第9話 転移物資

 俺はコックピットを出て処置室に入るとオヤジの様子を見た。寝ているし呼吸も穏やかだ。点滴が終わっているので針を外す。点滴には眠くなる成分も入っているのでしばらく起きないだろう。

 俺はベッドの一段目に潜り込み仰向けになる。


 おっと、大事なことを思い出した。


「ギャレット、姉妹からなるべく多くの単語を引き出すような会話をして。それとシャワートイレの使い方の動画も見せてあげて」

「リョ」


 AIを女性にしておいてよかった。


 いやしかし、まさか神がいてよその星に飛ばされるとは……


 左手を目の前に上げて見る。手のひらのシワ、手の甲に浮き出る血管、短く切ってある爪、夢じゃなくリアルに俺の手だ。こんなことが現実に起きるなんて……


 今日は色々あったしちょっと心を休ませたい。


 目を瞑り、何も考えず…… 無になって…… 無になって…… …… ……



 ……ダメだ。何も考えずにいようと思うが、チラッ、チラッとカリョの顔が思い浮かんでくる。

 カリョがものすごく可愛い。いや綺麗だ。美女と美少女の中間、俺のどストライクだ。


 カリョが微笑むと思わず見とれてしまう。すぐにじんわりと顔が熱くなるような、軽くしびれるような感覚。初恋のときもそんな感じだったかも。


 それとマーツェもすごく可愛い。俺の中で妹にしたいランキングを作ったら間違いなく一位だ。成長も楽しみだが”美少女”というなら今が完成形。それは俺が保証する。


 でも二人がいくら可愛いからと言ってやましい考えをおこす訳にはいかない。いまは救助中。無事に村に送り届けないと。脱走兵だけど日本男児なのは変わらないから。



 どれだけの時間をベッドでボーっとしていただろうか、ふと我に返ると時間が気になった。


「タイム」

「午前零時二十二分です」


 俺がトラックに乗って森の中を走っていたのは夕方五時ころ。気がついたら太陽が高い位置にある草原にいた。それから約七時間経過している。この国では午後七時か八時頃か? そろそろ姉妹にシャワーの使い方をおしえるか。


 ベッドから起きだし処置室を出てコックピットのドアを開けて顔だけ入れる。中を覗くと姉妹はギャレットと話をしていた。


 シャワーの使い方を教えるから来てと言おうと思っていたが着替えの事を思い出した。男物のシャツとパンツは積んであるが女物はない。どうする?


 そうだ、基地から転移すればいいんじゃないか? 基地なら女性兵用の物があるはず。そう思いつくと俺はコックピットに入りマーツェの隣に座った。


「話の途中にごめんね」


 姉妹に割り込みを詫びる。


「ギャレット、エルガッタ基地の倉庫にある物資って何があるかわかる?」

「はい、すべての物資についてリストを出せます」

「転移は大丈夫?」

「転移機能が追加されています」

「女性の下着やパジャマはあるかな?」

「あります。表示しますか」

「うん、出して」


 そう答えるとモニターに沢山のブラジャーやパンティーが女性モデルが着た状態で大量に表示された。

 シンプルなベージュの下着から花柄レースの青や赤の派手な下着まで。


「キャー!」


 カリョが顔を手で覆い悲鳴を上げた。マーツェは身を乗り出し興味深々でモニターを見入る。

 まずかったか?


「ギャレット、いったん消して」

「リョ」

『なんでそんな恥ずかしいものを出すのよ!?』


 カリョが顔を覆った手の指の隙間から俺を見る。


「ごめんごめん、俺の国だと問題なかったから。ホントごめん」


『いまのが下着? ほとんど裸じゃない!』

「俺の国の女性の下着はあんな感じなの……」

『そう……』


 カリョは恥ずかしそうに困った顔をして手を降ろした。


 この世界はズロースとかかぼちゃパンツとかそんな下着なのかな?


「ギャレット、俺は処置室に行くから二人と下着やパジャマを予備も含めて選んで」

「リョ」


 一応予備として多めに用意した方がいいだろう。


 ん? いやいやまてまて、一日一回百キログラムまでだ。下着にパジャマじゃ全然百キロに届かない。折角物資の転移ができるんだから百キロギリギリまで転移したい。


 どうする……? ん、そうだ!


