第37話 東区へ (スノウ視点)

 


「グアルヴァ公爵。 これはどういう事でしょうか」


 私、スノウは憤りを覚えた。彼、グアルヴァ公爵は聖騎士を纏め上げる力を持つ貴族だ。彼の裁量で我々に与えられる軍費が決まり、その戦力割合も変わってくる。


 組織的の重要な役割を担う男である。


 故に彼には発言権と強制力がある。彼の一言で我らの方向性が変わり、戦う相手が定まる。それほどの力を持つ人物だ。


 なのに。


「何故あのような交流戦を認めたのです」


「......何故って、そりゃ力を見るためだよ。 使えるかどうかさ」


 蓄えた髭を撫で、ニヤリと笑う。


「また死人がでますよ。 奴は......ガミラーヌは過去の交流戦で二度も相手を死に至らしめている。 それも明らかな殺意をもって」


「スノウ軍隊長」


 律するような厳しい口調。


「憶測で物をいうなよ。 それが貴様の最期の言葉になるやもしれんぞ」


「......グアルヴァ公爵、あなたも」


「違う。 不用意に口にしていいものではないと言ったんだ。 貴様の話が本当だとしてそれを証明することは可能なのか?」


 一度目の交流戦。ガミラーヌが選んだ相手は当時東区を統括していたダダイト侯爵だった。


 些細な小競り合い。最初はその程度の認識。


 しかし交流戦が開始された直後。それは思い違いなのだと理解した。


 彼らは本気の殺し合いをしていたのだ。魔力を漲らせ、致命を狙い、死へと追い込むために全スキルを叩き込む。


 結果、ダダイト侯爵は首を落とされ死亡した。


 命を削り合うような本気の戦い。それ故にこのような悲劇的な結末も予測された、が、しかし。


 この勝負自体、ガミラーヌが全て仕組んでいたとの噂を耳にしたのはそれから数日後だった。


 ――奴は金になりそうな東区を欲しかったのさ。だからダダイト侯爵は目をつけられた。


 その話が真実なのかもしれないと、二回目の交流戦が決まり、その頃の荒れた東区を目の当たりにした私は心の何処かで思い始めていた。


 そして三度目。しかも今回の相手はゴモンという一般のハンター。


 実力差は見るまでもなく、明らかだ。ここで私の疑念は確信にかわった。......だが、だからこそ。


「決定的な証拠はないのだろう?」


「......はい」


「ならば貴様の思い違いだ。 いい加減な言葉を紡ぐなよ。 貴様は軍団長なのだぞ......もう少し自覚をもて。 その軽はずみな思い込みで貴様の築いてきた聖騎士軍の立場も危うくなるのだぞ」


 確かに、もしもこれが私の思い込みであり、この会話が誰かに聞かれでもすれば証拠もない私はこの立場をおわれる事になるだろう。


 それでも、いわれもない因縁をつけられ消えゆく命を救いたい。その一心で信頼の置けるグアルヴァ公爵に訴えたが、駄目だった。


「それにな」


 グアルヴァが続ける。


「この世界は力が全てだ」


 力が全て。そう語る彼の瞳には説得力があり、私のゆらぐ心を射止める。


 証拠......そうだ。証拠があれば。


「......わかりました。 失礼します」


「うむ」


 そうして彼の部屋を出た私は東区へと向かった。




 ◆◇◆◇◆◇




 ここが同じ王都である事が信じられない。


 東区の奥に進めば進むほど、その闇が顕になる。道端に座り込む浮浪者、散乱する廃棄物、破壊された建造物。


「これ程ひどい状態なのに......」


 本来、統括を任命された者は担当地区の見回りを義務とされている。しかしこの東区はどう考えても統治されているように見えない。


(とにかく、今はガミラーヌの行動を把握しなければ)


 彼が通じていると言われている闇組織の情報を掴んでいる。それが確定的であれば奴が一般人に手を掛けるなどという凶行に及ぶ前に止めることができる。


 証拠、それさえあれば......彼の、ゴモンの命を救える。


 足元に視線を落とし考え込んでいると、ガラゴロと音が聞こえた。目をやると後ろの方から黒く大きな馬車が迫っていた。


(......馬車に表記がない)


 馬車を有しそれを使用する条件に、必ず所有者がわかるよう、荷台の外から目視できる場所へ名か記号を表記する定めとなっている。


 しかし、この馬車の荷台にはそれがない。もしかするとこの黒塗りの車体、これは塗り直しの跡が見られる事から盗難車をその印ごと塗りつぶしたのかもしれない。


 大きな車輪を回し、路面を転がる騒音。しかし微かな声を彼女は聞き逃さなかった。


(......馬車の中から子供の叫び声......?)


