第21話 ゴミがお金に変わる

 俺たちは料金所の小さな小屋に向かい、管理している大柄の老人に一日五十オジェの料金を渡す。これをカリョに出してもらったが年下の女の子にお金を出させるなんて…… なんとかしてあとでお金を返したい。


「どこに地図が売っているか知っているの?」

『たぶん…… 前に行ったことのある雑貨屋さんにあったと思う』


 カリョが自信なさげに言うが行って売ってなければ店の人にどこで手に入るか聞けばいい。

 駐車場を出て街の中を三人で歩く。


 この街の建物も基本はレンガ造りだが通りに面する一階の壁は木造が多い。木の扉と木でできた格子の壁。外光を中に取り入れるための格子のようだ。


 多くの人が行きかう中、トボトボと歩く小さなサイの様な動物に乗った小柄な爺さんが前からやって来たが、眠っているのか目を瞑っているように見えた。それに気を取られていると後ろからキンッキンッと鐘の音が聞こえ、振り返るとやたらと背の高い荷車を連結した白のゴーレムトラックが俺たちを追い越していった。


 高さが六・七メートルくらいありそうなその荷車の側面には縦に三つの窓があり、一番上の窓から男の子が顔を出して街を眺めている。三階建のようだ。バランス悪そうなんだけど強風が吹いたら倒れるんじゃないのか?


 エグリバでも感じたけどここはエグリバ以上にSFかファンタジー映画の中にでもいるかような気持ちにさせる。どこかワクワクしている自分がいることに気がついた。


 街を見回しながら歩き、カリョが言っていた雑貨店に到着。

 店の大きな入り口はドアが外され両側に人の背丈以上あるトーテムポールのようなオブジェが立っている。


 中に入り薄暗い店内を見回すと器や刃物、農機具らしきもの、アクセサリーと思われるものなど色々ありそうだが俺の興味を引くものはあるだろうか。


 カリョが若い女の店員に地図のことを聞いているあいだに俺とマーツェが店内を見て回っていたが、いつの間にかカリョの話し相手は店員から店主っぽい禿頭のごついおじさんに変わっていた。


 一応俺も聞きに行くか。


 カリョに近づき、隣に立つと俺に気づいたカリョは泣きそうな顔をして俺を見る。


『どうしよう、地図は五百オジェするんだって。私が家から持ってきたお金は八百オジェ、もう五十使ったから残り七百五十オジェ、地図買ったらこの先が不安……』


 俺には物価が全然わからないから高いか安いか全然わからないけど、地図を買うとカリョのお金がゴッソリ無くなってしまうことはわかった。


 たぶんカリョは王都で買い物をしたくて持ってきたお金なのだろう。そのお金を地図に使わせるのは気が引けるどころでなく男がすたるってヤツだよ。


 じゃあどうするか――


 ん!


「カリョ、お金出さなくていいよ、ちょっと待ってて、すぐ戻る」


 そう言うと俺は店を出てトラックに走った。


 息を切らして搭乗口のリフトに乗る。コックピットに入るとそれはあった。今日俺が飲んでいた水のプラボトル。


 空のプラボトルを持って再び雑貨屋へ走る。

 店の前で呼吸を整えてから中に入るとカウンターに両肘をつけてうなだれているカリョが見えた。店員は別の客の相手をしていて店主は奥に引っ込んだようだ。


「カリョ、これ!」


 俺の声に反応し、顔を上げたカリョにプラボトルを見せるとすぐには理解できなかったようで困惑した表情だったが、俺が歩み寄るあいだに理解したらしく表情はパッと笑顔に変わった。離れた場所で商品を見ていたマーツェも俺を見て何をするのか理解したらしくやってきた。


 俺「なんとなく千ぐらい?」、カリョ『五千は大丈夫』、マーツェは『二万以上も行けるよ』と。


 だいぶ差があるなーと思っていたらマーツェが不敵な笑顔を見せ、『私に任せて!』と。自信があるらしい。


 俺とカリョは顔を見合わせた。


 任せてみますか――


 俺が「マーツェに任せるよ」と言うとマーツェはうなずき、店の奥に向かって大きな声を出した。


『店主、来てくれるか!』


 奥から店主が何ごとかと驚いたような顔で出てくると自分を見つめるマーツェに気がついた。


「お嬢さんが呼んだのかな?」

『そう、私が呼んだ。これを見てほしい』


 険しい顔して言うマーツェが演技臭い。

 手元のプラボトルを見せると店主の目が見開かれ、そしてすぐに険しい顔になった。


「――これをどちらで?」


 小声になる店主にマーツェも小声で答える。


『こちらの黒髪のお兄さん、ニホンという遥か遠くの異国からやって来ました。

 その異国の地で錬金術師の父上様がいままでにない完全に透き通ったボトルを作り上げることに成功しました。

 しかしそこを悪い奴らに襲われ奪いかけられ、必死に守りこの国まで逃げ延びたこのお兄さん。

 これからも逃げ続けなければならない。が、逃走資金が底をつく。

 だからと言ってこのボトルを悪人に渡すわけにはいかない。

 自分が悪人を引きつけるからボトルだけは信用できる人に預けたい。

 そう言うわけで逃走資金と引き換えに預かって欲しいと言っています』


 店主が険しい顔のまま確かめるかように俺の目を見る。

 俺はこみあげてくる笑いを噛み殺し眉間にシワを寄せてゆっくりうなずく。


「よくわかりました。資金をお貸ししましょう。期限は五十日で…… 二万オジェでいかがでしょう?」


 流石は商売人、マーツェの話しを聞いてもそれくらいか。いや流石はマーツェか。俺にはそんな咄嗟に嘘は並べられない。マーツェに目を向けるとマーツェは厳しい顔をしている。


『もう少し何とかなりませんか?』


 マーツェが懇願の表情を見せて店主に食らいつく。


 それを見た俺とカリョは笑いをこらえながら「それで十分だ」とマーツェを止める。そのやり取りを見た店主はいいモノが手に入ったと目の奥で笑ったのを俺は見た。たぶんあとで二万オジェを返しても理由をつけてボトルは返してくれないと思われる。


 最後にマーツェが、


『では逃走に必要なのでこの国の地図を提供してもらえないでしょうか』

「まぁ、それなら提供できますよ。奥から出しますんでちょっとお待ちを」


 店主が満足げな笑顔を見せて店の奥に入っていく。が、このマーツェの最後の一押しもいい仕事だった。


 この世界に無いものなら売り方によってはその何十倍何百倍にもなるかもしれないが俺は別に金持ちになりたいわけじゃない。ゴーレムバトルのチャンプに勝てば一万オジェ、その二倍だからそれなりの金額のはずだ。面倒な駆け引きに時間を潰すより先に進みたい。


 資金はカリョがコインを指定していた。一番高価なコインは五千オジェ金貨らしいけど、そんなに大きなお金は使いづらいからダメだと。で、二千オジェ金貨九枚と千オジェ金貨一枚、百オジェ銀貨十枚にしてもらって俺が受け取った。


 お金が手に入ったので姉妹においしいものでもと思い、俺はカリョにおいしいレストランの場所を店主に聞いてくれるよう頼んだ。


 カリョが店主にレストランの場所を聞き店を出る。店を出て左に少し歩けば通りの右側に大きな黄色い看板のレストランがあってそこがお勧めらしい。太陽はほぼ真上、昼飯にしよう。

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