ベルファスト ー2022.5.18.
監督:ケネス・ブラナー
「悪しき時も肯定しきるヒューマニズム」
大人の理屈。
子供の無邪気。
愛と暴力と、絆と断絶と。
誰もがうまく、良く、生きようとするほどに
上手く行かないのはその相手が
「世の中」という
これほど大きなものはないはずもまるで見えない相手だから。
翻弄される主人公一家はどこにでもいる
きっと平凡な家族で、だからこそ時代を象徴した人々なのだろうと感じられた。
監督の半生を題材にしていると聞くが
克明に当時を描写した演出が秀逸なれど、
それをノスタルジックだといったところでセンチメンタルになっていない爽快感。
モノクロで映し出されておな力強く、イキイキとした伸びやかさにまみれると
そこに作り手が人を強く信じていることを、その温かな眼差しを感じずにはおれなかった。
古くとも「良き」時代とは言えなかった当時だが、
それすら肯定するような人間愛が本作を骨太に押し上げていると感じる。
あの時があるから、今がある。
いわんばかりのヒューマニズムがじんわりと、作品の底から確かに伝わる一作だった。
一見ダメ夫かと思いきや、頼れるとーちゃんだったり、
最悪な夫婦仲かと思いきや、信頼し合っていたり、
老夫婦のストレートなのろけにほんわかしたり、
子供らの悪さに眉をひそめたり。
光景には日本なら、「昭和」という時代がダブるのではなかろうか。
そうそう、「always 三丁目の夕日」みたいな。
それにしても洗剤を選んだ理由が地球に優しいから、は吹いたな。
わたしも、自身を作り上げてきた原風景を振り返ることのできる年齢になって来た。
だからなんだか分かるような気がしてならないのは、どうして作品としてまとめておきたかったか、である。
色々、社会的に問題のある地域だけに、そうした現状を世に知らせるという目的もあろうが、
時間という距離、隔たりが出来ることで、渦中から抜け出したと自覚できる瞬間が訪れるのだ。それはもう二度と戻れない、という引導を渡されたも同然で、戻れないところに自身の原点があるのだ、と自覚すればなおさら愛おしく感じられるのである。
その手触りを閉じ込めておきたかったのかもしれない、と想像した。または、閉じ込めてこれからの揺るがぬ足場と踏みしめてさらなる旅路を続けよう、という決意にも感じ取れた。
そこには個人的な「思い」しかないかもしれない。
確かにドラマチックな出来事は起きない本編、なにかドラマを求めて観に行くと肩透かしを食らうだろう。
けれどこの物語を撮っているのが登場人物本人だと一枚、フィルターを噛ませて挑めば、本編に映像としても、セリフとしても描かれてはいないもう一つの物語が立ち上がって来る本作の醍醐味を味わえるように感じている。
そこまでもっていけるかどうかが、本作が良作となるかどうかの分かれ目だったように観た。
たとえば、あの主人公の男の子はあの後、どうなったのだろう、と。
物語は書かれたところより、書かれていないところの方が雄弁である。
そんな作品が書けたら、どれほど深みある代表作になるだろうかと思う。
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