第12話 神の国の兵士

 カリョとの会話が楽しくてあっという間に俺たちは村に到着した。


 柵に囲われた村の入り口には重神兵よりやや小さい体高四メートルくらいのゴーレムと思われる大きな人型が左右に一体ずつ立っていた。それは微動だにせず、カリョに聞くとやはりゴーレムだそうだ。


 その姿は傷だらけの全身鎧を纏い、頭部は金属のかめを逆さにしたような兜をかぶっている。顔の部分の金属がバレーボールほどの大きさで丸く切り取られていて中が黒く見える。一つ目の魔人という印象だ


 動かないのは魔法師が操作していないからとごく当然の答えをカリョから貰った。


 俺たちは村の入口を通り、家が立ち並ぶところに来たところで馬車とトラックを止めた。マーツェがリフトで降りるなり走り出す。家から母親を呼んでくるんだそうだ。


 村は中央に土の上に砂利を撒いた大きな通りがあり、村の奥までずっと続いているらしくその両側に家が並んでいた。レンガ造りの家々はどれも均一なベージュ色のレンガで作られていて想像していた以上にいい造りだった。


 俺とカリョはオヤジをベッドから怪我人用のリフトに乗せてトラックから降ろす。肩を貸して近くの家の前にあった長椅子まで歩いてオヤジを座らせた。


 マーツェに連れられ母親らしき女性が、そして何ごとかと村人が集まってきた。村人だけでなく三人の兵士らしき者もいる。髪の毛は皆やや明るい茶色から暗い茶色で俺のような黒髪はいないようだ。


 カリョは集まった人々にこれまでのことを話し始め、俺はちょっと離れたところにあった大きな樽に寄りかかりその様子を見守った。


 途中、何度かカリョが俺の方を向くとつられて村人たちも俺の方を向く。『異国の人』、『助けてもらった』とか言ってるのがヘッドセットを通して聞こえてくる。


 ある程度説明が済んだころ、母親がカリョと数人の村人と共に俺のところにやってきた。オヤジは長椅子に座って村人と話を続けている。

 少し太めで優しそうな母親は涙で目が濡れているが満面の笑みだ。


「グーリクートマキ。メンレルルメンレルルタフギンターラメルマ」

「ありがとうございました。心配で心配で眠れなかったです」


 母親が言った言葉はある程度の学習を終えたギャレットが同時通訳してくれる。俺はこの国の言葉を聞くことができるが話せないという設定で、話すほうはカリョに通訳してもらうということにしていた。話すほうもギャレットが通訳してTCから音声が出たら怖がられるかもしれないからだ。


「偶然近くにいたわけですが、助けになれて良かったです」

『偶然近くにいました。助けることができて良かったです』


 俺が離す日本語をカリョが通訳するのだが、母親が不思議そうな顔でカリョを見る。そりゃそうだ。異国の言葉をなぜカリョが通訳しているのかと。


 それもほんの少しのあいだのことでそのあとは母親はいかに心配してたかを泣き笑いで俺に語る。

 そこにマーツェが得意げな顔で割って入ってきた。


『カイヤはね、神の国の兵士なんだよ! カイヤのトラックには見たことも食べたこともない凄いものやおいしいものが沢山あるんだよ! それに動画っていう動く絵で見たカイヤの国がもう神様の国としか思えないほど凄いんだ』


 おっと、何を言い出すんだ? 面倒なことになるかもしれないからトラックの中で見たことは言わないように言っただろう!


 俺が”言うな”の意味を込めてマーツェを睨むと口止めされたことを思い出したようでマーツェは慌てて手で口を押さえた。


 そのマーツェの言葉に反応したらしく少し離れたところからこちらを見ていた兵士らしい一人の男がやってきた。


「すまないが私にも話を聞かせてくれないか」


 母親は男を見ると気を利かせたらしく、俺に会釈してオヤジの元に戻っていった。


 短髪細面、屈強な感じの口ひげを生やした男。他の村人とは違い皮っぽい軽そうな鎧を着て剣を左の腰に下げている。黙って聞いていたが話をせずにはいられないといったところだろうか。