 嫌な予感が背を流れ落ち、心に澱みを生む。


 ここ数年の間に各地で起きている子供の失踪。捜索が続けられているが、ただの一人も発見はされていない。それが頭を不意に過る。


 ガミラーヌの件は重要だが、ここで失踪事件を解明できたとするならこの街の平和を守るという意味では、それはそれで大きい。


 あれを追ってみよう。



 ――ズズ



 魔力を左手に集中させる。そして馬車の後ろへ飛ばし付着させた。


(私の魔力がついている限り位置がわかる。 街中で走って馬車と同速で追跡するのは目立つし、これがベスト。 あとは気が付かれないう、目立たないように魔力を追おう......)


 周囲を確認しながら馬車を追うと、一時間も経たないうちに目的地に到着。馬車は動かなくなった。


 停車した場所はかつてここ東区一と言われていた大富豪の大屋敷。


 私は馬車から乗員が出てくるのを待った。あの子供の声と乗員を確認する。


 ジッと物陰で身を潜めていると、やがて一人の大男が屋敷から現れた。ズシンズシンと歩く男。彼の顔には見覚えがあった。


(......あ、あれは、解体屋のジョッパー!?)


 数年前、ここから南にある町、カムラで大量殺人をおこし処刑されたはずの男。奴の異様な体躯から発揮される怪力は紙くずを裂くように人の肉も断つ、まさに怪物。


(奴の死刑執行記録は私も確認した。 そこには斬首され死亡したとあったが......)


 どうみても奴の首にはそれらしき痕は無い。死刑を免れた......いや、それならば記録にはそう記述されているはずだ。だとすれば......誰かの手によって逃された?


 思考を巡らせていると、奴は馬車の後ろへとその鈍足を進めた。屋敷と馬車から建物三つ分とかなり離れた場所に身を潜めていたが、ズシンズシンと踏み鳴らす足音が、ここまで伝わってくるような重量感のある巨躯。


 そんな事を思っていると、思わぬことが起きた。


 奴がこちらに振り向いたのだ。右手で私の付着させた魔力をなぞりながらジッとこちらを見ている。そして、ジョッパーがニヤリと笑みを浮かべた。


「......え」


 まさかという思い、そしてゾワゾワと全身のうぶ毛が逆立つ嫌な感覚。


 ――首筋にあてられた刃が視界の端に映る。


「誰」


 そう聞くと、クイッと私にあてたナイフを傾け、自身の姿を反射させた。その姿は私にジョッパー以上の衝撃を与えた。


「くくっ、久しいなあ? スノウ」


 漆黒の外套とその縁にあしらわれた金の髑髏模様。僅かに見える燃えるような赤い瞳は魔族との混血を示している。


 そして、どの魔族や魔物にも比較できない禍々しい魔力。


 勇者でさえ仕留めきれず、その姿を幻影のようにくらませ死したのではないかと言われていたSS級首の大罪人。


「.......ドガランブ」


「おお、覚えてくれてたんだな? へへ、嬉しいぜえ」


「貴様程の有名人は知らない者の方が少ない」


 切られる。逃げようと、僅かにも全身へ魔力を走らせれば私の頭と胴体は一瞬で分断される。


 明確な、鮮明なビジョンで脳裏を流れるくらいの、途轍もない殺気。



 ――ズシン、ズシン......。



 前方から来たジョッパーは私の目の前で立ち止まった。


「ね、ねえ、ドガランブ。 この子食べてイイ?」


「ジョッパー。 お前、こういうのが好みなのか?」


「う、うん......とってもやわらかそーで、おいしそー」


 ダラリと大きな口から涎を垂らすジョッパー。


「ははっ、食う気まんまん! だがまだダメだ。 コイツには聞きてえことが山程あるからな」


 ドガランブはトン、トンと私の首にナイフを当てる。切れ味の良さそうに見えるそれは不思議と私の首に切り傷ひとつつけない。


「さて、スノウ。 ここでふたつお前に選択肢をやるよ」


 ドガランブとジョッパーの二人から殺気が立ち昇る。


「今死ぬか、後で死ぬか......選べ」


 死は免れない。ならば僅かな可能性にかけ脱出を図るべきだろう。奴らに連れて行かれれば逃げれる可能性も潰えるのだから。


 ――と、逃げる瞬間、私は即死を免れる為、首に魔力を漲らせた。





 ブチ





「......あ」


 と、同時に激痛が走った。熱く燃えるような痛み。私の左腕が握りつぶされていた。


 痛みが腕から全身へと巡り、視界がチカチカと点滅する。大部分の魔力を首へと集中させたのが逆にあだとなった。


 殆ど魔力を纏っていない体はジョッパーの手にかかれば紙くず同然、簡単に破壊されてしまった。



「おい、耳ついてんだろ? 質問に答えろや」


「い、いらない耳なら、とっちゃおうかなあ? えへへ」



 にげ、られない。



 膝をつく私を見おろしながら二人が下卑た笑い声を発する。


 しかし、その時一つの光景が脳裏を過った。それは私が倒れた後の事。この東区に巣食う悪がやがては王都を覆い全てを喰らうそんな世界。


(この事実を明るみにだす......それだけでも、私がしなければ......)


