第5話 娘たちはかなり可愛い

 小さい娘はともかく大きい娘の手にはまだ血の汚れが残っている。ふたりとも手を洗わせてやろう。


 娘たちに手で押すジェスチャーを見せると素直に下がり、三人で処置室を出た。


 シャワールームは処置室を出て左、コックピットの後ろにある。通路の突き当りが搭乗口でその左だ。シャワールームの中を通って行く先にはトイレがある。


 補給トラックが前線では分隊の宿営地の中心になるのでシャワーもトイレもあるのだ。

 戦場でもシャワーはする。部隊によるがだいたい三日に一回のローテーションだ。トイレは小便なら外でするが大便を外でするのは危険だし不衛生だし、何よりも見られたくない。


 トイレは中からシャワールームを通って入るほか、車体右側面の一番後ろに外からも入れるドアがあり、そこにもリフトが付いている。車体右側は怪我人用とトイレ用の二つのリフトがある。


 シャワールームに娘たちを連れて行くとまた”なんだここは?”という顔をして中を見回している。シャワーヘッドを見てもわからないか。


 二人は洗顔ボウルの上の鏡に映る自分を覗き込むようにして凝視したり、シャワーヘッドからでるお湯に驚いたり、大きい娘は液体石鹸を手に付けてやるとヌルヌルが気持ち悪いのか口をへの字に曲げたりした。


 二人の手を洗い終え、隣のトイレでは便器を見せても困惑した顔をするので半ケツ出して便座に座って見せると大きい娘が悲鳴を上げたりでなかなか大変だった。


 あと、尻を洗うシャワー機能だけは説明できなかった。奥の手を使って話ができるようになったらギャレットに使い方の動画を探してもらおう。



 手を洗い身振り手振りでのシャワールームとトイレの簡単な説明を終え、娘たちを連れて処置室に戻ると輸血は残りわずか。娘たちは心配そうに男の顔を覗き込む。

 輸血の次は傷の縫合。そして点滴をする必要がある。


 と、


「レポートワン、馬に乗った四人は追跡範囲外に出ました」

「りょ」


 ギャレットが脅威が去ったことを伝えてくれた。


 ベッドの枕側、荷室とを隔てる壁に取り付けられているモニターにドローンワンが収集した地形図が表示されている。地形図の中央にこのトラックのアイコンがあり、左上に赤いひし形が点滅していてそっちに賊が逃げて行ったことを示している。


 画面の下、中央よりやや左にNのマークが表示されている。そっちが北か。この星にも地磁気があるようだ。画面左には青いマークがありその下にMARK1と書かれている。逃げた馬車だ。


 GNSS信号がない状態ではドローンはトラックが見えるところまでしか離れることができない。トラックとはレーザーで位置関係を把握する。それ以上は上空から望遠カメラで対象を追い、障害物などで見えなくなったらAIの判断でトラックに戻る。


 AIのほか各コンピュータが仕事をしてくれるから補給トラックは一人でも運用できる。


 輸血が終わると輸血針を外し、収納棚から縫合針や糸の入った縫合セットと点滴セットを出して一段目のベッドの上に置いた。

 縫合には時間がかかるのでその前に娘たちに水と甘いものをあげたい。


 収納棚左下の大きな引き出しには少しだが飲料水のボトルとチョコレートやクッキーの小箱などが入っている。そこから六百ミリリットル入り水のプラボトル二本とチョコレートとクッキーの小箱を一つずつ取り出し、プラボトルを娘たちに渡す。透明なボトルなので水だとわかるだろ。


「ギュギーヤ、ヤート!」


 ボトルを見て小さい娘が興奮気味に何か言ってる。大きい娘も口を半開きにしてボトルに見入ってる。


 小さい娘はボトルを横にして底とキャップを左右の手で持ち、手を交互に上げ下げしてボトル内で揺れる水を見だした。大きい娘は自分の頭の上にボトルを上げて水で天井の明かりを透かして見ている。透明なボトルも珍しいのか。


 俺は小さい娘の手からボトルを取りキャップを外して返す。キョトンとしているので俺は水を飲むジェスチャーをして見せると大きい娘が小さい娘からボトルを取り上げ、恐る恐るひと口ふた口、水を飲んだ。


 ただの水だと理解したようで小さい娘にキャップの取れたボトルを渡して何か言うと小さい娘は音を立てて飲みだした。


 大きい娘はもうひとつのボトルのキャップを俺がやってみせたようにして開けて飲みだした。二人とも喉が乾いていたようだ。


 娘たちが水を飲むのを確認したところで俺はチョコレートの箱を開けた。白い糖衣の一口サイズのミルクチョコレートが二十枚入っている。


 二人が見ているので一つ手に取って食べて見せ、「美味しいから食べてみな」と言いながらチョコレートの箱を二人に差し出す。通じなくとも声に出したほうがいいような気がした。二人は理解したらしく俺の手の中の箱から一つずつチョコレートを取って食べた。


「ルクル! ジンメータ! ルクル!」


 二人は驚きの笑顔を見せて大興奮だ。これも意味はわからないがたぶん美味しいって言ってるんだろうな。


 俺はチョコレートとクッキーの箱を小さい娘に持たせ、二人が興奮しながら食べているあいだに傷の縫合を始めた。



 縫合は二十針、そのあと点滴をセットし終えるまで一時間半ほどかかった。


 俺は処置を終えると男を照らすパネルライトを消し、壁のボタンを操作して男の寝る二段目を百二十センチまで上げた。次に一段目を三十センチにセットする。


 娘たちはお菓子を食べ終えてから俺の邪魔にならないよう男の足元に立ち、俺の作業を黙って見ていたので立ち疲れたと思う。


 ベッド左半分、枕側には柵があるが、右半分の足元側には柵が無いので娘たちを一段目の柵のないところに座らせる。


 さて縫合と点滴はしたし次はどうするか。俺は何気なくベッドに座る娘たちを見た。


 気がついてはいたが娘たちはかなり可愛い。小さい方は十歳前後か? 大きい方は十八前後? 娘とか言っちゃってるけど二十二の俺とは大きくは違わないだろう。


 二人ともロングの栗毛、卵型の輪郭に細めの顎、茶色い瞳、長いまつ毛。そして二人とも粗い麻のような生地でできたベージュの長袖ブラウス、黒っぽい長ズボン、コッペパンのような茶色い靴。


 大きい方は青い石の首飾り、小さい方は赤い石の首飾りをしているが、正直いい石には見えない。輝きの無い石だ。でもそれも込みで素朴で可愛い。


 目を合わせないように見ていたつもりだったが大きい娘と目が合ってしまった。すぐ目をそらしたら何かやましいことを考えている奴のように思われそうな気がした…… いや違う。可愛くて目が離れなかったのだ。


「グーリクート」


 大きい娘は微笑みながらそう言った。


 いや、意味がわからないから。たぶんお礼の言葉だろう。それ意外に考えられないので俺は軽くうなずき、それに合わせて目をそらすことができた。


「グーリクート」


 続いて小さい娘からも聞こえてきた。


 可愛いなって思って見ていた娘たちに急にお礼を言われると強烈に照れくさい。顔が赤くなってなければいいが。


 あ、そうだ、話ができるようにしなくちゃ。

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