第38話 変則マッチ
カリョを左腕に座らせ闘技広場の入り口前の通路で待っていると知った顔が混じる集団がやってきた。補佐官のミコトとその部下と思われる同じ服装の者、更に闘技場の係員の合計五人。
カリョを腕から降ろして迎えると拍手しながら笑顔で近づいてきたミコトが口を開いた。
「歌も素晴らしかったがチャンプ相手に随分あっさりと勝ったものだな。恐れ入ったよ。で、カイヤ様はどちらにいるのかな?」
『カイヤはゴーレムの中に』
それを聞いてミコトは俺/重神兵を見上げた。
「やっぱりそうなのか、通訳のアナタがゴーレムを操っているのがどうも納得できなかった」
疑問が晴れてうなずくミコト。
『演出だとカイヤが言ってました』
その言葉にミコトはカリョをチラ見した後、俺/重神兵に視線を戻した。
「カイヤ様、聞こえていますか?」
その言葉に俺はうなずいて見せる。
「グリーグ王子が見に来ているのですがもう一戦行えと言うのです」
笑顔だったミコトが困り顔に変わった。やっぱり追加試合は俺なのか。
『カイヤに? いま戦ったばかりなのにですか?』
「そう、お気に入りのシジリオがあっさり負けたのが悔しい…… いや、森のゴーレムの実力が知りたいと申されて……」
ミコトは王子の本音を聞こえるように言ったな? 王子が嫌いなのか?
『カイヤが条件を聞くと言っています』
「え? 私には何も聞こえないが」
カリョの言葉に俺を見上げるミコトとお付きの者たち。
『私には聞こえるんです』
本当なのかと疑いの表情でカリョの顔と重神兵の顔を交互に見るがカラクリが分かるはずがない。
俺はカリョの言葉を肯定するようにうなずいて見せる。
『私はカイヤの通訳ですから』
そう言って涼やかに微笑んで見せるカリョはだいぶ魔性の女っぽくなってきた。いや、俺が言わせているんだけど。
「で、では…… 言いにくいのですが一対六で頼みたく。賞金は十万オジェで」
俺を見上げるミコトの表情が硬い。圧倒的に俺に不利な条件だと思っているのだろう。しかし王子はよほど俺を負かしたいらしいな。
『こちらが一なのですね? いいですよ』
「本当に? 勝てませんよ?」
足でもすくわれて倒されたあと、六体全部に覆いかぶされ、身動きが取れなくなったらやばいかもしれないがそんな状況にはならないだろう。
『大丈夫ですよ。でも次の試合を最後としてください』
「無理を言って申し訳ありません。準備に時間がかかるので休んでいてください」
ミコトも無理を言われて来ているのだろうから断ったらミコトが困っただろうな。
話がまとまったところで係員が近づいてきてカリョに小袋を差し出す。今の試合の賞金だそうだ。
ミコトたちが引き上げていき、俺たちはその場で待った。
今のが最終試合のはずなので試合が終わっていないゴーレムはいないはずだから試合が終わったゴーレムを呼び戻すのだろうか? 駐車場に行けば帰り支度しているのがいるのかも。
待っているあいだアナウンサーが観客に追加試合の説明をしている。
一対六か…… オッズはどうなるかな。
十五分ほど待っただろうか、係員がカリョにゴーレムと一緒に中に入るようにと声をかけてきた。
俺はカリョを左腕に乗せて再び闘技広場に入ると割れんばかりの大歓声が沸き起こった。この歓声はカリョの歌のおかげなのか、さっきの試合のおかげなのか、それとも変則マッチを楽しみにしているからなのかは分からない。
さっきはテコ棒を使ったが今回は日本刀で行く。テコ棒の突きでは複数を同時に相手にはできない。やりすぎになるかもしれないが日本刀で全力で行く。
俺の正面に並ぶゴーレムを見ると六体でなく七体いる。騙すつもりはなかったのだろが、おそらく残っていたすべてのゴーレムを連れてきたのだろう。まぁ、六体も七体も変わらないので抗議をする気も湧いてこない。
全ての選手が一度試合をしているためか選手紹介は簡単に終わり、続く賭けが終わると開始の鐘が鳴った。
七体のうち中央の一体は俺を見据えたまま動かず、ほかの六体は俺を取り囲むよう左右に移動しだした。
取り囲んで一斉に斧で切りつける作戦か。それなら躱しようがないが予想はしていたので対策は考えていた。
