第39話 破壊

 



 ――ガッ、ゴッ!!


「.....!!」


「......へえ」


 激しく撃ち合う木剣。魔力を纏わせた武器があたるたびに魔力光と呼ばれる淡い光が飛ぶ。


「案外動けるものだな、ハンター。 武器に纏わせている魔力もムラはあるが申し分ない質と量......流石は化物の弟子というわけか」


「......」


 ゴモンは確かな手応えを感じていた。それはこの戦いが始まる前に感じていた恐怖心の残滓を掻き消すほどのもので、ゴモンにとって初めて感じる高揚感だった。


(......俺が、互角に撃ち合えてる!聖騎士と!!)


 これまでのゴモンは負けるか、逃げるかの二つしか無かった。それは類稀な強靭な肉体を持ちながらも戦い方を知らないがため退き続けた失敗の記憶。


 バーラがとなりにいつもいたため表には出さなかったが、「自分はダメだ」「ずっとこのまま負け犬の人生なのか」「どうにもならない」と葛藤する日々であった。


 だが、しかし。いま現時点で、圧倒的な魔力量を誇るガミラーヌ相手に引けをとっていないという事実がある種の成功体験となり、精神的成長をもたらした。


(大丈夫だ、俺は......やれる!! 今、生まれ変わる時なんだ!!)



 ――精神状態は魔力コントロールに大きな影響を与える。



 迷いなく踏み込む一歩に、その剣の一振りに、真っ直ぐな力が宿る。


 凄まじい剣速の撃ち合い。観客達は湧き上がる。なにせ名もなきハンターが王都を守護する強者である聖騎士と互角に戦えているのだ。


 あっという間に終わると思われていたこの戦い。人によっては前回、前々回の死亡事故で人の死をショーとして期待していた者もいた。


 だが、今この場では、弱者が強者を倒するかもしれないというジャイアントキリングを誰もが期待し始めていた。



 しかし、ガミラーヌは――



(ガミラーヌ......笑っている!?)



 あえてゴモンの剣を捌き続けていた。無論、ゴモンの戦闘能力が予想の上だったということもあるが、ガミラーヌは最初から油断を引き出すための立ち回りを行っていた。



 ――ガッ!!



 幾度かの撃ち合いの果、鍔迫り合いになる。


「!!」


 その直後、ガミラーヌは剣をいなしゴモンの手首を掴んだ。しかしノワルの戦闘教育により反射的に体当たりすることにより引き剥がす事ができた。


 ズザァと後方へふっ飛ばされたガミラーヌは、体勢を立て直す。


 そしてノワルやバーラ、ゴモンは彼の口元に浮かぶ笑みをみた。


「? ......ッ!?」


 ゴモンの異変。僅かにふらつき、やがて肩で呼吸をし始めた。その様子にノワルが直感する。



(......毒か)



 ――ブォッ、ガキィン!!


 ゴモンの顔面へと思い切り振られた木剣。毒の効果で体が思うように動かず、斬撃の軌道上に腕を差し込み頭部への直撃を防ぐ。


 しかし、攻撃のあたった腕からは鈍い音が鳴った。


「ぐっ、くぁ......ぐう」


 ガミラーヌが小声で言う。


「ははっ。 効くだろ、それ。 仕込みの毒針」


 ペロリと唇を舐めるガミラーヌ。


「こんな感じに体の自由を奪う神経毒さ......そこまで強い毒じゃない。 強い毒を使えば後で検出されちまう危険があるからな」


 ゴモンは僅かな引っ掛かりを覚え、それを口に出す。


「......あんたは、前も......その前もこうして対戦相手を殺したのか.......」


 ゴモンの額から汗がボタボタと流れ落ちる。呼気が荒く僅かに震えている体。ガミラーヌの毒は体の自由と共に体力も蝕む。


「そうだぜ? この交流戦に限ったことじゃねえがな......まあ、なんにせよ後の事は気にしなくて良い。 お前の女、バーラだっけ? あいつも俺が頂いとくよ」


「!」


「ははっ、睨んでも無駄だ。 敗者は勝者に全てを奪われるのさ。 大丈夫、バーラをひととおり使った後はお前のもとに送ってやるからよ。 お前と同じだけの苦痛を味あわせてから送ってやるから、あの世で土産話を楽しみにしてな」



