第20話 ジルデッグ

 俺はギャレットに命じて重神兵でトラックからカートを下ろしてもらいトラックの左後輪の後ろに置いてもらう。


 搭乗口の真下に給水タンクが格納されていて、左後輪の後ろにある専用のドアが開きスライドして出てきてカートの上に乗る。


 給水タンクは容量四百八十リットル。普通なら補給基地で水を満タンにしたトラックが補給物資として分隊に届けられた場合、次の補給トラックが来るまで水は足りるのだが、姉妹がシャワーで結構な量の水を使うので給水が必要になったのだ。


 軍ではシャワー一回十リットルと決められていて分隊の十二人×三回でも三百六十リットルで済むのだが、姉妹は毎回二人で百リットル以上使っているようなのでそろそろ補給したいと思っていたわけだ。今後は姉妹にも節水の協力をしてもらうことになるかも。


 ちなみにシャワーで流した水は五百リットルの汚水タンクに溜まり、トイレは百八十リットルのトイレ用タンクが別にある。トイレは水で流すのではなく真空吸引式なのでタンクは小さい。

 給水タンクを乗せたカートを水際まで移動させると次は水質検査。水質テスターは白く太いペンの形をしていて、ペン先を水につけて反対側のボタンを押すと検査を始める。


 結果はTCに送られ三十項目の検査結果が青・黄色・赤で示される。青が問題なしで赤が一つでもあれば不適。黄色ならいくらあってもシャワー可。黄色が五以下で飲用可と判断されるが飲用する場合はフィルターをとおして煮沸することが条件になる。


 ここの水は黄色が三で飲用可だったが飲料水ならまだプラボトルがトラックにたくさんあるから飲めなくてもよかったのだ。

 俺は給水タンクに備え付けのホースを水面まで伸ばしタンクのポンプを作動させて水を吸い上げる。


 これも訓練でやったきりなのでタンクに水が三分の一以上残っているが満杯になるまでの時間がわからない。ギャレットに聞くと約十五分とのこと。


 川下かわしもにいる姉妹に目を向けるとズボンの裾をまくり上げ、裸足で川に入って無邪気に遊んでいる。俺はカートに乗った給水タンクに寄りかかりそれを眺める。幸せな光景だ。


 気がつけばタンクに水が満杯になっていたので姉妹を呼びトラックに戻る。


 トラックの横で立ち尽くす重神兵を見て思ったがそのボディーは目立ちすぎる気がする。土で作られたゴーレムはわきの下やひじの内側など鎧で覆われていない部分が必ずあるようだが重神兵に土は使われていないので全身金属と思われるかもしれない。


 全身金属とか思われたら目立つだろう。目立つと面倒を呼び寄せるので重神兵用の森林迷彩服を着用することを思いつき、荷室から迷彩服を出して姉妹に手伝ってもらい重神兵に着せてみた。


 迷彩服は上下で分かれていて上はフードがあり頭もすっぽりかぶれる。


 緑・茶・こげ茶・ベージュの絡み合った模様。着てないよりは目立たなかな? 遠くから見れば木に見えるかも? 重神兵の顔に当たるところ、カメラを保護する無反射の透明な装甲板と手足だけが隠れていないが、顔を何とかすれば普通のゴーレムだと言い張っても通じる気がする。


 荷室に入り工具箱を漁ると白くて幅広のマーキングテープがあった。これで顔を隠そう。


 顔に相当する部分は透明な装甲板でカメラを保護しているが、カメラは左右の目の位置に一つずつと額に一つ、左右の目の下、頬骨の位置に一つずつある。


 額のカメラは望遠カメラだし、頬骨のカメラは赤外線カメラだから熱源を探すような状況にならなければ必要ない。左右の標準カメラだけ目の形で残してテープを貼ってしまうことにする。


 テープを貼り終えるとミイラ男のような顔になってしまった。こんなゴーレムがいたっていいんじゃないかな?


