第38話 罠
「あの、ノワルさん」
交流戦を承諾し、城を離れ街へと歩き出した時。後ろから声をかけられた。振り向き確認するとそれは東区担当の衛兵デネルだった。
「おー、デネルじゃん。 どーした?」
デネルの表情はどこか暗く陰鬱だ。
「それが......」
近くの店で待たせていた白魔道士と合流。それからデネルの話を聞くために適当な食事処へと入る。昼食時までまだ時間があるため店内の客は少なく、ノワルや白魔道士デネルを含め五人程度だった。
席へ座るとデネルが口を開き語りだした。東区で失踪している聖騎士の話、そしてスノウの行方が一昨日からわからなくなっている事を。
「......一昨日から?」
聞き直すノワルに頷くデネル。
その瞬間、ノワルは嫌な予感がした。
(一昨日から......ティラナもそういえばその日から戻ってきてないぞ)
おそらくはゴモンらの訓練に付き合い泊まっているのだと思っていた。今までにも何度かあったし、彼女が泊まると言っていた。
そこでふと思い当たる。そういえば、ティラナは泊まる時は必ずそう言っていた、ということに。
「あ、あの......ノワル」
「ん。 わかってる」
ゴモンらの交流戦が明後日に控えている。そんな時に彼らにこの事を教えれば必ず戦いに影響してしまうだろう。
デネルが言う。
「あ、あの。 もしよければ、なのですが......騎士団長を捜すのを手伝って頂けないでしょうか」
その言葉を受け、僅かに思考するノワル。そして出した答えは。
「それは難しい」
「「え?」」
デネルだけではなく、白魔道士も不思議そうな反応をみせる。それもそのはずだろう。特に白魔道士はスノウの行方不明の件にティラナも巻き込まれている可能性があると思っている。
「多分、今回の件に関係している奴らは俺の存在に気がついている。 俺が動けば必ず姿をくらませるだろう」
「な、なんでそんなこと」
「騎士団長のスノウを倒せる程の敵なら、王都事情にも精通しているはずだろ。 でなくてもこの間の鬼の事件があったんだ......調べて俺の情報に行き着いていてもおかしくはない」
「で、でも......」
「悪いな、デネル。 力にはなれない。 それに......俺は確かに莫大な魔力を持ってはいるが、探索や探知能力は乏しいんだ......捜してる間に逆に見つかって警戒されるのがオチだろう」
うつむくデネル。見兼ねた白魔道士はノワルへと詰め寄った。
「な、なにか、無いんですか?」
「無いな」
「でも、でも」
「俺は神様じゃない。 なんでもかんでも出来ると思うなよ」
ノワルは白魔道士の気持ちがわかっていた。スノウは勿論、ティラナの事が心配だった。
鬼たちとの戦いの後に仲間になった彼女は、まだ短い付き合いとはいえ苦楽を共にしここまで歩んできた。白魔道士にとってもうあの鬼の子は家族以上の大切な存在となっていた。
それを理解した上でノワルは、はっきりという。
ノワルが視線をそむけると白魔道士は察した。無理なのだと。彼には彼の思いがあり、考え方がある。
「......そう、ですか」
デネルも二人のやりとりで何かに気が付き、「わかりました」と呟くように言った。
「行こう」
ガタッと席を立ち、白魔道士に促すノワル。
「ゴモン達には時間がない。 出来るだけの事はしとかないとさ。 ティラナの分まで」
不安げな表情と、眼差しでノワルを見上げる。するとなだめるように彼は静かに頷いた。
「......はい」
◆◇◆◇◆◇
――二日後。
日の出の光が空を差し、黄金色となる世界。ゴモンとバーラは眠れずにその日を迎えた。
直接聞いた話ではないが、ミガラーヌという騎士は今回のような交流戦で相手を二度死にいたらしめている。その事実にゴモンの心中は無意識に強張っている事を自覚した。
手が震えていた。グラスで水を飲もうと持ち上げたとき、その事に気がついた。それによりはっきりとこの戦いに恐怖していることを意識してしまう。
自分の前にミガラーヌと戦った二人は、決して弱かっただなんて事はなかったろう。それなのに命を奪われるほどの、相手の実力。ミガラーヌは騎士であり隊の長。
(......こんな震えた手で、剣なんか握れるのか。 俺は......この戦いを生きて帰ってこられるのか......。 情けないが、今になって怖くなってきた。 逃げたくなってきた......どうしようもなく、自分が弱く矮小な生物に思える)
窓の外、葉の落ちきった木々にまるで遺骨のような淋しい印象を覚える。骸に変わる自分の姿を思うと、より一層体が重くなっていた。
「ゴモン」
ふと横を見ればバーラがベッドからこちらへ歩み寄ってきていた。
「......怖いのね」
「ばかいえよ。 んなわけないだろ」
好きな女の前で恐怖で震えてる所なんて見せられるか。と、そう震える手を、手で抑え込む。
「ふふっ。 そーよね」
笑い上目遣いで見てくるバーラ。彼女がいなければ、もしかすると今ここには居なかったのかもしれない。恐怖にかられ王都を明け方と共に出ていく未来が過ぎった。
「ゴモン、覚えている?」
「ん?」
「あの日、温泉宿屋の店主ガルクにケツモチするって貴方がいった日」
「ああ、ガルク......まあ嫌な顔されちまったがな」
ガルクはゴモン、バーラとかつての貧民街出身だった。少年少女になった彼らはやがて貧民街を抜けてこうして自立しガルクは王都で指折の宿屋を経営する程になった。
(......あの頃とは見違えたよな、あいつも。 そりゃふらふらとハンターだなんて日和見の仕事についた俺なんて見るのも嫌だったろうさ。 けど、俺は......)