 ――ガッ



 自由のきかない体に力を入れ、剣を杖に立ち上がるゴモン。



「......ははっ、いい憎悪の目だ。 俺はそんな目をした奴らを嬲り殺す事に生きがいを感じる」


 ガミラーヌがゴモンへと飛びかかり、剣を振り下ろす。間一髪で避けることが出来たゴモンだが、その意識も朧気になり始めていた。


「ん〜? 毒の量ミスったかな? ......まあ、どの道殺すんだからいいか」


 ゴモンの中にうず巻く思い。眼前にある絶対悪の聖騎士。


 今まで王都を護りたい。その一心で歩いてきた。魔物や魔族を倒せばそれが平和へと繋がるのだと思い、戦い続けた。


 けれど、そうじゃなかった。


 魔物や魔族をこえる邪悪。それは人だ。こうして生まれる狡猾な悪が、王都を蝕む。そして貧民街を生み出す要因となる......奴らは世界を都合よくデザインする、その力があるのだ。


「......だから」


「あん?」



 ――だから、今、みつけた......真に討つべき敵を。



 ノワルが笑う。満身創痍のゴモンの目に熱く灯る火、迷いが焼かれまっすぐに見据えた敵。


(あいつは優しい。 優しすぎるからな......だから、いざ戦いになった時、相手を傷つける事に迷いが生まれる)


 ゴモンはガミラーヌを倒すべき敵と覚悟を決めた。護るべき大切な人たちが脳裏を過り、彼に力を与える。


 ――ゴモンの魔力が溢れだした。


「! ......まだ心が折れねえのか」


 ノワルはあの日のことを思い出していた。ゴモンが強くなりたいと言い、鍛錬を始めたあの日を。


 体格や魔力の質、それぞれが違う体を持つのだからまたそれぞれに適した鍛錬を考えねばならない。なのでノワルは最初に皆の体を調べた。その過程で見つけたゴモンのユニークスキル。


 これまでまともな戦闘訓練をしてこなかったゴモンがここまで生き残ってこられたのは、ある一つの、生来の能力に起因する。


「が、もう指を動かすことすら困難だろ!! 死ね!!」


 へたり込むゴモンの頭目掛け木剣を振り下ろす。そこに躊躇いは無い。体中の魔力を集中させた木剣、その威力は岩をも砕く。


 ――ベキィイイ!!!


「ぐっ、ぶふっ......がはっ」


 バーラの頬を涙が伝う。


 ノワルは背を向け、椅子へ戻り深く腰掛けた。


 会場は静寂に包み込まれ、目を見開いている。


「なん、で......も、もう、動けないはず」


 ゴモンの木剣が、ガミラーヌの胴に深く、振り抜かれていた。


 ボタボタと口から垂れ落ちる血液。ガミラーヌは勝利を確信し、更には相手を確実に殺そうと全ての魔力を木剣へと集中させていたが、それが仇となった。


 魔力を纏わぬ体、無防備になったそこへゴモンの強力な一撃が入った。もはやガミラーヌに反撃する力はなく、倒れるしか無かった。


「しょ、勝者.......ゴモン!!」


 わあああ!!と会場が湧く。先程の静寂がせきどめられていた川が放流するかのごとく怒号のように歓声が響く。


 まさかの出来事。名もしれぬハンターが聖騎士の長を撃ち取った。その偉業に誰もが心震え揺さぶられた。



「ノ、ノワル......ゴモン、勝ったよ」



 ボロボロと涙を流すバーラ。彼女の溢れ出した想いはこれまで二人で歩んできた人生で、ゴモンが苦悩していたことを知っていたからこその物だった。


 ノワルはニコッと笑みを浮かべる。


「そりゃ勝つさ。 あいつは大切な者のために強くなったんだから。 それはバーラが一番よくわかっているだろ」


「......うん」


 観客席、最前列で声も出せずに涙を流す男が一人いた。それはゴモンやバーラと同じく貧民街の出で、宿屋を営む男。


「......ははっ、すげえ......すげえよ、ゴモン......強くなったんだな......お前」


 そしてガミラーヌとゴモンの元へ救命隊が駆けつける。


「ガミラーヌ殿の方が重症だ! 担架へ乗せるぞ......ん? これは」


 その時、ガミラーヌの手元に何かが見えた。


「こ、これは......針? 付着しているこの液体は、ま、まさか」


 こうしてガミラーヌの隠し持っていた毒針は発見され、後に聖騎士を追われる事になる。そして余罪の調査中、彼は何者かに暗殺された。



 ノワルは目をつむり、ふふっと笑う。



(ゴモンのユニークスキルがこんなところで生きるとはな......相変わらず豪運というか)


 ゴモンのユニークスキル、【生命力】はノワルの力により効果を引き上げられた力。


 その能力は、自然治癒力と免疫力が強くなるというもので常時発動タイプの力だった。


 それによりガミラーヌの毒はその場ですぐに解毒され、無効化されていた。


(しかしあのタイミング......毒が消えても、動けないと油断させ相手の攻撃に合わせたゴモンのバトルセンスは中々のモノだった......お前、本当に強くなったな)



