第13話 歓迎会

 俺は昼近くに目覚め、起きてゼリーパックを食べると退屈しのぎにこの小さな村の探索に出かけることにした。


 トラックのリフトを降りる。晴れ空にやや冷たいさわやかな空気。季節は日本でいうところの春か秋か。


 砂利の道を村の中に向かって歩く。


 壁のないオイル工場を外から見学し、物見櫓、馬小屋、共同の井戸、一件しかないと思われる商店。時々村人から声をかけられたが話せないので日本語で「こんにちは」と返すと笑顔を見せてうなずき、そしてそれ以上なにも言ってこなかった。


 村の外も見て回る。


 村の入り口から見て右側に林。赤ん坊の握りこぶしほどの大きさの黄色い実がブドウのように房になって付いている木がたくさん見える。グレマとか言うオイルの実だろうか。そしてその林と道を挟んで反対側、左側に広がる草原。


 ここは素朴さ全開の村だった。



 村の探索を終わりトラックに戻る。宴会の酒を選ばなきゃ。

 コックピットに入りギャレットに飲み物のリストを出してもらう。


 大人七十人、子供五十人か…… アルコール度数の低い酒だと百キロじゃ足りないかも。取りあえずワインを中心に選んでみよう。


 ワイン一リットル紙パック、白と赤、それぞれ甘口と辛口を十本ずつ。リンゴ、オレンジ、グレープジュースの一リットル紙パックを十五本ずつ。これで八十五キロ強か…… 酒が足りないかな? ウィスキーの四リットルプラボトル三本追加、そして俺用に高級ウィスキーのレギュラーボトル二本と最後は百キロになるまでビーフジャーキーやさきイカなどのツマミを適当に選ぶ。これでオッケー。


 ギャレットに転移してもらい荷室を見に行くと細い通路にずらりと飲み物が並んでいた。


 そのあとはその飲み物を避けながら積荷の確認をした。TCに積荷のリストを出し、実際に積まれているものとの確認だ。完成体重神兵を乗せるためにだいぶ降ろしたものがあり、この先何があるかわからないので何が残っているかの把握は必要だ。



 夕方、積荷の確認を終わり、コックピットでまったりとしていたところ、


「レポートワン、カリョとマーツェが近づいてくるよ」

「りょ」


 モニターに二人が歩く姿が映った。宴会の迎えかな?


 俺はコックピットを出て搭乗口を開けると夕暮れの中、二人が歩いてくるのが見えた。二人とも一瞬日本人かと思うようなファッションだ。


 カリョが白シャツにピンクのカーデガン、ベージュのロングタイトスカートに黒のショートブーツ。マーツェが白い薄手の七分袖セーターに黒の幅広ガウチョパンツと白のパンプス。どう見ても地球からの転移品だ。


 似合っているけどマーツェはもう少し背が伸びないとな。


『カイヤー! 歓迎会するよ!』


 俺を見つけたマーツェが歩きながら大声を出す。そんなに大声出さなくてもヘッドセットで繋がっているから聞こえるんだけど。


「飲み物を運ぶからトラックで行くよ。二人とも乗って」

『『わかった』』


 二人を乗せトラックはバックで村の中に向かう。この巨大なトラックがUターンできる場所が無かったからだ。


 村の中に入ると大通りの先に形も様々なテーブルが細長いUの字で並び、女たちがテーブルに料理を運んでいる。通りの外側には幾つものかがり火が灯され、会場には子供から老人まで多くの人が集まっていた。


 会場近くでトラックを停め、飲み物を降ろすのを手伝ってもらうために十人ほどの若くない男たちに集まってもらった。


 左側のスライドドアを開けると飲み物が落ちてしまうのでコックピット横の通路を通ってバケツリレーのようにして乗車口から降ろし、会場のテーブルに乗せてもらう。俺用の高級ウィスキーとビーフジャーキーなどのおつまみは先に処置室に隠してある。


 テーブルの上に乗せられた酒やジュースに村人は興味深々。見慣れぬパッケージに見慣れぬ文字。酒とジュースが混じって置かれたので俺はそれを分けて、子供とお酒の飲めない人はこっち、お酒を飲む人はこっちと教え、それぞれ陶器のコップに注いでもらった。


 俺は主賓としてUの字に並ぶテーブルの底の部分、左右の奥に伸びるテーブルが見えるところに座らされた。通訳として俺の左にカリョ、右にマーツェが座る。


 準備が整うと左のテーブルの列にいる村長のバルマがコップを持って立ち上がった。


「それでは皆さん! ガロウとその娘たちを盗賊から救い、最高級の塩を村に分けてくれたカイヤさんに感謝の気持ちを込めて歓迎会を行います! このお酒もカイヤさんの国のものです! 感謝して飲んでください! 乾杯!」

