第11話 村へ

「……ヤ、カイヤ、ディルマテ、カイヤ」

「ん……」


 処置室前の通路で寝ていた俺はカリョに起こされた。目を開けるとカリョが俺の足元、処置室の入り口に立っている。俺が目を覚ましたのを確認するとカリョは振り返って処置室に入っていった。


 なんだろう? 俺は枕元に置いていたヘッドセットを頭にかぶって起き上がり、処置室に入るとオヤジがうつ伏せのまま目を覚ましていた。


『トイレに行きたいんだって』

「起きれる?」

『大丈夫みたい』


 俺は壁のボタンを押して二段目のベッドを足のつく高さに下げると、カリョが手伝ってオヤジの体を起こした。


 上体を起こしたオヤジは不安そうな顔で俺を見る。カリョがこれまでのことを簡単に説明し助けられたと教えられるとオヤジは胸の前で両手を握り神妙な面持ちで口を開いた。


「グーリクートマキ、ウルメルトアートリ、ガロウ」


 それを聞いたカリョが『ありがとうございました。私の名前はガロウ』と通訳してくれた。

 俺はちょっと照れ笑いで「俺の名はカイヤ、見て見ぬふりはできないから」と言うとそれもカリョがオヤジに通訳してくれた。


 オヤジは上半身裸。俺が血に濡れたシャツを切って脱がして捨てたからだ。

 三段目のマーツェは眠ったまま。トイレはカリョが連れていく。そのあいだに俺は荷室に行ってLLサイズのシャツとゼリーパック型の戦闘糧食を四つ持って戻った。


 トイレから戻ったオヤジにシャツを渡す。LLサイズはオヤジには大きすぎるが着るときに傷に障らないようにと思ってだ。


 カリョが着る手伝いをしてシャツを着終えるとカリョとともにベッドに座ってもらった。

 大きな引き出しから水のボトルを出しキャップを開けてオヤジに渡す。カリョが『それは水だから飲んで』とオヤジに言うとオヤジは音を立てて飲みだした。


 一気に半分近くまで飲むと一息つき、オヤジはボトルを持ち上げ姉妹のときと同じようにボトルをマジマジと見た。


「おなか空いてないかな? これ食べる?」


 ゼリーパックをオヤジに差し出すとカリョが通訳した。オヤジが手を出そうとするのでゼリーパックのキャップを外して渡す。


 ゼリーパックは柔らかいバイオプラスチックの袋にゼリーが充填されている。袋から伸びる短くて太いストローのキャップを外し、そこから吸って食べる。


 渡したのはオレンジ味。このゼリーパック型戦闘糧食も結構な高カロリー食品だ。

 俺も一つキャップを開けてストローに口をつけて食べ方の見本を見せようとしたのだが、オヤジはゼリーパックのパッケージ柄をマジマジと見ている。


「カリョもいる?」

『食べたい』


 カリョにも渡し、カリョが食べるのを見てオヤジもストローを咥え食べ始めた。


「オ! ジンメータ!」


 オヤジが驚いた顔して声を出す。姉妹も言っていたが美味いと言う意味だ。だがすぐに顔をしかめてうなだれる。興奮して声を出したのが傷に響いたらしい。


 食べながらカリョがこれまでのことを詳しく話し始めたので俺は外の空気を吸いに出ることにした。


 処置室を出て搭乗口のドアを開けると外は明け方。太陽が昇り始めたばかりか。寝袋のそばに置いていた上着を拾いに戻ってからリフトで降りる。


 外は少し寒いのでゼリーパックを咥えて上着を着る。歩けば草に付いた夜露がズボンを濡らす。


 見渡すと朝焼けの中を鳥の群れが飛び、左側の空から太陽が顔を出し始めている。


「ギャレット、現在時刻を午前五時ちょうどにセットして」

「リョ」


 昇る太陽を眺め、肌で空気を感じる。星は違っても朝の空気は同じだ。


 深呼吸してみる。


 冷たい空気は草の匂いを含み、さわやかさに自然と頬が緩んでくる。


 軍を脱走できて追手もいない。リスタートだ。この星で自由でゆったりとした生活を目指したい。そのためにはこの世界の人々と友好な関係を築かなければ。


 朝のさわやかな空気が俺を前向きにさせてくれる。


 よし、村に向けて出発だ。


