第3話 重神兵起動
指示通りAIがトラックを急発進させると加速で背中がシートに押し付けられる。俺は加速が落ち着くのを待ってから立ち上がりコックピットを出た。
揺れる車内、通路の突き当りにある荷室のドアを開け、トラックの先頭、荷室の一番前にある重神兵に向かう。
重神兵、世界の軍隊の主力兵器で体高四メートル五十程の人型兵器だ。一機に一人の兵が乗り込んで一体化する。射程距離が五百キロを超えるレールガンが発達したおかげでミサイルや航空機が無力化し、戦争の主役に躍り出た兵器だ。
開発時のコードネームが重新兵(じゅうしんぺい/HEAVY RECRUIT)だったが、日本では存在が一般に公表されるとミリオタが重神兵と言うようになり、それが世間にも広がって初めから重神兵だったかのように普通に言われるようになった。
日本軍では重神兵と呼んでいるが連合軍の多くはHEAVY RECRUITを略して
補給トラックは荷室が車両の先頭から後方へ七割近くを占め、重神兵も通常ならパーツの状態で運ぶのだが、いざという時のために俺は荷室前方の荷物を下ろして完成体の重神兵を乗せていた。逃走途中、道を塞ぐ倒木などの障害物があったら重神兵でどかすために用意しておいたのだ。
それとコックピットから荷室の中を通って重神兵に行くために荷室のドアから重神兵までの物資も下ろして道を作ってある。俺はその物資を下ろして作った細い道を通って重神兵までたどり着いた。
トラックは最高速度の指令を出したし草原地帯から土の道に入ればスピードが出るはず。それでも地面の状態からして時速八十キロくらいしか出せないか。
四キロメートルを時速八十キロ…… 三・四分か…… 間に合わないか? ひどいことになってなければいいが……
焦りと不安がこみ上げてきた。
重神兵は床に尻をつき、両膝を立てて座っている。両腕はトラックの前輪左右のタイヤを覆うフェンダーの上に乗せている。
CNT(カーボンナノチューブ)製の機体はベージュ・グレー・ダークグレー三色の市街地迷彩色が基本カラーで、鋼の二十倍の強度でありながらアルミの半分の軽さのCNTによって人間の動きとそん色ないほど軽快な動きができる。
重神兵の上半身、首の下から腹の辺りまでがコックピットになっていて、搭乗口である背中のハッチは上に向かって開いている。中は真っ黒で柔らかい素材で作られたクッションになっていて、ハッチのヒンジ部分にある手すりにつかまり足から入る。
両足と腰まで中に入ったら頭上にあるコネクターを引っ張る。ケーブルが伸びるのでヘッドセットの後ろにあるコネクタに手探りで持っていくと磁力でくっついて接続する。そして奥にあるハンドルを両手で掴み、体を引き寄せるようにして上半身を入れると準備完了。結果として胎児ほどではないが丸まって中に入る形になる。
「重神兵起動」
小声で発したがヘッドセットは確実に俺の声を拾ってくれる。
背中のハッチが閉じると左右の手足のあいだを通るように前から縦長の薄いクッションが出てきて胸の前で膨らむ。体全体でそのクッションを包み込むようにすると体の外からも包むように周囲のクッションが膨らんでくる。頭も体も手も足も皆膨らんだクッションで固定されてしまう。それは強すぎずクッション内のセンサーにより人それぞれの体型に合わせて膨らむので苦痛はなく、重神兵の中で体を丸めた状態で固定されることになる。
クッションが膨らみ終えると小さく耳鳴りが聞こえてくる。ヘッドセットが俺の脳とリンクを始めたのだ。そして徐々に耳鳴りが大きくなり、頭の中で鳴り響くくらい大きくなると急に耳鳴りが消え、その瞬間俺の脳は重神兵と繋がる。手を動かせば俺の手が動くのではなく重神兵の手が動く。足もそうだ。歩こうと思えば俺の足が動くのではなく重神兵の足が動くのだ。
目を閉じていても俺の頭の中には重神兵のカメラがとらえた映像が送られてきて自分の目で見ているように感じる。
重神兵の頭部に付けられたメインカメラは人間の目と同じ位置についていて、立ち上がってみればまるで巨人になったかのような感覚になるのだが、いまはまだ閉じているトラック前面の荷室ハッチを映している。
体のほとんどが重神兵に切り替わったがただ一つ、口だけ生身の方が動く。それは味方との通話を重神兵が外に向かってしゃべるわけにはいかないからだ。
「レポートワンの映像表示」
視界の中央上部にウインドウが現れドローンワンが捉えている馬車と賊が映りだされた。ウインドウの左下にはそこまでの距離が映っている。残り千メートル。すでに馬車は賊に追いつかれ馬車の三人は下ろされていた。
四人の賊のうち二人が馬から降りている。よく見れば誰も彼も地球人と変わらない姿をしている。
馬車の男が娘たちの前でかばうように立ち、馬を降りた賊に向かって何か言っている。
映像を見ていて更に気がついたが、馬だと思っていた生き物は馬ではなかった。馬の顔じゃない。馬ほど顔が長くない。短い二本の角がある。そして耳が長くて大きくアルパカのような顔。
やっぱり地球じゃないのか。
初めて見る生き物が気になるものの争いに目を移した瞬間一人の賊が馬車の男を蹴り、蹴った勢いで体が半回転した男の背中を剣で切りつけた。
ほとばしる鮮血。
間に合わなかったか! 娘たちもか!?