「「「「「「乾杯!」」」」」」


 バルマの音頭で村人から乾杯の声が上がり、皆が持っていたコップを高々と持ち上げた。


 俺も酒を一口二口飲み、コップを下げると左右から小走りで近づいてくる人々に気が付いた。年頃の若い娘たちが五人、俺のテーブルの前に集まった。精一杯着飾っているようで他の村人に比べて派手に見える娘たちだ。


「「「「「初めましてカイヤさん」」」」」

「あ、ああ、初めまして……」


 カリョが集まった娘たちをチラッと見たが俺の言葉を通訳してくれずに黙々と食べ物を口に運んでいる。


 なんで? なんか黙々と食べるカリョが怖いんですが。


 右隣りに座るマーツェに”通訳して”と顔を向ける。言わなくても読み取ってくれたマーツェはニヤケ顔でカリョを見たあとに『初めまして』と通訳してくれた。


 娘たちは一人一人自分の名前を言い、酒の入ったコップを突き出すのでそのたびに俺もコップを出して乾杯する。


 全員の名前を聞き終えたが覚えている自信がない。そしてその全員が一斉にしゃべりだした。


「どこの国から来たのですか? 遠い国と聞いていますけど」「ゴーレムがお強いんですってね? 魔法兵なんですか?」「このお酒凄くおいしいです。なんという名前のお酒ですか?」「恋人はいますか? 結婚はしていますか?」「この姉妹の服装もカイヤさんの国の物ですか? どうしたら手に入れられますか?」


 ギャレットが全部聞き漏らさず同時に通訳してくれる。結構凄い機能だよ。


 みんな前のめりになって色々言ってる。いままでこんなにたくさんの女性に囲まれることなんかなかったのでうれしいやら恥ずかしいやらどうしていいのやら。生まれて初めてのモテキ到来に対応できない。


 鼻の下が伸びるのを感じながら誰にどう答えるべきかと悩んでいたら、


『あなたたちうるさい! カイヤが困ってるじゃない! それにつまらない話の通訳する私たちの身にもなってよね!』


 コップを握りしめ上目づかいで睨みを効かせてカリョが吠えた。びっくり。まだ酔ってないよね? 会場がシーンとなってしまった。


『皆さんごめんなさい、お姉ちゃんも私も昨日怖い目に遭ったばかりでまだ落ち着かずに…… 甲高かんだかい声を聴くと耳にさわるんです』


 マーツェが咄嗟とっさにフォローを入れると驚いてこっちを見ていた村人たちもうなずいて理解を示す。


「「「「「ごめんなさい」」」」」


 娘たちは小さな声で詫びて戻っていった。俺のモテキはカリョによって粉砕されてしまったが、どの娘よりカリョの方が可愛いからがっかり度合いはさほど深刻ではない。


『マーツェ、ありがとう』

『お姉ちゃん、貸しだからね』


 安堵した顔のカリョと、ニヤケ顔のマーツェ。なんでマーツェはニヤケているんだろう?


 娘たちが去ると今度は警備兵隊長のクラオ、そしてクラオと同じ兵装の男二人、さらに普通の村人っぽいオジサン二人がやってきた。


「カイヤ、村を守る仲間を紹介させていただく」


 クラオの横に並ぶ男四人。


「俺の隣から兵士のエルト、サイナ、そしてそちらがこの村のゴーレム使いのデルガルとデルゾル。デルガルとデルゾルは兄弟で、デルガルの方が兄だ」


 体が大きくて筋肉もありそうなエルト。細身だが眼光鋭いサイナ。小さいががっちりした体つきの髭だるまデルガル。中肉中背、特に特徴がないデルゾル。兵士たちは俺より少し年上っぽいがゴーレム使いの二人はだいぶ年上のようだ。もっとも村の若い男たちは国境に行っているらしいから当然か。


「この五人でこの村を守っている。キミもこの村を守るとそこの娘たちと約束したならこの者たちのことも覚えておいてもらいたい」


 まじめな顔で言うクラオはやっぱりまじめなんだろうなと感じた。ゴーレム使いの二人は酒のコップを持っているが兵士は誰も酒のコップをもっていない。いまも警備中なのだろう。


「わかりました。よろしくおねがいします」


 軽く会釈してそう言うとカリョが通訳してくれた。


「ところでクラオさん、賊が来た時の対処方法ですが、殺しちゃっても大丈夫ですか?」

「もちろん。盗賊団はJiiiしなければならない」

「カリョ、盗賊団はなんて言った?」

『殲滅って言った』


 未登録の単語だ。未登録だとギャレットの通訳ではノイズっぽい音になるのでカリョかマーツェに喋ってもらいヘッドセット経由で登録する必要がある。


「捕えてもすぐに死刑になる運命だ」

「そうですか。じゃあためらわずにります」


 殺し合いが嫌になって脱走したのに…… でも賊の命を奪わなければこの村の人々の命が奪われる。来たらるしかないんだ。

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