「あなたは?」

「私はこの村の警備兵隊長のクラオという」

「俺はカイヤです」

「キミは神の国の兵士なのか?」

「自分の住んでいた国が神の国だとは思わないが、この国の人からすれば神の国に見えるかもしれないかな」

「んー、大神官様のおっしゃられた言葉は本当だったのか?」


 クラオは顎に右手を当て何か考えるようにつぶやいたがギャレットがしっかり通訳してくれた。


「どんな言葉?」

「大神官様は夢の中で神託を受けたという。”人の世の繁栄のために神の国の兵士を授ける。命を与えてもらえよ”と」


 命を与えてもらえ? 子を作ると言う意味ならだいたい同じか。


「仮に俺が神の国の兵士だったとしたらどうするの?」

「我が国の兵とともにアルザルマ王国と戦っていただきたい」

「アルザルマ王国って奴隷制を敷いていてこの国に攻め入ろうとしている国だっけ?」

「いかにも。負けたら老人と病人は殺され、大人は重労働、若い女は慰み者にされてしまうだろう」

「そりゃあ酷いな……、んー、協力したい気持ちはあるけど、カリョにこの村を盗賊団から守るって約束したから今は無理かな」


 神から子を残せとは言われているが戦いに出ろとは言われていない。なのでここは一度断っておいてもいいだろう。


「確かにこの村も兵が少なく盗賊団に襲われる可能性があるが…… では領主と相談するので時間をもらいたい」

「わかった。いまのところ今後のことが決まっていないからこの村のどこかにいると思うよ」


 領主と何の相談するんだろう? 村を守るために大量の兵を送ってもらう? それとも盗賊団征伐してくれる? 村は安全だと俺が納得しなくちゃ協力なんかしないよ。


 隊長から開放されたあと、これも騒ぎを聞きつけて出てきていた村長のバルマをカリョが紹介してくれた。

 バルマは白髪しらがの多い初老で穏やかな表情の小柄な男だ。


「本当に感謝します。ガロウとその娘たちを…… 本当に良かった」


 深々と頭を下げるバルマ。


「まあまあ、もう十分皆さんから感謝の言葉を貰いましたから…… あ、そうだ、おみやげがあるんだった。ちょっとここで待っててもらえます?」


 俺は村の入り口に置いたトラックを取りに戻り、村の中央までトラックを持ってくると荷室の左スライドドアを開け食塩の大袋三つを降ろした。


 ギャレットにトラックを動かしてもらうこともできたがトラックが勝手に動いたらまだ誰かいるように見えて面倒になりそうなので俺が戻ることにしたのだ。


 数人の村人が興味深そうに開いたスライドドアからトラックの中を覗くが何が何だか分からないだろう。


 今度はなんだとまた集まってきた村人に食塩の入った厚手の紙袋を一つ開けて中を見せる。


「塩です。村の皆さんで分けてください」


 カリョが通訳すると村人が交互に袋の中を覗き込み、そしてどよめきが起こった。


「こんな真っ白な塩なんて見たことがありません! さぞかし高級品なのでしょうな! 本当に頂いてよいのでしょうか?」


 パルマが興奮気味に俺と塩袋を交互に見る。


「どうぞどうぞ、遠慮なさらず。おちかづきの印です」


 俺は全力で愛想笑いを作って見せる。村にとって無害どころか有益な人間として覚えてもらわなくてはならないからだ。


「それはそれは、感謝感謝、感謝いたします」


 深々と頭を下げる村人たち。そしてバルマが顔を上げて村人に振り返る。


「ガロウとその娘たちを助けてもらい、そして高級品の塩までもらったぞ。今夜はカイヤさんの歓迎会だ!」

「「「「「「オオー!」」」」」」


 バルマの声に周りの村人から歓声が上がった。

 俺がここの人々と友好な関係を築く第一歩として歓迎会を開いてもらえるのはありがたい。


 そして歓迎会と言ったら酒盛り。この星の酒にも興味はあるが味が心配だ。やっぱり酒も地球産だろう。


「酒は飲みますよね? 酒は俺が用意しますよ」

「いやいや客人に酒を用意させる訳にはいきませんよ」

「うん、まぁそうなのかもしれませんけど、俺のトラックにはおいしい酒が積んであるんですよ」


 そう言うと遠慮していたバルマの声が止まった。渡した塩は高級品として認知されたし、その塩を渡した俺が美味しいと言う酒に興味が出てきたのだろう。


「酒は任せてください。そちらは美味しい料理を用意していただければと思います。飲める大人は何人ぐらいいますか? それと飲めない人と子供の数も」

「そ、そうですな、その美味しい酒に興味が沸いてきました。ではこちらは美味しい料理でおもてなしすることにします。大人は…… 七十人、子供は五十人くらい、大人で酒の飲めない者は十人前後だと思います」

「分かりました。では酒とジュースを用意しますね」


 そのあとバルマにトラックの置き場所を相談すると、村の奥に薪小屋が並んでいるひらけた場所があるらしくそこに置く許可をもらった。


「カリョ、通訳ありがとう」

『うん、宴会が始まるときに呼びに行くね』


 俺は姉妹を含む村人と別れてトラックに乗り村の奥に向かったが、別れぎわ、姉妹は大量に転移した衣類をダストボックス用の大きなゴミ袋二つに詰め、一つづつ持っていった。


 バルマに聞いた通り村の奥に行くと薪小屋が並んでいる少し開けた場所があったのでそこにトラックを止める。


 俺はコックピットを出て通路に敷いた寝袋の上に横になる。ちょっと眠い。そう言えばあまり眠られなかったんだ。


 少し眠るか――

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