第35話 はむ

 

「いってぇ、も、もう少し優しく......」


「いや、やってるけどね?」


 大きく腫れ上がった腕。おそらくは折れているのだろう。


(......ヒールつかえば一発だけど。 あんまり濃い魔力を流しすぎて魔力中毒になったらヤバいしな......こいつら魔力耐性低いし)


 ゴモン達レイドパーティーのメンバーを鍛え上げ始めてから丁度三週間が立った頃。それは起こった。


 俺が知らない内にゴモンらは独自に自衛団のようなものを結成していて、王都内の見回りを行っていた。今日もそれでゴモンは街へと繰り出し三人一組で治安維持に努めていたのだが、それは意外な人物により阻止される。


 その意外な人物とは。


 ガミラーヌという聖騎士の率いる一隊だった。


 彼らはゴモン達の動きをうっとおしく思っていたらしく、最もらしい理由......つーか因縁だな。理由をつけて叩きのめしたらしい。


「......相手のリーダー、上級騎士だったんだって?」


「ああ、まあ」


「強かったか?」


「......かなり」


 静かにうなずくゴモン。話によると、あそこを縄張りとしている彼ら聖騎士の一団は、遊ぶ金欲しさに裏の要人との取引をしていたらしい。


 奴隷商、娼館、金貸し。いずれもこの国の法の規定を違反するレベルでの商売を行っていたらしいが、奴らガミラーヌ一派が後ろ盾となり、表に露見しないよう働きかけていた。


 だが、ゴモン達の見回りによりそれを嗅ぎつけられ、しかたなく他言しないようにと制裁を加えた。


「けど、止めなきゃ......あんなこと見過ごしていたら、国が腐っちまう。 わかるだろ、ノワル......」


「ん。 ああ」


 いや、正直よくわからん。これまでこの国はそんな調子で上手くいっていた訳だから別に問題はないように思える。


 ただ......こいつが、ゴモンが真剣に人の為に生きようと必死なのだけはわかった。


(そんなに大切か......人が。 この国の民が)


「でもバーラが心配するぞ」


「......いや。 バーラはわかってくれる。 なんせあいつと出会ったのはあのスラム街だったんだから」


「......」


「あの頃の俺達二人は、毎日生きるのに必死で......店の食べ物を盗んだりして食いつなぐ日々だった。 この街の人間達にはそりゃあ迷惑ばかりかけちまって、時には殺されかけたりする事もあった......」


「まあ、そりゃそーだわな」


「ああ。 そーさ。 俺達はやり方は別としてこの街に生かして貰っていた......だから殺されても文句はなかった。 それはバーラも同じ気持ちだった」


 そうか、だからこいつら。


「けど、それじゃあ勿体ないだろ。 俺達に奪われた分なんて、俺達を殺しても戻ってこないんだから。 だから、何かしたいんだ......ここに生きる人間達に、何かを。 奪ってしまった以上の物を」


 これが原動力か。生きるためとはいえ、犯してしまった過ちを精算する。そのためには命すら惜しくない......だからハンターだったんだ。


「んー、まあ。 だったら、死ねねえじゃん。 ......お前らが生きて、償い続ければこの街の人間はずっとその何かを受け続けられる。 だから死ねねえだろ......ずっと生きて頑張れよ」


 来たな。向こうから白い外套を来た小柄な少女が走ってくる。手に持った杖によりそれが白魔道士だと確認できた。


「はあ、はあ......ごめんなさい、おまたせしました......」


「わりいね。 交代頼むわ」


「はいっ!」


「すまねえ、わざわざ......」


「大丈夫ですよ。 すぐ良くなりますから! ......ヒール!」


 該当部の腫れが一瞬にしてひく。本来であればヒールをするために怪我の症状を正確に理解する必要がある。だから、骨折なんかも折れている箇所、筋肉、血管を傷つけていないか等を知るために切開する必要がある。


 俺は魔力による触診によりそんなことをする必要もなくヒールできるが、普通はできない。


 この白魔道士も普通ではない、魔力の代わりに聖光気という聖女にのみ宿るエネルギーで同様の触診を行い怪我を診ている。


「やっぱりすげえよ、お前」


「......え」


「お前のヒールは美しい」


「......あ、ありがとう......ございます」


(......前の鬼族の一件で城内の聖騎士や手負いの人間を大勢ヒールしていたのはコイツだ。 だが誰一人魔力による後遺症が無かった......フツーはあれだけ完璧なヒールによる治療をすれば魔素が溜まり歩けなくなったり、最悪死に至ったりと、ヒールによる症状が出たりする......)


 それが無いって事は、無駄が無いって事だ。魔力と聖光気の絶妙なバランス......これほど綺麗なヒールは俺でも無理だ。


「あれ、そういえば、バーラさんは」


「......ああ、あいつはちょっと体調を崩していて」


「そうなんですか。 あとでちょっと様子を見にお伺いしましょうか?」


「本当ですか! ありがとうございます......!」


「ん、そーいや体調が悪いと言えば、ティラナは? 二日酔いはどーなった? 白魔道士がここに来られたって事はもう大丈夫なのか?」


「あ、いえ、まだ苦しんでますね。 でもあっちは二日酔いですから。 もうやめときなさいって言ったのに飲み続けたあの子が悪いんで......」


「確かにな」


「ところでノワルは王城に呼ばれて出かけたのでは? もう行ってきたんですか?」


「まあ、一応」


「? どういった要件だったんですか」


「聖騎士とゴモン達での交流試合の提案、ってところかな」




「「は?」」



 二人がそろってこちらを見てきた。






 え、なに?




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