第10話 風魔法ではない
喜ぶ二人の後姿を見ながら待つこと十分。
「もういいかな? 二人ともそろそろ体を洗う説明をするから来て」
『『わかった』』
すごく満足げな笑顔で振り返る姉妹。その可愛い笑顔が見れて俺もうれしいよ。
大量の衣類を処置室に放り込んだ姉妹にシャワールームで設備を教える。言葉が通じなかったときは身振り手振りで教えたが今度は通じているので正しく教えられる。
液体石鹸で髪の毛以外を洗うと説明し、シャンプーとコンディショナーの使い方はシャワールームの鏡もモニター表示できるのでギャレットに動画を見せるようにと言っておいた。
シャワールームの説明が終わると次はトイレの説明。隣のトイレのドアを開け、便器の後ろの壁にある板を前に倒す。便器の上に物置スペースができるのでそこに衣類を乗せられる。
俺は荷室からタオル・歯ブラシを持ってきて処置室で着替えを選んでいる姉妹に渡してヘッドセットを預かりコックピットに入る。
しかしなんで軍事基地の倉庫にあんな派手な下着があるんだろう? エルガッタ基地に所属の兵士は四万のはずだが半分以上は中継基地にいる。エルガッタ基地だけだと一万ぐらいかな? あ、クラブなどの娯楽施設に小さなショッピングモールもあったっけ。民間人もそれなりに働いているから小さな町くらいのものはあるのかも。
「ギャレット、倉庫の物資の項目を見せて」
「リョ」
返事と同時にモニターに物資の項目が表示された。
兵器・車両
補助機器類
医療
事務用品
衣料
食品
日用品
娯楽
工事・工具
資材
どれから見るか…… 特に今現在欲しいものは無いので上の武器から順に流すか。
戦車、装甲車、指揮通信車、重神兵、補給トラック、トレーラー……
武器は知っているものが多いので流すのは速かったが、衣料の女性下着のところで流すスピードが遅くなってしまった。
派手なものやエロいものを見ながら「軍事基地なのにけしからん」とか思ってもいないことを口にして一人で笑ったが、こんなところを姉妹には見られたくない。まだシャワーから出てこないと思うけど先に進むことにする。
そして食品のところで大量の酒があるのを見つけた。考えてみれば当然あるだろうがそれなりに酒を飲む俺は歓喜した。
ビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウィスキー、何でもある。軍にいたときは休暇以外は飲めなかったがこの世界では毎日飲んでも怒られない……
「あ!」
酒も転移しておけばよかった…… 一日一度の転移をさっきしたばっかりだった。残念だけど今日はお預けか。明日忘れずに転移しよう。
がっかりしながらも酒のリストを眺める。酒の肴も含め明日は何を転移しようかと考えているとしばらくしてコックピットのドアが開いた。汗を流してさっぱりした姉妹が笑顔で立っている。
姉妹はシルクらしきツヤの真珠色のパジャマを着ていた。かなりの高級品ぽい。カリョのサイズはちょうどいいがマーツェが着ているのは少し大きいようだ。
俺が座席の奥に詰めるとカリョ、マーツェの順で入ってきた。水気の残る頭髪からコンディショナーの甘く爽やかな香りが漂ってくる。
「ギャレット、モニター中央を百五十パーセントの鏡モードに切り替えて。通訳頼むよ」
「リョ」
モニターが鏡モードに切り替わるとそこに俺たち三人が拡大して映った。
「あ! 凄い! そんなこともできるの?」
「不思議!」
二人はヘッドセットを外しているので二人の声はギャレットが骨伝導イヤホンを通して通訳してくれるし、俺の声はギャレットがコックピットのスピーカーを通して通訳してくれる。
モニターに大きく映る自分たちを見て驚く姉妹。マーツェがモニターの前で手を振るとモニターに映るマーツェも同じように手を振り、それを見てカリョも同じように手を振る。片手を振っていたのが両手になりそして首も左右にかしげてみる。面白いようだ。
俺は処置室の引き出しから持ってきていたドライヤーのスイッチを入れてカリョの髪に熱風をかけるとカリョは驚いた顔をして身を引いた。
「何?」
「これで熱風を髪にかけると早く乾くよ」
「え? 風魔法?」
「さっきも言ったけど科学って言う魔法のようなものかな」
マジマジとドライヤーを見る姉妹。
「カイヤの国にはこんなに不思議で便利なものやこんな綺麗な服がたくさんあるの?」
ドライヤーや自分が着ているパジャマを見てから俺に視線をよこすカリョは驚きすぎて唖然とした表情だ。
「そうだね。便利なもの、綺麗なもの、美味しいものも沢山あるよ」
「すごい国なんだね」
感心するカリョの言葉にマーツェが被せてきた。
「動画を見ていると本当に神様の国みたいだよね。天にも届くような塔が沢山あって、小さいものから大きいものまで沢山のゴーレムトラックがすごいスピードで綺麗な道を走ってる。人々はみんな綺麗な服を着てるし、夜は綺麗な光がそこらじゅうで輝いて街を明るくしてる」
マーツェは嬉しそうにそう言いながら目を輝かせている。確かにこの世界の人からしてみれば神の国のように思うかもしれない。
「まだまだ凄いものがいっぱいあるんだよ。後でギャレットに凄いものの動画を紹介してもらうといいよ」
「「うん」」
二人はそのあと楽しそうにドライヤーをかけあってサラサラツヤツヤになった髪を触って喜んでいたが、その姿が微笑ましく俺は黙って眺めていた。
髪を乾かし終えるとマーツェがかなり眠そうなので処置室に移動し、全てのベッドを下げ、三段目のベッドにマーツェに寝てもらい、大量の衣類はマーツェの足元で山にした。マーツェが毛布をかぶるのを確認して三段目を百三十センチまで上げる。
オヤジの寝る二段目を七十センチに上げ、カリョが寝る予定の一段目は一番下のゼロセンチだ。それぞれの空間は高さに余裕が無いが本来は怪我人を寝かすベッドであって健常者が寝るためのものではないから我慢してもらうしかない。
マーツェを寝かせ照明を暗くするとカリョが通路に出た。トイレかな? 俺も通路を寝場所にするので処置室を出る。
カリョはトイレに行かずに通路でたたずんでいる。
「どうしたの?」
『―― 村が心配。盗賊が村に来るという噂もあって…… 怖い』
妹と騒いでいた時は大丈夫だったけど静かになって昼間の事を思い出したのかも。
村が心配で眠気が来ないか。
カリョは握った両手を胸に当てうなだれる。それを見て俺は強烈に守ってあげたい気持ちになった。
俺は少し屈んで下からカリョの顔を仰ぎ見る。
「大丈夫、俺が守るよ。盗賊が来ても追い払うから。俺は強いと言っただろ?」
『うん。ありがとうカイヤ』
俺一人で守りきれるとは思ってはいないかもしれないが、それでも少しだけ笑顔を見せてくれた。
『もう寝るね。おやすみ』
「ああ、おやすみ」
いくらかでも不安が消えてくれたのならいいんだけど。
カリョが処置室に入ると次は俺の
空気が抜け小さく畳まれていたエアマットレスは一体になっている小型ポンプのスイッチを押すだけで自動に空気が入って五秒で膨らむ。その上に寝袋を重ね、通路突き当りの荷室のドア前に敷いた。
明日は馬車を捕まえてから姉妹の村に行く。異世界の村はどんなところだろう? 期待と不安が半々かな。
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