第39話 出待ち

 カリョが係員から賞金を受け取っていると二人の係員に案内されたマーツェが笑顔でやってきた。


『おねえちゃん! 歌、すっごく良かったよ! 私の周りで聞いていた人たちもみんなすごく感激してた』

『そう? 私も結構気持ちよく歌えて良かったんだ』


 妹にも褒められカリョは満足げだ。


『おねえちゃんはアイドルになれるよ!』

『そ、そうかな…… まだまだだと思うよ。もっと上手く歌えるようになれたらいいけどね』


 そう言いながら俺/重神兵の顔をチラっと見る。今の話を聞いていたなら俺の考えも言えと要求しているように見える。


「俺の国には歌が下手なかわいいだけのアイドルもいるんだ。だからカリョはアイドルじゃなくて歌姫かな。いや、もっともっと上の歌の女神様かも」

『そう? そこまでじゃないと思うけど……』


 照れ笑いを浮かべ、胸の前で両手を握りモジモジするカリョ。本気でアイドルになりたいと言い出したらどうしよう?


 アイドルに興味を持ってもらいたくない俺はこの話題を早く終わらせたいと思っていたところ、俺とカリョがヘッドセットで通じていることを知らないミコトがいいタイミングで入ってきてくれた。


「ゴーレムの出入り口までですが送らせてください。それと明日の四の刻、大神官に会ってもらうため迎えに行くので用意をお願いします」

『わかりました』


 俺/重神兵は左腕にカリョ、右腕にマーツェを乗せてゴーレム用の出入り口に向かう。見送りをしてくれるミコトたちが俺たちの前を歩く。


 ゴーレム用の出入り口に近づくと俺たちに気づいた警備員が困惑した表情で口を開いた。


「外には沢山の人が魔法師カリョを待ってます。好意を持って待っているとは思いますが大勢いますので迂闊に出ると危険かもしれません」


「カリョさーん!」「カリョー!」「カリョ! 早く出てきてー!」「カリョー!」「歌姫様ぁ!」


 確かにカリョを呼ぶ外の声が聞こえる。


 出待ちか……


「カリョ、どうする? カリョの歌声に魅了された人たちが外に待っているみたいだけど」

『んー、ちょっとくらいなら挨拶してもいいかなー』


 照れながら満更でもなさそうなカリョだが、現実を伝えなくてはならない。


「いやー、ちょっとで済まないと思うよ。一刻か二刻くらい相手にする覚悟は必要かな。俺の国のアイドルは歌い終わったら見つからないよう隠れながら会場を出ているらしいから」

『え!? そんなに?』

「そう、家までついてくるから」

『ヒィー!!』


 カリョのかわいい悲鳴が聞こえたがさてどうするか…… この場合はやっぱりアイドル風に対処するしかないか。


 俺は姉妹を腕から下ろし、跪いて重神兵を止める。背中のハッチを開けて出るとミコトたちや警備員らが驚いた顔をして俺を見ていた。


「本当に中に入っていたんですね。中にいるとは聞きましたが実際に人が出てくるとやっぱり驚きますよ」

「演出だったんだけど女魔法師カリョは良かったでしょ? 美しい女性が美しい声で歌い、そしてゴーレムバトルも強い」


 俺は重神兵を降りながらミコトに答えるとすかさずカリョが通訳してくれたが、やはり自分のことを言われたので照れながらの通訳だ。


「ええ、とても良かったですよ。良すぎて外に人が集まってしまいましたけど」

「その件でミコトさんにお願いがあるんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「ここを出るために協力してもらいたいんだ」

「私にできることであれば協力は惜しみませんよ」

「ありがとう」


 嫌な顔せず笑顔でミコトは答えたが、考えてみればこれまでミコトの頼みばかり聞いていたわけだ。こっちの頼みに嫌な顔はできないよな。


 俺はミコトに出待ちの対処法を説明し、ミコトから部下と警備員や係員に指示してもらった。


***


 闘技場のゴーレム用出入り口前の大きな駐車場には四百人近くの人が集まっていた。皆女魔法師カリョが出てくるのを待っているのだ。


「カリョー!」「カリョちゃーん!」「カリョ! 早く出てきてー!」「カリョー!」「歌姫様ぁ!」


 カリョをもう一度見たいと待ち構えているファンからは悲鳴にも似た声が上がっている。

 初めは勢いのあったその声にも疲れが見えてきた頃、ゴーレム用出入り口が開き出した。

 中から出てきたのは十人の警備員。その警備員たちは待ち構えていたファンを左右にかき分け道を作り出すとすぐに森のゴーレムと分かる奇妙な柄の服を着たゴーレムが出入口から出てきた。左腕に乗る白とピンクのドレスの女に気づいた出待ちファンからは大歓声が上がる。


「カリョー!」「カリョちゃーん!」「待ってたよー!」「もう一回歌ってー!」「カリョー!」


 警備員がファンの間をかき分けて道を作りながら前に進み、その後ろからゴーレムが続く。


 ドレスの女はゴーレムがL字に曲げた左腕に腰を乗せ、髪の毛で半分隠れた顔はゴーレムの胸に寄りかかっているためよく見えない。ファンの声援にも反応せずただじっとしている。


 警備員たちがファンをかき分けて作った道をゴーレムが歩く。そしてファンも一緒に移動する。駐車場の端までくるとゴーレムは歩きを止めて振り返った。


 それを見たファン達はやっとカリョの声が聞けると思って色めき立ったが、ファンの期待とは裏腹にドレスの女は声を出さずに首を回したりかしげたりしている。顔は長い髪の毛が前に垂らされているためよく見えない。


