第4話 救助

「ギャレット、馬に乗った四人をドローンツーで追尾監視。戻ってきそうならアラートを出せ。ドローンワンで馬車をマーク。それとトラックを進めて搭乗口を俺の横三メートルで停止。重神兵を収容」

「リョ」


 ギャレットに指示を出し終えると重神兵の俺は重神兵を降りるためにひざまずいた。


「重神兵停止」


 そうつぶやいたその瞬間、俺の脳と重神兵の接続が切れて感覚が自分の身体に戻る。視界が急に真っ暗闇になるが生身の俺が目をつぶっているからだ。


 同時に全身を圧迫された感覚に戻るが体を包んでいるクッションはすぐに空気が抜けて圧が消えていく。背中の方でガスが抜ける音がすると同時に重神兵の背中のハッチが開いた。


 俺は上半身を重神兵の背中から出し、ヘッドセットにつながるケーブルを外しながら後ろにいる倒れた男と娘たちを確認する。


 娘たちは男の傷を押さえながら目を見開き、驚いた顔をしてこっちを見ていた。重神兵を見たことがないから驚くのは仕方ないだろう。


 俺は下半身を重神兵から抜き出すと降りて娘たちに近づいた。


 二人のうち大きい方と目が合うと驚きから悲痛な表情に変わり、目をそらさず俺へ助けを求めているのがわかる。小さい方も涙を流してしゃくりあげながら俺を見ている。


「大丈夫?」


 俺はできるだけ優しそうな顔をして通じないのを承知で娘たちに声をかけ、倒れた男を挟み大きい娘の反対側でしゃがんだ。


「ウトロゲーゼ、ナーグナーグ」


 大きい娘は泣きそうな顔で何か言ってるが意味がわからない。状況からして”助けて”と言っているんだろうとは思う。


 男は―― うめき声が聞こえる。死んではいないようだ。傷を押さえる大きい娘の指のあいだからは血が流れ続けている。


 トラックが俺の横を通り過ぎ、指示通り俺から三メートル離れたところにトラック後面の搭乗口が来た。重神兵はギャレットの操作でゆっくりと立ち上がりトラックに戻って行く。


 AIも重神兵を操作できるが人が一体化するより動作が遅く、そして人を攻撃することが許されていないので簡単な作業だけ操作してもらっている。


 俺は立ち上がるとトラックに駆け寄りリフトの踏み板に足をかけた。

 手すりのスイッチを押すとリフトは搭乗口の高さまで上がる。中に入り通路を通ってコックピットの先にある処置室に向かう。


 処置室のドアを開けて入ると右はコックピットとを隔てる壁、正面に怪我人の治療をしたり睡眠がとれる三段ベッドがある。入口の左、通路とを隔てる壁は壁一面の収納棚があり、電子レンジとシンク、小さな冷蔵庫もついている。二メートル四方の空間にそれだけ入っているのでかなり狭い。


 俺は収納棚上段の引き戸を開け、中から白い応急治療ボックスを取り出すと急いで車外に出た。


 倒れている男の横、大きい娘の反対側にしゃがみ、精一杯穏やかな表情を作って娘に声をかける。


「俺に任せてくれるか?」


 言葉は娘たちに理解されていないだろうが大きい娘は悲痛な表情がだいぶ和らいで俺を見ている。俺を助けだと認識しているようだ。小さい娘も泣き止んで何をするのかと俺を見ている。


 俺は応急治療ボックスを開けると男の背中を押さえている大きい娘の手をどかす。男のシャツをハサミで切って傷口を露わにし、洗浄スプレーで洗ってから白い大判の止血パッドを貼った。


 大きい娘を見ると娘の手は血まみれだ。俺は男の上をまたいで大きい娘の横にしゃがむと両手を出させて洗浄スプレーで洗ってやった。


「ギャレット、トレイを出してロック解除」

「リョ」


 補給トラックの右側面、縦に並んだ二つの後輪は装甲板で隠れているがその装甲板の上にもリフトがある。搭乗口のリフトとは違い、人を寝かせた状態で運ぶための大きなトレイがついている。普段は車体に沿ってコバンザメが貼りついているかのように畳まれているが、いまは人を乗せるよう地面に平行にトレイが開いている。


