第30話 衝撃の年齢

 トラックは道を外れて草原地帯を走る。この先に森が見えるが湖は見えていない。地形図では森を右に回り込んだ先に湖があるようだ。


 トラックは細かく右左に進路を変える。平坦なところを選んでいるからなのだが、これが徐行でなくもっとスピードが出ていたら気持ち悪くなっていたはずだ。


 森を回り込んで目的地に到着。水際より少し離れたところにトラックを止めた。搭乗口を開けて辺りを見渡す。ここはとても静かな湖畔だ。


 今いる場所は砂地。辺りは木々に囲まれ曇り空で少し肌寒いがキャンプ地としては申し分ない。


 俺と姉妹はトラックを降りた。湖を見渡すとそよ風に水面みなもが揺れている。


「準備するから手伝って」

『『わかった』』


 トラックの荷室から折りたたみ椅子二つとテーブルを降ろす。隊長と副隊長用の通常装備品だ。それとオーブンレンジ。オーブンレンジは処置室のものとは違いオーブン機能がついている。


 そしてサバイバルセット。補給が断たれたときに生き延びるためのセットだ。ナイフ・包丁・まな板・鍋・耐熱皿・ライター・のこぎりなどが入っている。


 ほかに俺がいつも使っているエアマットレスと荷室からもう一つのエアマットレスを出した。エアマットレスと寝袋と一人用のテントは予備として通常は各二つずつ積まれている。


 トラックの右側面に平行に、車体の後ろから椅子・テーブル・椅子、そして膨らませたエアマット二つを並べ、そのほかはテーブルの前に置いた。


 処置室の壁のモニターも外して持ってきた。ワイヤレスなので外で作戦会議を行うときに使われることが多い。


「カリョ、マーツェ、食材や必要なものを転移するのに選ぶから椅子に座って」

『服も?』


 マーツェが目を輝かせて言うとカリョも思い出したかのように目を輝かせて俺を見た。


「必要なものを選んで制限まで空きがあったらね」

『『やったー!』』


 小躍りする姉妹。まだ服が欲しいのか。そこはやっぱり女の子らしい。


 喜びの姉妹を椅子に座らせ俺は地面に置いたオーブンレンジに腰を掛ける。多分壊れないと思う。


「ギャレット、転移するんで肉のリスト出して」

「わかった。まず項目からね」


 鶏肉・豚肉・牛肉・羊肉ようにくが項目としてモニターに表示された。


「やっぱり牛肉でしょ!」


 その言葉で牛肉のリストが表示された。生・冷凍・ブロック・スライス・産地・部位とずらずらと表示され、一画面に収まらずスクロールしていく。


 やっぱりサーロインステーキかな。日本産A5肉があるがこんなの軍の誰が食べてるんだよ? まったくもってけしからん。俺が処分してやる。と言うわけで二百グラム五枚。三人なら一キロあれば十分でしょう。


 他に何を食べようか…… いや、食べ物より先に必要なものがあったよ。


 思い出したが前回倉庫のリストを見ていて転移しようと思っていた武器がある。使えばなくなる火器弾薬ではなく減らない武器。それは重神兵用の日本刀。


 実戦で使うものではなく大きな基地で行われる重神兵剣術大会で優勝するともらえるトロフィーだ。黒いCNT製だが厚みがあって中は鋼鉄が入っている。CNTだけだと軽すぎてしまうので重しとして鋼鉄が入れられているんだとか。そして長さは二メートル四十ある。触れば切れるほどの刃ではなく”重神兵剣術大会優勝”と刻まれた鞘に入れてインテリアとして飾っておくものだが、かといって振り回したら壊れるようなやわなものでもない。


 もし弾薬が切れた時のための保険として持っておきたいと思っていたんだ。テコ棒では殺傷能力が足りないがナマクラでも刀なら重神兵の力で切りつければゴーレムの鎧くらいは切れるんじゃないか? これは鞘込みで二十一キロ。


 次にトラックのバッテリー充電用にソーラーシート三枚。使わないときは畳んでおくが広げれば一枚でトラックと同じくらいの面積になる。バッテリーがなくなったら全てが止まってしまい困ることになるのでこれも選んでおく。三枚で四十.五キロ。


 それとロボドッグ二機。四つ足の大型犬くらいのロボットだ。ドローンで上空から警戒しているとバッテリーの消費が多く、それに対してロボドッグは警戒できる範囲は狭いが動かなければバッテリーの消費が少ない。これを来た道に配置して近づく者がいないか警戒に当てるつもりだ。これは二機で三十一キロ。