「ギャレット、いまのはキャンセル。食塩のリストをだして」

「リョ」


 モニターには大小さまざま食塩が表示された。一番大きいものは二十五キロ入りの袋、袋込みで二十五.三キロ。一番小さいものは卓上用の百二十六グラムの小瓶だ。


 これは一番大きい袋だな。


「次はシャンプーとコンディショナーのセットのリストを出して」

「リョ」


 食塩が消え、モニターにはシャンプーとコンディショナーのセットが八種類表示された。


 リストに説明書きも出ているがいちいち読んでいる時間は無い。ざっと見たところエルキューズHSとかいう黒いポンプに金文字のセットが高級そうに見える。


 姉妹は可愛いが髪の毛にツヤがなくややゴワゴワしている。髪が綺麗になるとさらに美人度が上がるはずなのでこれも転移だ。


「ギャレット、食塩二十五キロ入りの大袋を三つ、エルキューズHSのセット一つ、あとは百キロを超えないよう姉妹に衣類を選んでもらって。下着やパジャマのほか部屋着なんかもあればいいかも」

「リョ」


 食塩は姉妹の村へのおみやげだ。塩が大量生産できる技術がある世界とは思えないので貴重品のはず。笑顔で迎え入れてもらうためにもあったほうがいいだろう。


「じゃぁ、カリョとマーツェはギャレットと一緒に着るものを選んで。サイズに気を付けてね。俺は隣の部屋にいるよ」

『どういうこと? 選ぶって?』


 カリョが不思議そうに聞いてきた。


「寝る前に体を洗うよね? そのあとに着る新しい衣類をあげるよ。転移って言う魔法の一種で選んだ物が俺の国から一瞬で届く…… らしい」


 まだ試したことないから自信はない。


『ホントに? 貰っていいの?』

『さっきの綺麗な下着? ホントに? やった~!』


 二人は興奮して花が咲いたかのような満面の笑みを見せた。


「ギャレット、選び終えたら転移して俺に報告して」

「リョ」


***


「レポートワン、転移物資の選定及び転移を終了しました」

「りょ」


 俺は処置室の一段目のベッドに座り、TC(タブレットコンピュータ)でコメディ動画を見ながら姉妹が衣類を選ぶのを待っていたのだがやっと終わった。


 選ぶのに一時間…… ここの世界も女性は買い物に時間をかけるようだ。


 処置室のドアを開けると通路にはすでにカリョとマーツェがいた。表情からワクワクしているのがよくわかる。


『何処にあるの?』


 先頭のマーツェが目を輝かせて迫る。


「ちょ、ちょっと待って」


 そう言いながら俺は通路に出て荷室のドアを開けると同時に荷室の照明がともった。


 荷室のドアの向こう、左の壁から五十センチほど空けて重神兵までの道を作るよう荷物を降ろしていたが驚いたことにその細い道を塞ぐように大量の衣類が積んであった。


「すげー! ホントにあるよ!」

『あー! 見ちゃだめ!』


 俺は後ろからカリョに引っ張られ、入れ替わるようにカリョとマーツェが荷室に入っていった。


 未使用下着でも見られたらいやなのか? そこは日本人女性に近いところがあるかも。下着らしきものも塩も見えなかったが中に埋まっているんだろう。


 それにしても大量の衣類だった。塩が袋込みで約七十六キロ…… シャンプーのセットが一.二キロ、百キロギリギリだと二十三キロ近くもの衣類が選べたワケだ。そりゃ大量だよな。


『これすごく綺麗!』

『見て! これも綺麗! 王族が着ていてもおかしくないよ!』

『この生地すごくなめらかだよ!』

『この箱は? ……靴が入ってた!』


 後ろから見ていても分かる大喜びの姉妹。


「靴まで選んだのか……」

『あ…… ギャレットがまだ選べる、大丈夫だって……』


 俺のつぶやきにばつの悪そうな顔で振り返るカリョ。


「あ、いや、大丈夫、問題ないよ。俺も綺麗な服や靴を見て驚いただけだよ」


 俺がそう言うと安心したらしくカリョは笑顔に戻り再び衣類を広げだした。

 俺が金出しているワケじゃないから好きなだけ選んでもらっていいし、喜んでもらえて何よりです。

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