 俺はトレイに駆け寄りそれを持ち上げた。リフトアームとのロックは解除されている。軽量だがとても硬く大きなそのトレイを持って男の元に戻る。トレイを男の横に置き、大きい娘に男をトレイに乗せるジェスチャーをすると娘は理解したようだ。二人で男をトレイに乗せると、トレイの両端にあるグリップを大きい娘と俺で持ちリフトの前に移動してリフトアームに乗せた。


「ギャレット、トレイをロックしたら上げて」

「リョ」


 カッチっとロックする音が聞こえるとトレイがゆっくり上がっていき、地上三メートルほどのところで止まった。止まったところには人が横になったまま通れるだけの幅二メートル、高さ五十センチの引き込み式のドアがあり、いまはギャレットの制御で開いている。そこからトレイに乗った人を横にスライドする形で車内に入れるのだ。


 俺は応急治療ボックスを回収すると搭乗口のリフトで昇り、振り返って娘たちを見た。

 娘たちはトラックの右後方に立ち、俺とトレイの方を交互に見ている。その娘たちを手招きして車内に誘う。もちろんリフトの使い方を教えなければ入れないので応急治療ボックスを置いてからリフトで降りる。


 手招きすると娘たちは少し不安な顔をして俺の前にやってきた。

 手すりのボタンを押せば昇るしもう一度押せば降りる。リフトが上にあるときはリフトの二本のレールのあいだにあるボタンを押すと降りてくる。


 俺は一通りやって見せると先に車内に入って上から手招きして待った。大きい娘は数歩下がって不安な表情でトラックを見回す。


 躊躇しているようだがそれでも男が心配なのだろう、意を決してリフトで乗り込んできた。先に大きい娘、次に小さい娘。

 そこまで確認すると俺は処置室に入り外のトレイと車内のベッドの高さを合わせて男を引き入れた。


 処置室のベッドは三段になっていてそれぞれ高さが変えられ、腰の高さほどのところにある外のトレイに二段目のベッドを合わせて男を車内に移動した。じゃまなので三段目は一番上、一段目は一番下の設定してある。


 ベッドの幅は八十センチ。柵もあるので寝られる場所はもっと狭い。だがこのベッドに寝るのは怪我人か死人に限られているので狭さにクレームを言っているヤツは見たことがない。


 三段目ベッドの裏にあるパネルライトのスイッチをオンにして二段目にうつ伏せで横たわる男を照した。


 振り返って娘たちを見ると二人は処置室の入り口に立ち、不思議なものを見るように処置室の天井を見上げていた。処置室の天井はベッドの上以外が面照明になっている。照明が珍しいらしい。


 俺が”どうした?”という顔をして見ているのに気づいたようで俺のそばに来たが、ベッドの横はベッドと同じ大きさの空間しかない。三人も入ると流石に狭く感じる。大きい娘が俺の後ろを通って俺の左、男の頭の方に移動した。


 俺の両脇にいる娘たちが男を心配そうに見る。この二人の父親なのだろうか?


 俺はうつ伏せのままの男の顔を見る。息が荒いが目を瞑ったままだ。背中の傷は意外に浅かったようだ。骨は折れてなさそうだ。蹴られて倒れかけているところを後ろから斬られたので剣から遠ざかっていく形になり、骨までは切られないで済んだと思われる。


 娘たちが邪魔なので男の足元に移動してもらい俺は後ろの収納棚上段の引き戸を開けた。中から黄色い箱の輸血セットと酸素マスクを取り出し男の口に酸素マスクを当てる。


 輸血パックを三段目ベッド裏にあるフックに引っ掛けて輸血の準備をし、針を男の左肘の静脈に刺して人工血液を流す。うつ伏せ状態の人の肘静脈に針を刺すのは練習をしていないと無理な技だが前線に出る兵は皆訓練を受けている。


 輸血作業を終えて娘たちを見ると二人には安堵の表情が見て取れた。失った血液を補っているってことを理解したのだろう。

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