第34話 時間

 

 星の流れる夜。


 宿にあるテラスへと出て、三人で星の海を見上げる。


「綺麗......」


「ねっ、すごーい」


 白魔道士とティラナの二人は、白光の魔石を闇にぶち撒けたような星空に目をきらきらさせている。


(百年に一度の星海......久しぶりに見たけど、こんなに綺麗だったっけ。 ......すげえな)


 いつもの宿屋に連泊をすることになり、俺達はゴモン達が悲鳴をあげるほどの鍛錬を一、二週間と繰り返し、やっとのこと基礎が全て叩き込む事に成功した。


 予定の七割。この調子であれば一ヶ月とたたず、あと一週間くらいで聖騎士達と同格......とまではいかずとも、近しいレベルの戦闘力にはなるだろう。多分。


「あ! あたしお酒もってくるよ! 星空眺めながらみんなでのもーよ」


 と、ティラナはポンッと手を打つ。


 おそらくは商店街を歩いていた時にいただいた和酒だろう。ティラナの美貌に惹かれたという酒屋の若旦那が持って行ってくれと手渡された物だが、あとで値を見てみるとかなりの上物だったことに驚いた。


「あれ、でもそれお前が貰ったんだろ? いいの俺等もいただいて」


「いーのいーの! 皆で飲んだ方が美味しいし! 楽しいし! お酒も嬉しいはずだよ〜!」


 そう言いながら、とててて〜と部屋の中へ入っていった。その時、白魔道士が「あっ」となにかに気が付き立ち上がる。


「どした?」


「お酒には、おつまみかと。 私、作ってきます」


「おまえ、酒のつまみつくれるんだ」


「簡単なものしか作れませんが......ノワルは料理するんですか?」


「んーん、しない」


 試みた事はある。あるにはあるが、絶望的にセンスがない。


「そうなんですか」


「そうなんです」


 ふふっ、と笑う白魔道士。何がウケたんだ?まあ、可愛いから言いけど。


「......」


「ノワルは」


「おん?」


 彼女は何かを言いかけ止まる。その視線は空を見つめていたが、確かに俺への言葉だった。聞き違いではない。


(えっ、どーしたんだ......)


「ごめんなさい、何でもないです。 行ってきますね」


「? うん、わかった」


 部屋への扉を開いた時に丁度ティラナが戻ってきた。


「たっだいま〜っ!! って、あれ? ミナトどーしたの? どこ行くの?」


「はい。 お酒にはおつまみかと思いまして.....!」


「はっ、そーか! なるほど!!」


「なので作ってきます!」


「あたしも作るー!」


 キャッキャと盛り上がる二人。思えば魔物も人も、この数年間においては誰ともまともに過ごす事も無かった。


 生きるか死ぬかの日々と、取り込んだ魔物の残留思念の痛みに耐えるだけの毎日。


(奥が......ぽかぽかする)


 体の芯が温まる。まだ酒を飲んでもいないのに。


 小さな頃、まだリーナと恋仲になる前の事を思い出した。ふわふわとした心持ちで会話が弾み、なんとも言えない幸福な時間が流れる。


 かけがえのない、淡く光るような、そんな流れる時。


 今まさにあの頃の気持ちと似て非なるものが俺を包んでいる。


(......感傷的になるなよ、俺......)


 憎しみの対象である人間。その憎悪ばかりを力に、糧に生き抜いてきたが......。


「ノワル」


 呼ぶ白魔道士。


「ん?」


 ティラナはペロリと舌をみせ悪戯な表情を浮かべる。


「ぼーっとしてるねえ、ノワル?」


 とろんとした目に火照った体。


「あれ、もう飲んでる!? って、ふぐっ」


 いつの間にか後ろに回り込んでいた白魔道士が俺をハグする。思いっきり当てられる胸。苦しい......!


「ノーワル♪」


「あ、え?」


 普段見せないような満面の笑み。見下ろすように顔を近づけてくる白魔道士。彼女の前髪がかすかに俺の額に触れている。


「ち、近くねーか?」


「そーですかぁ?」


 ふんわりと甘いような、花のような香りが俺の鼻孔をくすぐった。


 風呂上がりだからだろうか、尋常じゃなく良い匂いがする。


 酒の匂いが混ざり合い、夢見心地。


「ほらほら、ノワルが一番頑張ってるんだからさ〜! 飲んで飲んで!」


 つがれる酒を眺める。


「どうしたんですか、ノワル......?」


 小さな水面に映る星に、俺は思わず呟いた。


「......綺麗だな」



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