までには九十パーセント前後まで充電できるはず。


『これで精霊の力が集まるの?』

「そう、集まるんだ。けど不思議だよね」


 マーツェの質問に俺も正確には答えられない。これがあればトラックの中でずっと近代的な、いやこの世界で言うなら未来的な生活が続けられるのだから不思議に思えてくる。


『カイヤ、面白いもので遊ぶって言ってたけどまだ?』

「ん、そうだね。さっき出したそこにあるやつ」


 俺はソーラーシートと一緒に出した本日のお楽しみを指さした。


『何それ?』

「スリムバイクって言うんだ」


 スリムバイクは幅十五センチの隙間に収まる二輪駆動の軽量オフロードバイクだ。偵察などで道なき道をロボドッグでなく人が直接行かなければならないときに使うバイクで、この補給トラックには二台積んであった。


 格納時は左右のハンドルが付け根を軸に内側に向かって畳まれている。そのハンドルのロックを解除して外に向かって開き再びロックする。


 十五センチ幅に畳まれたシートは中央に割れ目があり左右に倒れる。後ろから見るとT字に広がる形だ。畳まれているフットステップを倒すと準備完了。


『車輪が前後に二つの車? どうやって使うの?』


 カリョの言葉にマーツェも同意の疑問の表情。


「見てなよ」


 俺はバイクにまたがり、右ハンドルのアクセルを回すと静かに走り出した。


『なんで倒れないの?』

『凄い!』


 二輪車を見たことがないのなら倒れないのは不思議に思うだろう。

 俺は少し走るとUターンして戻り、姉妹の前で止めた。


「じゃあどっちから乗ってみる? 後ろから俺が倒れないよう支えてるから」

『私無理』


 カリョが眉を寄せて即答する。


『じゃあ私が乗ってみる』


 やっぱりマーツェさんだな。ワクワクが顔から滲み出ている。


 マーツェはバイクのハンドルを握りシートにまたがった。両足のつま先がギリギリ地に着くくらいなので左足だけ地につけて右足はステップに乗せれば停止状態でも倒れることはない。


 最初はアクセルを回すのではなく俺が後ろから押してやった。当然最初はバランスが取れずにすぐに足を着いていたが、数回繰り返すと俺が手を放してもバランスを取りながら進むことができるようになった。


 マーツェはかなりバランス感覚がいい。普通そんなに早くバランスを取れるようにはならないはずだ。アクセルとブレーキを教えるとアクセルも少しずつ回し始め、ブレーキも使えるようになった。


『お姉ちゃんも乗れば? 面白いよ!』


 離れたところから楽しそうにマーツェが言うがカリョはつまらなそうな顔をして答えない。


「カリョは俺が後ろに乗せるよ」

『え? 後ろに乗れるの?』

「乗れるよ」

『じゃあ乗せて!』


 カリョに笑顔が戻った。ここまで俺の想定どおりだ。


 もう一台のバイクの準備をする。タンデムシートを開きタンデムステップも倒して俺が先にバイクにまたがる。


「カリョ、後ろに乗ったらしっかり俺に掴まりなよ」

『わかった』


 カリョが後ろに乗ると俺の体に腕を回ししっかり抱きついてくる。見事に想定通りに進んだことに俺は胸が熱くなった。


 たぶんニヤケ顔になっているはずだが後ろのカリョには見られる心配はない。が、油断していた。前方でこちらを向いて停車中のマーツェにがっつり見られていた。俺は一旦頭を下げ、表情を隠してからなにごともなかったような表情を作り顔を上げる。マーツェは意味深のニヤケ顔で俺を見るがそれは無視しておく。


 俺はトラックが入ってきた道を逆に走りマーツェの横を通りすぎる。スピードは時速二十キロほど。道とは言ってもデコボコのある道。コケてカリョの体に傷を付けるわけにはいかないから安全運転だ。


