第22話 興奮するドレス店のお姉さん

 雑貨店店主のお勧めのレストランに入ると店内はまばら、お勧めの割に客が少なくない? 時間が早いのかな?


「カリョ、お客さんが少ないけど時間が早かったかな?」

『うん。いまの時間に食べる人は少ないよね』

「あれ? お昼ご飯食べないの?」

『お昼にご飯? 食べないよ? 朝食べて夜食べて……』


 そうだったのか、昨日のお昼にゼリーパックを渡したら食べていたのでてっきり昼食は食べるものだと思っていたが――


「何か食べたくない?」

『お茶と饅頭』


 マーツェが即答。

 俺たちは広い店内を見渡し、人の少ない奥の方に席を取った。


 四人掛けの席、姉妹が並んで座り俺がテーブルを挟んで二人の前に座る。俺から見て正面にカリョ、その右側にマーツェだ。


 店内は天井が高く五メートルくらいはあるだろうか。右側に見える通りに面する壁は幅十五センチくらいの角材が外側に膨らむ緩やかなカーブを描きながら床から天井まで伸び、十センチほどの隙間を開けて店の端から端まで並んでいる。その隙間から外の光が入って店内を明るくしている。


 店内に照明は灯されておらず日本人の感覚からすると薄暗く感じるが電気の無い世界ならこれが普通なのだろう。


 俺が店内の装飾やほかの客を眺めて異国情緒に浸っているあいだに姉妹は店員にお勧めのお茶と饅頭を聞いて注文してくれた。俺は同じものでいいと言っておいたので何が来るかはわからない。


 お茶と饅頭のセットは一つ二十オジェで、駐車場の一日料金が五十オジェだったからなんとなく物価がわかってきた。


 店員が注文を聞き終って引き上げていくと俺はさっき雑貨屋の店主から貰ったお金を出し、カリョに二千オジェ金貨三枚と百オジェ銀貨一枚、マーツェに二千オジェ金貨三枚を渡した。


 カリョとマーツェが顔を見合わせたあと、不思議そうにカリョが俺に聞く。


『何これ?』

「あげるよ。思いもよらず手に入ったお金だけどこの先何があるかわからない。みんなはぐれてしまうかもしれない。もしものときのために持っておいて。カリョに渡した銀貨はさっき出してもらった駐車場代だよ」


 俺の言葉に貰っていいのか戸惑っているらしく複雑な表情を見せるカリョ。それとは対称的にマーツェは金貨を握りしめテーブルに身を乗り出して笑顔を俺に近づけてきた。


『この金貨一枚あれば五日はホテルに泊まれるよ。はぐれたら馬車を雇って村に帰ればいいし…… だから買い物に少し使ってもいいよね?』


 マーツェは猫なで声でおねだりの表情を見せて言うのだが、そんなマーツェがなんだか自分の妹のように思えてきた。


「ああ、そうだね。じゃあ、お茶が済んだら買い物に出ようか」

『やったー!』


 マーツェは両手を上げて満面の笑み。そしてそのマーツェの喜ぶ顔を見たカリョの表情は戸惑いから笑顔に変わった。



 お茶のあと姉妹が一度トラックに戻りたいと言うのでトラックに戻ると自分たちのカバンの中からドレスを引っ張り出してきた。


 凄く綺麗なドレスなのでもしやと思って見せてもらったらやっぱり地球産と分かるタグが付いていた。下着や部屋着に普段着、靴のほかにドレスもか。アイドル動画に影響されたのか? いや、まぁいいですけど。しかし基地にドレスがなんであったんだ? クラブのホステスが取り寄せたヤツ? それとも普通にショッピングモールで売っているのか? 謎だ。


 そのドレスは気に入ったデザインなんだけどサイズが合わないので直しに出したいらしい。ドレスとそのほか数点直したい衣類をゴミ袋に詰めてトラックを出た。


 トラックを出てカリョが『前から気になっていたけど入ったことが無かった』と言うドレスのお店に入る。


「いらっしゃいませ」


 声の出所に目を向けると店の奥から背の高いスレンダーな美人のお姉さんが笑顔で歩いてきた。


『このドレスのサイズを私たちに合わせて直してもらいたいんです』


 カリョがそう言いながらマーツェとドレスをお姉さんに見せる。


「そ、それは!?」


 そのドレスを見るやいなや目を見開いて固まってしまったお姉さん。少しのを置いてフリーズが解けると姉妹のドレスを恐る恐る手に取った。そしてその手がプルプルと小刻みに震える。


「こ、このドレスはどこで作られたものですか? 国内産じゃないですよね? どこの国からの輸入したのですか? ……嗚呼、なんて素晴らしいのでしょう!」


 姉妹に迫ったと思ったらドレスを両手で掲げて感嘆の声を上げるお姉さん、興奮しすぎ。まぁでも興奮するのはわからんでもない。大小さまざまな花柄の刺繍に複雑な模様のレースがふんだんに使われているドレスはこの世界の技術で作るのは難しいだろう。


『この人から貰いました』


 何食わぬ顔で俺を指さすカリョ。俺に丸投げかよ!


 まぁ嘘じゃないし俺以外に答えられないか。


「ど、どこで手に入れたのですか!?」


 おおっと。


 あまりの気迫で迫るお姉さんに俺は一歩後ずさってしまった。


「俺の国で作られたものなんだけど…… 幾つもの山と砂漠を越え、そして海を渡った先にある遠いところの島国なんだ」

「そ、そうなんですか……」


 カリョが通訳するとお姉さんは悲しそうな顔を見せた。が、すぐに立ち直り、


「他にお持ちではないですか!? お譲り頂けるものはありませんか!?」


 かなり必死の形相。何か渡さないとドレスが盗まれそうな勢いだ。


「カリョ、マーツェ、俺の国から転移した服で何か渡せるものはない?」

『あるよ。選んでみたけど実物はあまり好みじゃなかった服も混じっている』


 と、マーツェ。


「じゃぁそれを直しの代金代わりに渡すってことで話してみて」


 カリョがうなずくとお姉さんに向き、


『ドレスではないですけどお譲りできる服が一着あるのでそれをドレスやほかの衣類の直しの代金として渡します。それでいいですか?』


 マーツェが直してもらう予定だったあまり好みじゃなかった服を出す。薄緑色のワンピースだ。

 お姉さんはそのワンピースを受け取りまじまじと見て手触りや裏返して縫製を確認する。そしてそのワンピースを抱きしめるなり、


「ありがとうございます! これをお譲りください!」


 ドレスではなかったがお姉さんは笑顔を見せて納得してくれた。が、目だけは笑っておらず、”返せと言われても絶対返さない、もう取引は成立したからね”と目が言い切っていた。


 なんか必死過ぎて怖いです。


 その後冷静になったお姉さんに輸入する方法は無いかとしつこく聞かれたが、俺の国は遠すぎるから定期的には無理だが近くに来ることがあれば持ってくると言って了解してもらった。

 いずれまた姉妹用に衣類を転移することがあるだろうけど、転移して実物が好みじゃなかったらここに持ってくればいいでしょ。

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