 俺はトラックに戻り通路から処置室の中を覗くとマーツェも起きていた。三人にこれから逃げた馬車のところに行くと伝えてコックピットに移る。


「ギャレット、現在地マップ表示」

「リョ」


 ドームモニターの正面に地図が表示され、中央のトラックアイコンから北に七百メートルほど離れたところに馬車のマークワンがある。


 ギャレットに指示を出すとトラックは五分ほどで馬車の近くに到着。


 処置室のカリョに声をかけ、トラックを降りて馬を見に行こうと乗降口の自動ドアを開けたとき、後ろからマーツェに声をかけられた。


『カイヤ、ギャレットってなんで笑わないの?』


 コックピットに入ろうとするマーツェは少しばかり悲しそうだ。


「仕事中だからだよ」

『私と話をするのは仕事なの?』

「いや、そうじゃないけど…… ギャレット、お酒モードに切り替えて」

「オッケー」


 ギャレットの声が急に声が明るくなった。”リョ”も言わなくなる設定だ。


「マーツェ、ギャレットを仕事から解放したから」

『ありがとー!』


 マーツェは笑顔で礼を言うとコックピットに入っていった。

 お酒モードは人に見られて困るような設定はしていなかったはず。言葉遣いが変わり人工的に作られた笑顔を見せるだけだったと思う。


 トラックを降りてカリョと馬車まで歩く。

 馬二頭は荷車と繋がっているので自分の好きに動き回れないからかおとなしくしていた。


 間近で見る馬はやはり地球の馬とは違っていた。体つきは似ているが顔が全然違う。アルパカのような顔に長く大きな耳。そして短い二本の角。地球でもこんな近くで馬を見たことは無かったが当然動物の匂いがする。正直に言うと臭い。


 俺とカリョは馬車に乗り込んだ。俺は馬車に乗るのは初めてだ。木でできたグラグラな乗り心地がかなり不安。手綱はもちろんカリョが握り馬車を走らせた。


「ギャレット、トラックは馬車についてきて。前方に村が見えたら距離を教えて」

「わかった」

『ギャレットは近くにいるの?』

「ここにいるよ」


 カリョはギャレットがトラックのモニターの中だけに居られて外に出られないと思っているようだ。俺は左胸ポケットからTCを出すと画面にギャレットが現れた。


『え? こんな小さな板の中に入れるの?』

「入れるよ。私はここに居るけどトラックにも居るよ。トラックではマーツェと話してる」

「ギャレット、トラックのマーツェと話をさせて」

「はい」


 TCの画面がギャレットからコックピットのマーツェに切り替わった。


『マーツェ!?』

『お姉ちゃん!?』


 モニター通話状態になっただけなのだが、やっぱり知らないなら驚くか。


「レポートワン、前方三.七キロ先に集落が見えた」

「りょ」


 姉妹が面白がってモニター通話をしているのでギャレットが俺にだけ報告してきた。あと三十分くらいで到着かな。


 少しすると意外にも姉妹はモニター通話を終えた。マーツェは動画の方が面白いのだろう。


 馬車に揺られて俺とカリョは二人きり。


「カリョの村はどんなところ?」

『私の村? 村の名前はエグリバ、人口は百四十人…… いまは百二十人くらい。若い男の人は兵としてアルザルマとの国境に行ってる』

「小さい村なんだね」

『そう、でもね、オイルで有名な村なんだ。グレマという木の実からオイルを絞って売りに行くの。私の両親もオイル作りをしていて私もマーツェも毎日その手伝いをしてるんだ』


 笑顔で話すカリョ。賊に襲われていた時の、あの悲痛な表情を思い出すと助けることができて本当に良かったと思う。


 カリョは料理を作るのが好きだけど時々焦がしてしまうとか失敗談を笑いながら話してくれる。

 こうして話をしていると何ら地球人と変わらない。そしてカリョが笑うたびに心が引き寄せられていくのを感じた。

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