 ゴーレムも謎の動きを始めた。右腕を上げたり下げたり、ファンに向かって手を振ったり。


 その謎の動きが続いているうちにファンの中から疑問の声が上がりだした。


「もしかしてカリョちゃんじゃないかも」「顔が違うように見えない?」「ゴーレムもどこか違うような気がする」「カリョの髪の毛は凄くつややかだったよね? あの人の髪はゴワゴワだよ」


 ざわつくファンたち。


 そのざわつきをきっかけとしてドレスの女が動いた。ゴーレムの胸に寄りかかっていた上半身を起こすと、左手で髪の毛をかきあげ顔をあらわにしてファンを見下ろした。やや頬のコケたカリョよりだいぶ年上の女だった。


「やっと気がついたか。遅いんだよ。ここに集まったお前たち、よく聞け!」


 ドレスの女はハスキーな声でカリョの声とは全然違っていた。


「私はオトリ。悪かったね。お前たちの歌姫様はもう帰ったよ。いや、今から追えば追いつくかもよ。早く追ったほうがいいんじゃない?」

「お? お前はエレデじゃないか? レストランザルジルの」


 その女の顔に見覚えのある男が声を上げた。


「おう、その通りエレデだよ。アンタは常連の…… なんだっけ?」

「常連の名前ぐらい覚えておけババア、よくも騙しやがったな!?」

「誰がババアだ! このゴーレムの足で踏み潰してくれるぞ!」


 オトリの女と一部ファンとのあいだでののしりあいが始まったが、多くのファンは諦めて帰りだし、一部の熱狂的ファンはカリョが行ったと思う方向に走り出していた。


***


『カイヤ、どう? 気づかれていない?』

「大丈夫。誰もこっちを見ていない」


 駐車場の端にオトリに群がるファンが見える。それを横目に俺たちは反対側に止めたトラックに向かっていた。カリョは俺/重神兵の陰に隠れているしウエイトレスの服を着ているので気づかれることはないはずだ。


『でも、おねえちゃんのドレス、勿体なかったね』

『それはもう言わないで。泣きたいくらいなんだから』


 ひどく気落ちしているカリョ。しかしオトリにドレスはどうしても必要だったし、そのおかげでファンに気づかれずに無事にトラックに戻ることができたわけだから。


 協力してくれた警備員とゴーレム使い、そして闘技場に併設された飲食店のウエイトレスにカリョ役をやってもらったが報酬として賞金で得た4万オジェと、重神兵の迷彩服にカリョのドレスを渡した。かなり多く渡したが危険手当の意味もあるので仕方ない。


 ドレスとウエイトレスの服を交換するのにカリョはだいぶ抵抗したが、近いうちに新しいドレスを転移することで我慢してもらった。


 色々あったが俺たちのトラックはなんとか宿営地の駐車場に入り、ほかのトラックが止まっていない端の方に止めた。ほかのトラックは食事洗濯ができる建物の近くに集まっていたが俺たちには関係ないので静かな場所を選んだ。


 俺は戦闘服を脱いでパンツとシャツだけになり、荷室から水ボトルを持ってコックピットに入る。水を飲みながらゴーレムバトルを思い返していると部屋着に着替えた姉妹が入ってきた。


 マーツェは大きく重そうなきんちゃく袋をテーブルに乗せるとジャラっとお金の音がした。得意げな笑顔で鼻息が荒い。


『カイヤ! お姉ちゃん! 今日は凄いぜ!』


 そんなに勝ったのか。袋の見た感じでもかなりありそうだ。


 テーブルの上にマーツェが袋を開け大量の金貨を出した。その輝きが眩しい。


「どうしてそんなに増えたんだ?」

『王子がチャンプの方にだいぶ賭けたらしくカイヤのオッズが上がったのよ』


 最初マーツェはカリョと出し合った二万を俺に賭けた。

 俺のオッズは森のゴーレムの噂とカリョの魅力で最初は一.五倍だったが王子がチャンプにだいぶ賭けたようで俺は三倍で確定。俺が勝ったから六万になり運営手数料に四千引かれた五万六千が戻った。


 次はそのまま五万六千を賭けたら一対七の変則マッチで最初から俺に三.五倍が付き、そのあと王子が大量にチャンプ側に賭けたらしく五倍まで上り俺の勝ちで試合終了。手数料引いて二十五万七千六百オジェになったと。


 マーツェが係員二人に連れられて俺とカリョに合流したのはボディーガードの意味もあったようだ。


「これ全部でどれくらいの期間生活できるの?」

『村で静かに暮らせば一生暮らせるよ』とカリョ。

『街で派手に使えば一年も持たないけどね』とマーツェ。

「参考にならない……」

『王城で働く上の職位の人の四年分の収入くらいじゃないかな……村だと四十年分かも』


 カリョが年収で表現してくれた。なるほど結構な金額だ。


 いやまてまて、マーツェは十二歳だろ。賭け事なんかしていいのか? 小さいうちから楽して儲けることを知ったら教育的に良くないんじゃないか? でも今さら遅いか。


『ヨシ! 皆で分けよ!』

「俺はいらないよ。二人で分けて」

『なんでよ?』

「一昨日も言ったけど、俺には必要ないから。服とか食事で必要になったときに出しくれればいいよ」

『ホントー? 変なヒト』


 正直買いたいものは何もない。必要なものは地球から転移できるから。俺よりも姉妹のほうが欲しいものがあるだろうし、村に帰って両親にも分けてあげたいだろう。俺よりも有効に使ってくれるはずだから。

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