「嫌な顔なんてしてないよ」
「え?」
「私、あのあともう一度頼み込んでみたんだ。 そしたらガルクはね」
『さっきは、すまない。 けれど、かつての......同郷の友がハンターなんて危険な仕事をしているなんて。 魔獣や獰猛な獣、危険なものになると魔族の討伐なんてあるそうじゃないか。 それを思うと、すまない。 つい苦い顔をしてしまった......』
「ガルクはあなたの事を心配してただけなんだよ」
「そう、なのか......」
「うん」
ガルク。仲間思いで、仲のいい親友のような存在だった。安易な考えの元、盗みや恐喝に手を出そうとした俺を止めてくれたりもした。
俺らの親代わりだった婆さんが死んだ時、これからの未来が暗く歪んだとき故郷を出る事を決意し、命の限り前へ進もうと誓った仲間の一人。
血よりも濃い絆で結ばれた存在。
だからこそあのときのあの態度には悲しみを覚えた。けれど、そうか......やっぱりあいつは。
「大切な人達ばかりだよ」
まっすぐこちらを見て、バーラがいう。
「ガルクだけじゃない。 あの頃、貧民街で苦楽をともにした仲間達が大勢すんでいる王都。 大切な人達ばっかり......ね?」
天秤が傾いた。彼女の想いとゴモンの想い。恐怖が軽くなり、大切なモノの重さが増し、決意となり固まる。
「......護らなきゃな。 全部」
その為に、努力を重ねてきたんだから。大切な物を護る、その為に。
――手の震えが止まっていた。
そして、交流戦が始まる。
◆◇◆◇◆◇
「ゴモン」
ノワルが呼ぶ。昔決闘の行われていた円形の闘技場、その奥二階の観客席の下にある自陣席。
バーラの隣に座る黒髪の女性、ノワルはゴモンの目をジッと見つめた。
「うん。 気負ってないな......よし、行って来い」
コクリと頷くゴモン。そしてその横のバーラに笑顔をみせた。それに彼女は彼を失うかもしれないという恐怖を奥底へと沈め、精一杯の笑顔で返す。
円形の石畳、その舞台へ上がると相手はもうすでにそこにいた。「くああっ」とあくびをしてこちらを一瞥した。
「きたか......えっと、名前はなんだったかな」
「......」
にやにやといやらしい笑みを浮かべる騎士。この壇上には二人しかおらず誰にも聞こえない会話。その気の緩みから騎士ガミラーヌは調子良く口を滑らせる。
「いやあ、すまない。 小物の名をいちいち覚えていられるほど暇で無くてねえ。 え? じゃあなぜこんな勝負をしているのかだって?」
聞いてもいないことを得意げに。
「それはなあ、お前らが邪魔だからだよ。 あ、これ秘密な? しーだぜ、しーっ」
「......邪魔、東区の見回りの事か?」
「ああ、それそれ。 あそこはよ、俺らの商いの場所なんだよ。 勝手な事してんじゃねえよ」
「商いの」
「そ、金よ金。 マネー」
騎士はゆっくりと剣を抜く。この交流戦では真剣は用いられない。手渡されるそれは真剣に見える木刀。しかし魔力を纏わせた得物は受け方を間違えれば致命傷となる。
「人身売買が主な仕事かな。 労働力や臓器、その他諸々......これほど楽〜に稼げるものはねえからなぁ。 だから邪魔なんだよ」
ガミラーヌの魔力が大きく揺らぐ。
この話を聞かせたということ。それはゴモンを決して生かして返す事はないというガミラーヌの決意そのもの。
そして、ゴモンはガミラーヌの魔力量が完全に想定外だということにこの時気がついた。
(......これが、聖騎士の魔力量......!!)
石畳にヒビが入り、砕け始めるほどの力。
対してガミラーヌはその様子に興奮する。弱い者を嬲るほど楽しい事はない。ノワルというあの勇者を葬った化物魔獣もこの場では手出しできない。
(そこでお前の弟子が無惨に殺される所を見ているがいい......! そして、お前の女......白魔道士と鬼の娘も今頃死体となっているだろう。 この交流戦が終わった頃、お前は全てを失った事を知り、絶望するのだ! ......それがお前の最期!! くくっ、そうさ、俺が......最強の魔獣を殺した英雄となるのだ!!)
全ては計画の内。ガミラーヌはこの戦いが始まる直前、部下から連絡を貰っていた。
ノワルの仲間、東区に訪れた白魔道士を捉えたと。ノワルは今、確かにこの場にいる。ならばもう後はドガランブらが女を殺すだけ。もはや何の邪魔も無い。
全てはガミラーヌのシナリオ通りだった。
――あの日、交流戦の承諾。ノワルらは衛兵一人に話を持ちかけられ、飲食店へと入った。その時に既にドガランブの手下が尾行し、先に入店。ノワルらの会話を聞いていた。
(話によればノワルに探索能力は無い。 ならばもう女共の行方を追えはしまい)
ノワルに探索能力、探知能力が無いことは確かだった。そしてもう一つ。ガミラーヌが絶対にノワルが助けに行こうとしたとしても辿り着けないという絶対的な自信があった。
その理由は、ドガランブのアジト。東区の何処かしらにあると思われていた彼らのアジトは、実は全く別の場所。西区の教会地下にあったのだ。
「さて、そろそろ――」
「!!」
ガミラーヌが剣を構えた。
「――死ね」
高速の突きがゴモンの首元を狙う。
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