『風が気持ちいい』


 カリョの表情は見えないが声は明るい。馬車も速く走らせれば時速二十キロ以上出るだろうが、馬車に乗っているのとは感じるものが違うのだろう。


 抱きつかれ背中にカリョを感じる。こうしていると恋人同士みたい。幸せだ。たぶん俺の脳内では幸せホルモンが大量に分泌されているはず。


 ふと気がつけば隣にマーツェが並んで走っていた。また俺のニヤケ顔を見に来たか。見たければ見ればいい。俺はこのまま幸せを感じていたい。



 三十分ほど走って俺とカリョはトラックに戻った。マーツェは飽きずに走り回っている。コケなきゃいいが。



 その日は夕方まで外に出していたテーブルでカリョに言葉を教わることにした。カリョでなくギャレットでも教えてもらえることはできるがそこはやはりやる気に差が出るわけで。


 途中、マーツェがスリムバイクに飽きるとトラックに入り処置室のモニターを持ってきた。テーブルにモニターを立て、隣の椅子に座って基地の倉庫にある転移可能な衣類のチェック。

 気になる服はギャレットに似た服が映っている動画を探してもらって見入る。実際に着たらどんな感じなのかを知りたいのだろう。服を探しては動画を見る。それを飽きずに繰り返していた。


 そして夕食は朝食に続いてのカレー。姉妹のお気に入りだ。


 木々に囲まれ、川のそばでゆっくりとした幸せな一日を過ごすことができた。



 翌日の昼。


 さて、ソーラーシートを片付けて出発するか。


 木々に囲まれ、川のそばでゆっくりとした時間を過ごすことができて英気を養ったって感じがする。力がみなぎるようだ。


「カリョ、マーツェ、シートを畳むのを手伝って」

『『うん』』


 姉妹のテンションが低い。このあと国境の街に行ったら明日には村に帰らなければならないと思っているからなのだろうか。やっぱりメゼズから村に帰らせた方がよかったかな?


 シートを積み俺たちはトラックに乗って国境の街ジェレノバに向かった。



 ジェレノバまであと十キロくらいのところから何騎もの騎馬兵とすれ違う。何かただごとではない鬼気迫る顔の兵たちだった。伝令にしては多すぎる。


 騎馬兵だけでなく何輛もの馬車やゴーレムトラックにバスが兵士や家族連れを乗せていた。

 百以上はすれ違ったかもしれない。


 既にアルザルマが侵入したとか? 宗教的な理由で血を流せない話が本当ならそれはないと思われるが……


 ジェレノバまであと五キロくらいだがこの異常な状況の原因が知りたい。俺とカリョはトラックを降り、前から近づいてくる騎馬兵に手を振って止めようとするも何騎も止まらず走り去っていく。


 カリョと二人で必死に両手を振っていると一台の幌付き馬車が止まってくれた。


「どうした?」


 馬の手綱を握る御者の男、白髪白髭しらがしらひげの爺さんだ。やっぱり急いでいるらしく迷惑そうな顔をしているがそれでも気にして止まってくれたのだろう。


「多くの人が慌てるようにジェレノバ方面から出て行くように見えたので理由を知りたいんです」

「ああ、それか。皆逃げているんだ。ワシらも逃げるところだ。国境にアルザルマの奴らが集まってきたんだがそれがもの凄い数らしい。こちらの兵力の三倍以上だとか。怖気おじけづいた多くの兵が逃亡したのでワシらも逃げることにしたんだ。兵が逃げているのにワシらが残れるハズないだろ。お前さんたちも早く逃げた方がいいぞ。じゃあ行くな」


 早口でそれだけ言うと礼を言う間も与えず爺さんは急いで馬を走らせた。俺たちの横を馬車が過ぎていくと荷車の後ろ、絞られた幌が人ひとり通れる口を開け中に三人の女性が乗っているのが見えた。老婆と中年の女性とマーツェくらいの娘。その娘が不安そうな顔でこちらを見たまま馬車は離れて行った。


 状況はかなりやばいらしい。

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