と、そのとき馬上の賊が近づく音に気づいたようでこっちを向いた。
俺はドローンワンのカメラから見ているので正確には賊はドローンワンの下、近づいてくる俺の乗るトラックを目を凝らすようにして見ている。そして顔を見合わせて何か話をしている。
賊より馬のような動物の方が近づく音を気にしているようだ。馬が小刻みに跳ねるような動きをし、馬上の賊は手綱を引いて落ち着かせようとしている。
よし、娘たちは大丈夫だ。
トラックはレポートワンまで百メートルを切ると急ブレーキがかかった。
「レポートワン映像オフ」
中央上部のウインドウが消え視界は重神兵のメインカメラが映す荷室のハッチだけになり、ハッチはトラックが完全に停止する前から開き始めていた。
ハッチはヒンジが上にあり、下から上に向かって開いていく。俺の見ている映像もハッチが開いて外の光が荷室に入り込んでくるのが映っている。
開いたハッチのその先、四人の賊と二人の娘がこちらを見ていた。娘たちは切られた男を覆うようにしゃがみ、大きい方の娘の眉間に刻んだ縦皺と涙に濡れるその目からは悲痛が伝わってきた。
俺は重神兵になった体の足を荷室から出し、地に足をつけ、賊に向かって重神兵を見せつけるように立ち上がった。
その様子を見ていた賊は娘たちを置いたまま下がりだす。馬を降りていた二人は大慌てで馬に乗った。まぁ重神兵を見たらそうなるだろう。
俺は振り返り荷室の中を見渡す。見える範囲ですぐに使えそうなのは出発前に俺が降ろすかどうかで悩んで結局床に転がしておいた六連装グレネードランチャーしかない。それを取り出すと賊に向かって走り出した。娘たちは倒れている男の体を自分の体で覆いながら頭を抱えている。
賊は驚いて馬を走らせ下がっていくが、俺/重神兵が娘たちを越えたところで立ち止まるとそれを見ていた賊も下がるのをやめた。三十メートルほどの距離を取って様子をうかがうようにこちらを見ている。
逃げる気は無いのか? 重神兵のようなものなんて見たことないだろ? 珍しくて見てるのか? それとも戦えると思っているのか? 面倒くさいなぁもう。
俺はグレネードランチャーを賊でなく右側の草原の先に見える丘に向けた。
これがなんだか見せてやるよ。
百メートル程先、丘の手前の草原を狙ってグレネードを発射するとボンッと軽い爆発音ともに薄い煙を引きながら飛び出していった。
そのグレネードが百メートル先に着弾した瞬間、大爆発が起きた。四方八方に土が飛び散り煙が広がるのが見え、一瞬遅れて轟音が届いてきた。
驚いた馬が騒ぎ出す。賊も驚いた顔をして馬をなだめながら着弾地点の煙とこちらを交互に見ている。
さっさと逃げてくれればいいのに……
早くどこかに行けよと思いながら賊にグレネードランチャーを向けてみると、これがどんなものかわかったようで驚きから恐怖へと表情を変え、慌てて逃げだした。
百メートルも離れただろうか、その賊の尻に向かって俺はグレネードを発射する。
着弾の瞬間に見える大爆発と遅れて届く轟音。
当たらないよう撃ったつもりなので当たらなかった。賊だとは思ったが事情も知らないのに人を殺すわけにはいかないだろう。
賊は自分たちのすぐ後ろで轟音が響いたのだからビビッてもうこっちに来ることはないだろうが、轟音に驚いて馬車も走り出していた。
挿絵「サイズ比較」
https://kakuyomu.jp/users/miyahahiroaki/news/16817330650518319863
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