第31話 それも神の国の

 太陽が傾いてくるとカリョが暗くなる前にと言って調理を始めた。テーブルの前に立って野菜を切り始め、マーツェは転移した食器をシャワールームで洗っている。


 俺は手持ち無沙汰のまま椅子に座るとカリョの調理する姿を見たり湖の向こうの森や湖の水面みなもを眺めたり。


 水面は灰色の空と緑の木々を映している。太陽が出ていたらもっと綺麗な風景なんだろうな。

 川や湖のそばなら水を汲みに行く手間が少なくていいのに……


 持っていけない大量の水……


 ん! こんなに水があるなら風呂に入れるだろ!? 給水タンクに満タン四百八十リットルの水を入れれば四百リットルは使えるし。湯舟は…… 何か無いか…… あ! コンテナボックスがある!


 俺は立ち上がりさっそく準備に入った。昨日水を汲んだばかりだがシャワーや洗濯で使っているので給水タンクを満水にしなくては。


「ギャレット、重神兵でカートを降ろして給水タンクを乗せてくれ」

「了解です」

「マーツェ! 水が止まるけどちょっと待てて」


 ギャレットが操作する重神兵がトラックを出ると開いた左スライドドアから荷室下段にあるカートを引っ張り出して右後輪の後ろに置いた。給水タンクがトラックからスライドして出てきてカートに乗ってこっちの準備はOK。次はコンテナボックスだ。


 荷室上段にはコンテナボックスや銃火器などの物資が積んであってコンテナボックスは戦闘糧食のコンテナボックスのほか、飲料水と衣類のボックス、そして弾薬のボックスがあるのだが…… 飲料水と衣類のボックスが面倒なさそうだ。


「飲料水と衣類のボックスを出して中身を荷室の重神兵が乗っていた辺りにぶちまけて」

「オッケー」


 重神兵は飲料水と衣類のコンテナボックスを持ち、ハッチが開いたままの荷室正面に移動して重神兵が乗っていた場所にゆっくり中身をぶちまけた。あっちこっちに転がる水のボトルとぶちまかれた衣類の袋。


「そのコンテナボックスの内側のサイズってデータにある?」

「ある、百五十×七十×七十五センチ」

「四百リットルのお湯を入れたら深さはどのくらい?」

「約三十八センチね」


 そっか、深さは四十センチもないのか…… 肩まで浸かるには寝そべれば大丈夫かな?


 コンテナボックスをトイレドアの下に置く指示を出すと俺は給水タンクを乗せたカートを水際に移動させて取水作業を行う。水質検査結果は黄色三つだった。


 そんなことをしている俺を見て料理をしているカリョが声をかけてきた。


『何をしているの? 水は昨日汲んだばかりでしょ?』


 水辺とトラックはちょっと離れているからカリョの声は大きめだ。


「お風呂に入ろうと思って」


 俺も自然と声が大きくなる。声を大きくしなくてもヘッドセットで通じているので伝わるのだが。


『オフロってなに?』

「お湯の中に体を入れてくつろぐヤツ…… 知らない?」

『知らない』

「あとで説明するよ」


 お風呂の文化は無かったか。湯あみだけかな? まぁ地球でも湯舟につかる国は少ないから知らなくても仕方ないか。


 水を汲み終わり、給水タンクをトラックに戻して取りあえずOK。


 しばらくするとカリョの料理ができた。和牛ステーキと付け合わせの人参とジャガイモをオーブンで焼いて塩と胡椒を振っただけなのだが、焼けた肉の匂いが食欲をそそる。それをマーツェが皿に取り分けた。


 皆が椅子に座ると姉妹はお祈りを始め、俺は小さく「いただきます」


 お祈りをする姉妹を横目に俺はナイフで肉を切りフォークで口に運ぶ。


 噛めば口の中に肉汁が溢れ出す。うまい! さすが高級和牛だ。


「カリョ、うまく焼けてる。凄く美味しいよ」

『嬉しい。これからも作ってあげるよ。嫌いなものがあったら教えてね』


 お祈りを終わったカリョが俺の言葉に喜んでくれる。地球産の食材を切って焼いただけなんだけど。


『お二人さん、いい感じですねー』


 マーツェのニヤケ顔がイラっとくるが顔には出さずにスルーしておく。


 地球ではこんな美味い肉を食べたことはなかったし食べる日が来るとも思っていなかった。戦いが終わって時間に余裕ができたら美味いもの探しで倉庫の食品を精査したい。


 姉妹もナイフとフォークを手に取ると期待に頬を緩ませ肉を切って口に運んだ。


『な!?』

『わ!?』

『何これ? 凄く柔らかい! 口の中で溶けたよ!』とマーツェ。

『そうそう! 溶けたよね!』とカリョ。

『柔らかくて凄くおいしい! 流石は神の国の肉だね!』

『ほんとに! 焼いただけなのにね!』


 驚きの笑顔での大絶賛。まぁ、そうだよねこんな肉を作り出すなんて日本はホントに神の国かも。


 五枚のステーキは俺が二枚、姉妹が一枚半ずつ分けてあったが俺が先に食べ終わった。

 俺は満腹の腹をさすりながらテーブルを離れマットレスに仰向けになる。んー、満足。

 食べてすぐに横になってはいけないと親に言われていたことを思い出したがこの星はルール適応外ということで。


 見上げれる空はだいぶ暗くなってきていた。あ! お風呂のお湯入れなきゃ!


 俺は起き上がってトイレ下のリフトで上がりトイレからシャワールームに入る。シャワーヘッドを外して荷室から出しておいた長いホースをつけ、トイレを通して外に出しコンテナボックスの上に垂らす。


「ギャレット、四十八度でお湯出して、四百リットル出したら止めて教えて」

「はい」


 ホースから出てくるお湯は音を立ててコンテナボックスに落ちる。一分で十リットルぐらい出るだろうか。溜まるまでだいたい四十分かな。四十八度にしたのは冷めてしまうことを考えてだが、それ以上の温度に設定はできなかったはず。


『なんで水を溜めてるの?』


 食べ終えてまったりしている姉妹の元に戻るとマーツェが聞いてきた。


「水じゃなくてお湯。お風呂に入るから」

『オフロ?』

「俺の国では大きな桶にお湯を溜めて裸で入って体を温めたり心を落ち着かせたりするんだよ」

『やけどしない?』

「そんなに熱くないよ。体温より少し熱いくらい。気持ちいいよ」

『私も入っていいかな?』

「もちろん」

『お姉ちゃんも入るよね?』

『うん…… でも裸で入るの?』

「大丈夫大丈夫! 周りには誰もいないし俺はトラックの中に入っているから気にしないで入って」


 俺的には姉妹にお風呂に入ってもらいたくて始めたから”入る”と言ってもらえたのはうれしいけど、やっぱり裸になるのに抵抗があるのか? それとも俺も一緒だと思ったか?


『なんで? カイヤも一緒に入ろうよ』

「ダメダメ、色々順番が違ってくるからダメ」

『何の順番?』

「教えない」


 マーツェは俺をからかっているとしか思えない。そのニヤケ顔が憎たらしいので平静を装ってその話を打ち切る。


 風呂桶が無いから食器と共に転移していた調理用のボウルを代わりに使うだの風呂の入り方や風呂についての日本の文化をあれこれ話していうちに時間が過ぎていった。


「レポートワン、お湯を入れ終わったよ」

「りょ。よし、お風呂に入ろう!」

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