 ゴモンはこちらを見て頷く。



(......ああ、わかってるよ)





 ◆◇◆◇◆◇





 ――ガラガラという音と激しい振動。



「......ん」



 目が覚めるとそこは馬車の中だった。正面に一人の男。隣には衛兵のデネルさんが縄で縛られ横たわっていた。


「お、目が覚めたか。 お前、あのノワルとかって奴の仲間の白魔道士だろう?」



「......」



 身を起こそうとし、自身もデネルと同じく拘束されていることに気がついた。


「残念、逃げらんねえよ。 ちなみにこの馬車内も防音になっててよ、叫んでも無駄さ」


「あなた達は......ガミラーヌの仲間」


 ははっ、と笑い男は頷く。


「そうだ。 まあ、利害関係の一致って奴だな。 互いに互いを利用してるかんじだ。 ちなみにノワルの助けを待っても無駄だからな? あいつは強いが、捜し物するのは苦手なんだろ?」


「.......!」


「それに今馬車が走っているここはお前らを捕らえた東区じゃねえ」


「えっ」


「俺らの本拠地は東区じゃねえ。 ここ西区の小さな教会の地下にあるのさ」


「......そんなこと教えていいんですか」


「? いいよ?」



 男は下卑た笑みを見せる。



「お前らは生きて帰れない......そこの衛兵は殺すとして、女......お前らはこれから俺、ドガランブのペットとして一生を終えるんだからな。 っと、着いたみてえだな」


 馬車のドアが開くと、大男が顔を覗かせた。


「お、おかえり〜」


「おう。 またせたな。 こいつら担いでくれ」


「あ、あい」


 教会の裏口から地下への扉を開く。底へ続く階段。暗くジメッとした鼻をつく臭いは屍臭をはらんでいることを白魔道士に直感させた。


 そして辿り着いた牢獄のような部屋。扉の横には黒髪の少女が立っており、その瞳に生気はなかった。


「お帰りなさいませ、ドガランブ様」


「おー、たでーま」


 少女の横を通り過ぎ、部屋へ入る。


 するとそこには


 両腕を封具の鎖により縛られ吊るされた、鬼の娘。......見るに堪えない痛々しい傷の数々。鞭や刃物、打撲の跡もある。


 ティラナの変わり果てた姿を目の当たりにし、白魔道士は絶句した。


「ははっ、ジョッパー、おまえ遊びすぎて死んでんじゃねえかよ」


「し、死んだのかな? あは、ごめん......でもまだこっちあるから大丈夫」


 ジョッパーと呼ばれる大男が指差す先。そこにはスノウが横たわっている。彼女もまたボロボロの布切れに包まれ、みえる脚にはティラナと同様の傷があった。


「お、お願いです......彼女達を治させてください!」



 ――ドグッ



「がっ、は......」



 腹部に鈍い痛み。ドガランブの蹴り。



「てめえはペットだ。 勝手に喋るな......いいな?」


「......」



「返事は? ......躾しねえとだな、ははっ。 オラ」




 ――ドガッ、バキッ




「あはっ、良いねえ! いつまでもつかなあ? お前の意志が折れるか、命が尽きるか......そういうアソビも良いなぁ?」




 へらへらと笑うドガランブ。そのまま白魔道士の腕を掴み、「ほら、鳴けよ」と言い




 ベキィ




 と、何の躊躇いもなく折った。




「あっ、あああ――あーっ」




 その叫びで意識が戻ったティラナ。




「......あ、う......」




 鎖を引っ張り、白魔道士を助けようと動く。しかし、重症である彼女にもはやどうすることもできなかった。


 溢れ出す涙を堪えることもできず、泣き叫ぶ。




「うるせえな」




 その言葉を聞いたジョッパーは、大きな包丁を拾い上げた。




「お、おまえ......もう要らない」



 ジョッパーがティラナの元へ歩み寄る。そしてその巨大な凶器を振り上げた。




「ばいばい」





 ――瞬間






 ドオオォオオンンッッ!!!




 ――轟音。




 地震が起きたかのような揺れ。


 まるで落雷が部屋に直撃したかのような激震。




 ――ズズズ




 何が起きたのか理解できずジョッパーとドガランブは辺りをみわたす。すると、それがなんなのかぶち破られた天井を確認したときに理解した。




「――よお」




 漆黒の魔力の塊が、まるで稲妻のように落ちてきたのだ。


 やがてそれは見覚えのある人の形へと変わった。



「楽しそうじゃん。 俺もまぜろよ」



 それは途轍もない殺気を纏ったノワルだった。





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