第8話 AIは精霊ってことにして

 通常荷室には十二人の分隊十日分の食料や水、衣類に医薬品などが基本物資として載せてあり、作戦ごとに武器弾薬や壊れた重神兵の交換パーツなど、必要に応じた物資を載せる。


 荷室の前方にあった物資の一部は完成体重神兵を乗せるために降ろし、その重神兵までの道を作るためにも物資を降ろしているが、逃走中はどこかに長期間隠れるかもしれないと思ったので食料などの基本物資は降ろしていない。


 俺は荷室に入ると弁当箱型戦闘糧食りょうしょくを食料品のコンテナボックスから三つ取り出した。食料品のコンテナボックスは十二人の弁当箱型とゼリーパック型に水のボトルが入っている。


 弁当箱型は宿営地で食べるしゼリーパック型は前線で交戦状態にないときに食べる。

 弁当箱型三つを持って処置室に入り、電子レンジに三つ重ねて入れてスイッチオン。レンジが自動で時間を設定してくれるが三箱なら九十秒だと知っている。もう何度も繰り返した作業だ。


 レンジでの温めが終わるとそれを持ってコックピットに行く。

 コックピットのドアを開くと目を輝かせて動画を見ていた姉妹だが、俺が手に持つものに手前に座るマーツェが気がついた。


『それなに?』

「食事」

『私達のも?』

「あるよ」

『やった!』


 それを聞いたカリョも笑顔を見せた。お菓子が美味しかったから食事も期待してるのかな?

 姉妹に奥に詰めてもらい中に入って姉妹に弁当箱を一つずつ渡す。


「熱いから気を付けて、俺のやり方を見てて」


 俺は自分の分の弁当箱をテーブルに置いて横についているフォークとスプーンを外し、弁当箱表面に貼られた銀色のフイルムを剥がして見せると姉妹も同じようにテーブルに置いてフイルムを剥がす。


『美味しそうな匂いがする!』


 マーツェが興奮気味に弁当箱に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。

 フイルムを剥がした箱から匂いが立ちのぼりコックピットに充満した。


 箱の中は四つに仕切られていて炊き込みご飯に生姜焼き、煮物と栄養クッキーが入っていた。栄養クッキーはビタミンや食物繊維など不足しがちになる栄養素が入っている。


「どうぞ食べて」

『『ありがとう』』

『マーツェ、お祈りしてからね』


 カリョが逸る気持ちのマーツェを抑える。

 姉妹は胸の前で左のこぶしを右手で覆うよう握り、目を瞑って聞こえないような小さな声でつぶやいた。


 俺も小さく、「いただきます」

 俺たちは膝の上に弁当箱を置いて食べた。姉妹は何度も美味しい美味しいと言って食べていた。兵士用だからかなりカロリー高めだけど、一・二食食べたくらいで急に太ったりしないでしょ。



 食べ終わると俺は三人の戦闘糧食の箱とスプーンフォークを持って荷室にあるダストボックスに捨てに行く。


 ダストボックスにゴミを突っ込んでいるときに気が付いたが、基地からの物資の転移と同時にトイレタンクや汚水タンクの中身を地球に転移するようにと神に頼んでおいたが一緒にダストボックスの中身も転移を頼んでおけばよかった。あの時咄嗟に思いついたのがトイレタンクと汚水タンクだけだったのだ。今更しかたない。


 残念だが気を取り直して、次は何をするべきか?


 折角AIがいるんだから紹介して話し相手にさせたほうが言語解析が早まるんじゃないだろうか?


 コックピットに戻ると姉妹はまた動画を見ていたので俺も座席に座り再生中の動画が終わるのを待って聞いてみた。


「精霊って知ってる?」

『知ってる』


 隣のマーツェが俺を見て答えた。今度は何の話が始まるのか期待がこもった目をしている。


「この車にもいるんだけど、紹介するね」

『え? 嘘でしょ? 本当に精霊がいるの?』

「いるよ」

『それはお話の中だけであって本当はいないでしょ?』


 そう言いながらマーツェは少々がっかりした表情を見せた。おとぎ話はいらないような話しぶりだ。しかしそう言われると本当の精霊では無いけどほかに説明のしようがないし。


「ギャレット、出てきて二人の話の相手をしてあげて」

「リョ」


 ドームモニターの右側、動画の右横にギャレットが現れた。長い黒髪の若い女性。黒のノースリーブワンピースに黒いレースの布で目を隠している。色白で真っ赤な唇が印象的な―― 設定にしてある。


 これは俺の恥ずかしい話なんだけど、休みのとき宿舎の広い食堂の片隅で一人で酒を飲むときにAIに話し相手をしてもらうことがある。そのときに出てきてもらう姿なんだが、目隠ししているのは目が見えているといずれ本当の女性と錯覚してしまってAIに恋してしまうんじゃないかと危惧しての対策結果なのだ。


 いやそれだけじゃない。そうすることによってどこかミステリアスな感じがするのではと思って―― まったくもって恥ずかしい。


「こんにちは、はじめまして、ギャレットと申します」

『ギャレット!? カイヤが小さな声で呼んでた人はアナタなの?』


 ハッとした表情でカリョが反応する。カリョは俺が見えない誰かと話しているのが気になっていたみたいだ。


「そうです。私はカイヤの専用AIです」

「ギャレット、AIと言っても伝わらないからそこは精霊に置き換えて」

「リョ」

『もう一人誰かいると思っていたけど姿が見えないから不安だったんだ』


 ホッとした表情のカリョは謎が解けて安心したようだ。


『本当に精霊はいたんだ』


 胸の前で両手を握るマーツェの目の輝きが凄い。が、すぐに疑問の表情になり、


『でも、なぜ目隠ししてるの?』


 当然の疑問でございますね――


「ギャレット、俺から説明する」


 俺はギャレットの回答を遮ると横の姉妹に向き直った。


「目隠ししているのは目を隠すことによって今まで見えなかったものまで見えるようになるからなんだ」

『どういうこと?』

「目隠しをするとギャレットには外の景色も隣の部屋のお父さんもそしてこの部屋の三人もみんな同時に見ることができる。でも目で見ようとすると目の前のものしか見えないんだよ」

『本当に? 精霊様凄い!』


 マーツェは満面の笑顔になったが適当な嘘でごめんね。


「この車の中のことなどわからないことはギャレットに聞けば教えてくれるよ。でもここの国の事は何も知らないから文化や言葉を教えてあげて」

『動画のことも教えてくれる?』

「もちろん。ギャレット、若い女性が歌う動画を出して」

「リョ」


 ギャレットの左に動画のサムネイルが横に四つ縦に三段で並び、左上の一つが自動で選択されると中央に拡大しながら移動して再生された。


『『わー! 綺麗!』』


 日本の若いアイドルグループの動画だ。白にピンク、赤のフリフリドレスに光の舞台。そしてノリノリの音楽。


 カリョもマーツェも身を乗り出し目を輝かせてモニターに見入る。しかし二人には刺激が強すぎないか? ”私もそこに行きたい”とか言われたら困るよ。


 とりあえず姉妹はギャレットにまかせてちょっと横になりたい。疲れた。


「俺は隣の部屋で横になっているから、ギャレットと楽しくしててね」


『『……』』


 食い入るように動画を見る姉妹に俺の声は届かなかった。

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