給水タンクをトラックに戻し、カートを乗せ、森林迷彩服を着せた重神兵がトラックに乗り込み出発。


 ジルデッグの街が見えてきたことろでドローンを格納。街中ではドローンで警戒しなくてはならないものはないだろうしドローンが充電のために昇り降りしてたら”それはいったいなんだ?”と騒ぎになりそうだから戻しておくことにした。


 ドローンからの映像の解析結果では街は直径約一.七キロ、高さ八メートルほどの塀で囲われ、塀の外も家らしきものが畑とともに点在している。


 入り口には検問所があり通行証を見せなければならないが、隊長の出してくれた通行証は王都メゼズの第二門も通れるランクとしては高いものと聞いていたのでこの街にも問題なく入ることができた。


 レンガ造りの平屋ばかりだったエグリバに対しジルデッグの街はかなり大きく、二階建て三階建ての建物が多い。


 道からして違う。エグリバは土を踏み固めた道だったがここは石畳になっている。これなら雨が降ってもぬかるんだりしないだろう。


 街は中心が商店街/繁華街でその外側が住宅街と工業地帯になっているそうだ。


 住宅街は商店街に近いほどお金持ちが住んでいて領主の城ももちろん中心地に近いところにあり、住宅街の外側は庶民が住んでいるとカリョが教えてくれた。


 ジルデッグは織物が特産の街だとかであちらこちらに巻いた布が積まれているほか、彩り豊かな広げられた絨毯らしきものも多くの店先に並んでいる。


 街の中では何台ものゴーレムトラックを見かけた。見た目も色々あって白地に赤で綺麗に装飾を施されたいかにも金持ちっぽいのもあれば、塗装されていない木で作られたボロボロのトラックもある。そのボロボロのトラックは木材を荷車からはみ出るぐらい乗せていた。見た目を気にする仕事ではないようだ。ほかに客車が連結しているものもあってそれはゴーレムバスと言うそうだ。


 ゴーレムトラック・バスだけでなくアルパカに似た顔の馬車も多く走っている。他に街にはつののない小型のサイのような動物にまたがって移動している人もいる。それらを見ていたら流石に地球じゃないってことを実感させられた。


 トラックを繁華街から少し離れたところにある有料駐車場に入れる。


 空いているスペースにトラックを停め、降りて駐車場入り口の料金所に行こうとしたときだった。


「それはアンタらのトラック?」


 声をする方を見ると小太りの男が俺たちに近づいてきていた。身なりが良く脂ぎった顔で額の生え際がやや後退している。


『そうですよ』


 答えたのはカリョだ。


「おお? お嬢さん方の服は見たこともない素敵なデザインで作りもよさそうだ。どこかの商人の娘さんかな?」

『違います。この人の通訳です』

「へぇ?」


 カリョの返事に男は俺を見た。


「ほう、黒髪の。異国の方? これは珍しい形のトラックだね。随分重そうだ。かなり強力なゴーレムが引いているんじゃないか?」

「わかる? かなり力があるよ」


 村で言ったようにトラックもゴーレムだとは言いたくなかった。変に目立ちたくないからだ。


「おっ? 聞いたことない言葉だな。どこの国の人?」


 俺の言葉を聞き、カリョの通訳を聞いた男が少し驚いたような表情を見せたがどこかワザとらしい。


「ニホンって言うすごく遠い国」

「んん? そ、そうかい。聞いたことない国だな…… 時間があったら詳しく聞きたいところだけど、ちょっと急いでるんでゴメン。で、ゴーレムバトルに興味ないかい?」

「ゴーレムバトル?」

「そう、ゴーレム同士が戦う奴。知らない?」

「聞いたことはあるけど……」

「ゴーレム同士が武器を持って戦い、相手が戦えなくなったら勝ちだよ」


 村での歓迎会のとき”ゴーレムバトル”って言葉が誰かの口から出ていたのは覚えている。気になったが酔っていたので詳しく聞こうとする気力が無かったのだ。


「最近出場選手が減ってきたのと代り映えしない選手のせいか、客の入りが減ってきたので新しい選手が欲しかったんだけど…… 出てみない? チャンプに勝つと賞金一万オジェ、レギュラーマッチなら千オジェ出すよ? 参加費が二百オジェかかるけど、最初はタダでいい」

「んー、でも見てみないと何とも……」

「そうかい、あそこに見える大きな建物、あれが闘技場だから興味があったら見に来てよ」


 男がそう言いながら指差す先、駐車場の端には白く大きな平べったい円柱の建物が見える。


「七の刻から試合が始まるよ。見るだけはタダ、お金をかけたらもっと楽しめるから。私はプロモーターのエルゲニっていうんだ。いつも闘技場かこの辺にいるから出る気になったら声をかけてくれ」

「わかった」


 プロモーターは笑顔でうなずくと俺たちに背を向け次に声を掛ける奴を探してなのかキョロキョロしながら歩いていった。


 ゴーレムバトルか…… ちょっと見てみたいかも。


 そんなことを考えながらも俺たちはプロモーターから視線を外して料金所に向かい歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る