おそらく囲み終わるまで攻撃はしてこないだろうからここは先制攻撃あるのみ。俺は動かない正面のゴーレムに向かってダッシュした。
虚を突かれたはずだが距離があったのでその正面のゴーレムは迎え撃つ体制を取る。そいつはさっき戦ったチャンプゴーレムだった。
チャンプゴーレムは右腕を振り上げて斧で切りかかろうとしているが鎧の保護のない脇の下が丸見えだ。
距離を詰めその脇の下めがけ刀を下から上に切り上げるとあっけなくチャンプゴーレムの右腕が切断されて宙に舞った。
動きを止めたチャンプゴーレム。すかさず兜と胸当ての隙間、首に刀を差し込むとチャンプゴーレムは左手の斧を手放して手を挙げた。
俺は首から刀を抜いて振り返る。
次はチャンプゴーレムの両隣にいて俺を取り囲むのに移動量が少なかった二体が左右から来ると予想したのだが、振り返ってみれば左の一体だけが俺に向かってきていた。
右の一体はこちらを見ているが動かない。動かないその白黒のゴーレムはさっき控室で涙を流した男のゴーレムだった。最初から戦う気力がなかったのだろう。
そして近づく左の一体に俺は助走をつけて胸めがけて右足でキック。カウンターとなって相手ゴーレムは仰向けでひっくり返る。
そのゴーレムの兜と胸当ての隙間に刀を当て、刀の峰に足を乗せて体重をかけると首を切り落として切っ先は地に着いた。
次は? 顔を上げると次のゴーレムが俺めがけて両手持ちの斧を振り下ろすところだった。
とっさに跳ねるように後退して躱すと、振り下ろされた斧は仰向けのゴーレムの胸を叩いた。
鈍い金属音と火花をちらして弾かれる斧と傷つきへこむ胸当て。
振り下ろした斧を再び振り下ろすために両手で振り上げるゴーレム。そのがら空きの左脇に向かって俺は刀を力任せに右からから左に振る。
脇から入った刀は左腕と胴を分断し、そしてそのまま兜の下の隙間から潜り込んで首をも切断した。
首を抜け出た刀は振り上げていた右腕の肩当てに当たると鈍い金属音が響き、火花が飛び散った。
刀を引き抜き、残りの四体を見やる。まだまだ全然余裕。次に切り刻んで欲しいヤツはどいつだ?
俺の視線を感じたのか右の白黒ゴーレムは持っていた斧から手を放して万歳をした。つられるようにほかの三体も斧を落として手を上げる。
気が付けば静まり返っている闘技場。
鐘が三回打ち鳴らされると思い出したかのように大歓声と怒号が沸き起こった。客席を見回すと多くの客が立ち上がっているが表情までは見えない。切り合わずに降参した奴等は八百長だと言われなければいいが。
俺は日本刀を振り上げ観客に軽く挨拶すると鉄柵から出たカリョの元に戻り、カリョを腕に乗せずに闘技広場を出た。
今まではカリョに手を振ってもらっていたがなんだか弱い者いじめをしてしまったような気がして気分が乗らなかったからだ。
俺はひざまずきカリョが座れるように左腕を出すと言わなくともカリョは座った。
『今回も早かったね』
「絶対勝てないと思わせないと終わらなそうな気がしてさ」
『そうだね。また挑戦されたら嫌だよね』
「もう帰りたいよ」
そんな話をしながら係員が賞金を持ってくるのを待っているとさっきと同じ顔ぶれの集団がやってきた。カリョが腕から降りて集団を迎えると先頭のミコトが驚きの笑顔で口を開いた。
「見事でした。なんとも凄まじい一方的な戦い、流石は一体でガレドレアを滅ぼしたという鉄のゴーレム。心配は無用でした」
ミコトの部下も目を輝かせてうなずいている。
ただ一人、ミコトの言葉に反応して集団の一番後ろにいた闘技場の係員が疑問の表情で口を開いた。
「このゴーレムは森のゴーレムですよね? 鉄のゴーレムはまた別のゴーレムでは?」
『この服を着ていないときは鉄のゴーレムと呼ばれていたんですよ』
ミコトでなくカリョが優しく教える。
「か、神の国の兵士の?」
上ずった声を出す係員。
『そうです』
ミコトとその部下は森のゴーレムが鉄のゴーレム/神の国の兵士のゴーレムと知っていたが闘技場の係員は森のゴーレムとしか認識していなかったようだ。
「強いはずだ……」
係員は俺を見上げてつぶやいた。
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