ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版) -2022.8.3.

監督:タムラコータロー



「ジョゼの成長ぶりがあっぱれ」


原作未読。

東京ほどもキラキラしていない関西の町並みを背景に、

自立してゆく若者二人の恋物語。


なにはともあれ、あら、舞台は大阪、京阪神なのね、と分かった地点での親近感。

そんな関西人には少し距離のあった、おされなトーキョー、ラブストーリーでないだけでこうも手触りが違うものなのか。

気の強いジョゼのキャラクターもそれだけで好感度爆上がりの冒頭だった。


「耳をすませば」を彷彿とさせる物語の中で主人公たちは

ひと昔前まではド定番だった、守る男、守ってもらう女という役割にあらず。

自立を目指し、対等に励まし、励まされる力配分で描かれている。

その姿は胸をすくし、見ている側もがぜんそんな二人を応援したくなってしまった。


見どころはやはりあの短尺で、

世間知らずだったジョゼを大成長させてしまう、展開だろうか。

あの無理のなさには、エンドロールを見ながら思い出す冒頭にあっぱれ、と思ってしまった。


見終わった後、主人公らを見習いキリリと背筋を伸ばしたくなる。

そんな作品。



原作は未読である。

他の人のレビュー等をかいつまんで読む限り、ジョゼが対峙する現実はアニメ内よりもかなり厳しい様子だ。

差もありなんと思えたのは、ジョゼというキャラクターが何らかのメタファではないのか、と感じていたせいである。

足の不自由な若い女性という圧倒的な社会的弱者という設定はすなわち、生きにくさの象徴であると思え、なら世のあらゆる困難が襲い掛かって来てナンボだとも感じたからである。

さあ、この見解がどこまで作者の意図に沿うものかは分からないが、

主人公が主人公である理由はやはり大事だなと感じてならない。

いわば物語をどの視点で切るのかという選択につながり、ここを無下に扱ってはどんなにいい素材だろうともったいないことになりかねないと考えている。

カッコイイヒーロー、可憐なヒロイン、というイメージも大切だが、

なぜその人物が物語の中心に必要なのか、は物語全体が意図するところをぼやけさせない、一貫した意味、まとまりを持たせるうちにおいて、放っておけない要素だと考えるのである。

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