 ――そう、命に代えてでも。


 胸の奥、そのまた向こうにある、魔力の鍵を解除する。深く夜の海の底のような場所におかれている扉を開き、私の中の怪物を起こす。


 あの時、鬼との戦いでは臆した私だが、今は違う。彼が......ノワルがみせた姿が私を奮い立たせる。私もあの人のように、誰かの為に戦いたい。


 その想いが、鍵となり力を呼び醒ます。


 ズッ――


「「!!?」」


 全身から噴き出した碧色の魔力。その衝撃波に至近距離であてられたドガランブは体が浮く程の圧で後方へと飛ばされた。ジョッパーもまた然り。巨大な体は浮くことさえはしなかったが、ズリズリとまるで引きずられたかのように数メートルの距離を飛ばされた。


(――......距離がとれた!! これならば、逃げられる!! せめてこの事を誰かに報せなければ......!!)


 まるで獣のように体を丸め、石畳を蹴りぬく。全身の細胞が逃げるためだけに集中し、魔力を効率的かつ流動的に巡る。


 振り向くな。振り向けば死ぬ。だから、前だけを見ろ。私の力ではジョッパーは倒せてもドガランブは倒せない。それでは駄目なんだ。


「――ははっ、必死だなァ」


 左に聞こえた声。その方向へ魔力を纏った手刀を放つ。ノータイム。考えはなく邪魔を振りほどくただその為の撃。掴まれた腕を振りほどくような、感覚。当たるとは思っていない。雑な一撃である事は変わりなく、ともすれば攻撃ですらないような一撃。


 しかし、ドガランブの顔に直撃していた。


「なっ!!?」


 思わず硬直する体。それもそのはず、雑な一撃とはいえそれは顔に受ければ致命傷になりうるほどの魔力は有していた。


 つまり、この攻撃がヒットした今、勝利がほぼ確定した事と同じだったのだ。


(なっ!? 殺れる......!!?)


 瞬時、遥か後方に鈍足で走るジョッパーを確認。この距離であの速度であればここに至るまで数分は要するであろう。つまり、援護は無い。


 あたりにも仲間の気配はない。そう、先程の目標に気を取られ隙を晒すようなミスは状況的に無い。


(コイツの息の根を止められれば......確実に逃げ切れる!!)


 ジョッパーを確認し、倒れ込んだドガランブへと視線を戻すまで約0.5秒。


 奴の顔面は魔力の手刀により砕けて――




 ――は、無かった。


「.......は」


 何が起きたのか分からずに惚ける私。その隙にグイッと肩を掴み押し倒す。馬乗りになったドガランブ。顔を近づけニタニタと笑う。その顔は攻撃を受けたとは思えないほど綺麗で、無傷だった。


「あはっ! びっくりした?」


「な、なんで」


 ビッ


「あっ、あああっ......!!」


 左耳に熱と激痛。


「おいバカ女。 お前、耳いらねえんだよな? 取っちまったあとで言うのも何だけどよ? あひゃひゃ」


 両膝で腕を抑え、ドガランブは後ろに拳をハンマーのように下ろす。


「ぶふっ、あっ」


 その拳は私の下腹部へと当り、悲鳴にもならない呻きが出た。


「なあ、しってっかァ? 俺はよ、体術なら勇者とも互角にやりあえたんだぜ? 違うのは魔力の量、それだけさ」


 ......知っている。だからこそ、だ。


 ゴッ


 左頬を殴られた。意識が飛かける。


「イイねえ。 そそるぜ......美女の歪んだ表情、整った顔が壊れる様は......ひひっ」


 ギシッ


「かっ、はっ」


 首に手がかけられ、ゆっくりと力が入っていく。視界が闇に落ちていく。


「ひひひひっ。 お休み、スノウ。 ふひひっ」


 ――その時。


「――!!?」


 ドガランブの側頭部へ痛烈な蹴りが入った。巨大な粘土の塊にハンマーを振り下ろしたような鈍い音が辺りに響き渡る。


「......あ、あなたは」


 スノウは唐突に現れた彼女に驚いた。力強くも美しい魔力を漲らせ、仁王立ちしている。



「ティラナ......」



 名を呼ばれたティラナはスノウを横目で確認しつつ、ニカッと八重歯を見せ笑った。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう......でも、なんでここに」


「たまたまあなたの魔力を感じてさ、来てみたんだよ。 ふふん、助太刀いたーすっ」



 可愛らしくウィンクするティラナ。


 ――ズシンッ。


 地響きが止まり、ジョッパーが到着する。その巨躯を見上げ、ティラナはビクッとした。



「うわお、でっかいな! こいつも敵?」


「......彼はジョッパー......大罪人であり死刑囚です」


 その時、ドガランブが口を挟む。


「おいおい、なに言ってやがる。 ジョッパーはもう死刑囚じゃねえよ。 一度は死刑が執行されてんだから、罪は無えぞ」


「ふーん。 そう」


 膝をつき意識が朦朧としているスノウを見ながらティラナは言った。


「でも、あたしの友達に怪我させた罪は、まだ償ってないからね?」


 真紅の魔力がティラナの体から立ち昇る。


「覚悟してよ」




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