 そして護身用に警棒型スタンガンも。拳銃はあるけど見せても分からないだろうから抑止には向かない。スパークするスタンガンなら抑止に使えるはずだ。


 あとは食品に戻り、付け合わせの野菜とリンゴなどの果物、調味料に食器、そしてパイプ椅子一脚を選んだら一日分の百キログラムに届いてしまった。姉妹の意見も聞こうと思っていたが結果俺の独断になってしまった。


「ごめん、制限に達しちゃった」

『『え!?』』

「いや、戦いに必要なものを先に転移しないとさ」

『ううう』


 マーツェの唸り声。カリョもがっかりしているが我慢しているようだ。


「ごめんね。この後も武器を沢山転移しなくちゃならないかもしれないから村に帰るまで我慢して」

『『……わかった』』


 三人でトラックに乗り荷室に向かうと積み荷の横に作られた通路用の空間にこれまた山のように転移物資が詰まっていた。


 姉妹には食べ物と食器やパイプ椅子をもって先にトラックを降りてもらい、俺はロボドッグのセッティングをして二機を外に放つ。この湖に続く道の監視をするためだ。


 姉妹の元に行くとカリョが椅子に座りリンゴの皮をナイフで剥いていた。リンゴは似た果物がこの国にもあるそうだ。


 俺はエアマットレス二つのうちの一つに横になる。カリョが剥いたリンゴを持ってマーツェが隣にあるもう一つのエアマットレスに横になるのを見届けると俺は仰向けのまま空を見上げた。


 曇り空。そよ風が優しく顔を撫でる。地球となにも変わらない。とても地球じゃない星にいるとは思えない。


 となりのマーツェに視線を戻すとマーツェは仰向けで左腕を枕にし、薄目を開けてリンゴをかじっている。


 ゴスロリ姿がどこか神秘的な少女。ちょっと見入ってしまった。マーツェも凄く可愛い。


 何気なく、


「マーツェは何歳なの?」


 本当に何気なく聞いたつもりだったのだが――


『二十一』

「え!? 冗談だろ?」

『何よ冗談って。見ての通りの二十一歳だよ』

「いやいやいや、全然見えない!」


 思わず飛び起きてしまった。


『どういう意味?』


 仰向けのまま顔を俺に向けるマーツェ。


「凄く若く見える……」

『んー、喜ぶところなのかなー?』


 マーツェが二十一ならカリョは? 嫌な予感がしたがどうしても聞かずにはいられなかった。


「じゃ、じゃあ、カリョは…… 何歳?」


 首を回して椅子に座るカリョを見る。


『三十歳だよ』

「は!?」


 マジか!? 俺よりだいぶ年上だったか! 勝手に十八ぐらいだろうと思い込んでいたのは大きな間違いだったか――


『カイヤは何歳なの?』

「二十二……」


 カリョの言葉に俺は力なく答えた。


『『嘘!?』』


 姉妹が驚きの表情で俺を見る。


『なんの冗談? そんな老けてる二十二歳なんかいないよ』


 マーツェの言葉がキツイ。


「嘘じゃない…… 老けてるって……」


 そうなのか…… 地球人とこの星の人じゃ歳の取り方が違うのか。

 俺は見た目が似ているだけの異星人……

 こんな俺の遺伝子でいいのだろうか…… もっと適した人類がどこかにいるんじゃないのか……


 言葉にならなかった。

 仰向けになり目を瞑って涙が出そうなのをこらえる。


 好きになっていた。一緒にいたいと思っていたカリョが急に遠くに感じた。

 一緒にいられたとしても俺だけが先に年老いて行くのか。


 カリョとマーツェも何か感じるものがあったのか何も言わない。


 重い空気が漂う沈黙――


 その沈黙を破ったのはギャレットだった。


「クエスチョンワン、カリョ、マーツェ、ここの一年は何日なの?」


 それだ! その質問に俺はまたも飛び起きた。


『ここの一年? 一年はどこでも二百四日でしょ?』


 カリョが答える。やっぱりそうか!


「ギャレット、二百四×三十×二十五時間を地球時間に換算すると何年?」

「約十七.五年だよ」


 そうだよな!? そうだよな! カリョの年齢は地球時間で十七.五歳か! ちょっと涙が出た。違いなんかないよ! ヨカッター!


「ギャレット、二百四×二十一×二十五時間なら地球時間で何年?」

「約十二.二年」


 そっかー、マーツェは十二歳かー、その割には発育が遅くないか?


「ギャレット、地球時間の二十二年はここでは何年?」

「約三十七.八年」

「カリョ、マーツェ、俺の歳は三十八歳だった。俺の国と数え方が違ったみたい」

『そうだよね』『二十二のはず無いよねー』


 姉妹があきれ顔で笑うが、俺は失意のどん底からの復活。ホントに泣き笑いだよ。

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