第31話 提案

 

 青い空と、鼻孔をくすぐる草の匂い。


 それに混じり漂う強烈な血の臭さと、人の叫び。


「......」


 飛び交う四肢、薙ぎ倒される樹々や粉砕される岩山。


 ゴゴアラとの戦闘が始まり僅か十数分。


「うわぁ! やめっ、ぐふ」「ぎゃああああ」「た、たすけ......誰かっ」


 ゴゴアラの鎧のような頑丈な表皮、強靭な足腰によるスピードと小回りを効かせる鋭い蹄。


 ろくにこの魔獣を研究してなかったレイドメンバー達はあっという間にその突進の餌食になり、もう四分の一も残ってない。


 みんな蹴散らされ、重症を負わされ伏していた。


「いやダメじゃん!! やっぱりダメじゃん!!」


 思わず声を上げてしまった。


「ノ、ノワル! ヒールを!!」


 白魔道士の言葉にハッとし、急いで魔力域を展開。白魔道士の手が回らない怪我人を治療する。


 その時、残りの二人となったハンター、ゴモンとバーラにゴゴアラの突進が迫る。


「うおああっ!!」「いやぁああっ!!」


 ――ドオォンッ!!


 鳴る衝突音。


 しかしその攻撃を俺は既の所で止めることに成功していた。


「っと、あぶねっ」


「な、な、な!?」「う、そ......か、片手で!?」


 あ、つい。急いでたから。流石に左手一本でゴゴアラの突進を止めたらヤバいな。


 ゴゴアラも自慢の突進を止められ、「ぶっ、ぶもおっ!!?」と困惑していた。


 俺はゴゴアラに魔物にわかる言葉で耳打ちした。


『左、森の中を突っ走れ......次、ここらで姿見せたらお前を殺さなきゃならない』


 理解した様子のゴゴアラは僅かに首を縦に揺らし、逃げていった。


 逃げていく魔獣の背をポカーンと見送るハンター二人。奴の姿が森の奥に消えた時、ゴモンが慌てふためき俺に声をかけた。


「な、ノワル......あんた、強すぎだろう」「......すごい」


「俺は強くないよ」


 いや強いけど.....あえて強くないと、言っておく。


「あのゴゴアラだって普通はこの人数いれば簡単にとは言わないまでも、狩れた相手だ。 お前らは未熟すぎる」


「......ッ」「......」


 この状況、突きつけられた仲間の被害と相まって彼らの心は折れる。


 んで、ダメ押し。勇者が殺された事により魔物が活発化しているという話をし、このままハンターのような戦闘職を続ければお前らの力じゃいずれ死ぬと言い聞かせる。


「これは噂なんだが、ここ王都や各地で魔物が活発に行動を起こし始めている。 もう戦闘で稼ぐ仕事は辞めたほうが良いんじゃないか?」


「そ、それは......できない」


 お?急に声を荒らげるゴモン。


「なんで? 死ぬぞ」


「それでも! ......俺は、確かに弱い......けれど、守りたいんだよ」


 俺を見据えるその目には覚えがある。


 あれは十数年前、人間の盗賊を皆殺しにしたとき。


「――死んでも......殺させないっ」


 そう言い放った頭目の言葉に重なる。その盗賊達は人の群れから弾かれた一族で、そういう生き方しか出来なかったのだろう。


 殺した中には勿論、女子供もいた。


 俺は奴らの懸賞金を得たが、また何かを失った気がした。その強烈な喪失感が今蘇った。


「......何を守りたいんだ?」


「王都の民だよ......お前らも知ってるだろ。 この国には聖騎士なんてものがあるが、その戦力は他国との戦争か王や貴族を守るためにあるんだ......この間の件ではっきりわかった。 鬼が出て、来たのは衛兵だけ......聖騎士達は全て王城に集結してた」


 確かに。街には聖騎士は一人もいなかったよな。まあ、見捨てられたと思っても仕方ないし、間違えではない。


「だったら、俺らが守るしかねえ......」


「その程度の力でか? そんなお前らが正義感発揮しても死体の数が変わるだけ......大人しく自衛しとけよ」


 ――なんて言葉を吐いたときに、感じた違和感。


 ......そうか。


「......ここにはよ、俺がガキの頃からつるんでたダチがいる。 その中には大人になって店を始めたやつも少なくない......」


「宿屋の......」


「! ああ、あいつもそうだな。 俺は......家族ともいえるあいつらのために、戦いたい......この間のような事があったときに、ちゃんと戦えるように!」


 家族、守る......ああ、そうか。


 こいつ、昔の俺だ。


 力もなく、けれど戦えると自信だけがあった......あの頃の。


「家族か。 まあ、わかるよ......その気持ち」


「......ノワル、お前も?」


「俺はもう失ってるけどな」


「......そうか」


 感情が麻痺し、ただの殺しをするだけの魔物。しかし、氷が溶けるように雪が春の陽により川に流れ始めるようにそれは必然だったのかもしれない。


 触れた熱は、記憶を呼び起こした。痛みと悲しみ、そして怒り。風化したと思われていたその記憶の感情を。


 だからこそ、白魔道士の言う通り救わなければならない。


「ゴモン、バーラ......ひとつ提案がある」


「「?」」



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