第26話 泡泡

 


 ――カポーン


「ふぁう」


 ぷかぷかとあったかなお湯の上をただよう。やっぱり温泉きもちー。


 スライム型の形状で流れ出るお湯の波に揺られ、その気持ちよさに目を閉じる。


(人型は疲れるからなぁ。 今日も白魔道士とティラナの旅支度に付き合って王都内をずっと女の姿で歩いてたから......)


 ティラナも鬼だということを隠すのに気を使ってへとへとになってんじゃないかな。


 幸い角が小さいのもあって帽子ひとつで隠せたけど。


「......あいつ、帽子めっちゃ喜んでたな」


 買ってやった帽子。ご機嫌になった彼女を思い浮かべる。


 俺の子も......何かプレゼントしたら、あんな風に喜んでくれたのかな。


 門番の仕事は俺にしか出来なかった。だから、任命されてからずっと子供には親らしい事をあまりしてあげられなかった。


「何か考え事?」


「うん、ちょっと」


 視線だけを動かし、声の方を見てみる。するとそこにはにんまりとするティラナがいた。


「......あれ」


「やっほ。 良いお湯だねえ」


 お、ティラナ。さっきまで夕食たべてたはずだけど、もう食べ終わったんだ。


 そんな事を考えてると、不意に俺は抱き寄せられた。


「あはっ、やっぱり柔らかいねえノワル」


「まあ、スライムだからな。 つーか、お前、怖くねえの?」


「? なにが?」


「なにがって......俺がさ」


「怖いって、何が?」


「俺はその気になればお前を秒で殺せるんだぞ?」


 俺が逆の立場なら、こんな力を持った相手なんて関わり合いたくないと思う。


 それは台風のような、地震のような、津波のような.....圧倒的な破壊を有する自然災害にも似た存在。


 そんな危険なモノの隣にいることはかなりのストレスなんじゃないか。


「ふふっ、そうだね。 でもノワルはそんな事しないでしょ」


「......しないけど」


「ほら」


「なんで信用できるんだ? 俺は魔物だが、人を護ろうとお前らの戦いを止めたんだぞ」


「んー、でもあれは私達を護るためでもあるでしょ? 冷静に考えると......あのまま続けて人を皆殺しにしていたら、どの道掟により鬼の一族は終わりを迎えていたしね」


 なでなでと俺の頭を撫で、彼女は笑う。


「ってかなんで今更? 案内役に逃げられたら困るんじゃないの?」


「いや、まあ」


 確かに、それはそうなんだが。


 でも、俺は......。


「おかしなスライム。 ふふっ」


「ああ、おかしいんだよ。 悪かったな」


 おかしい。確かに、おかしい。


「......あ、ティラナもいたんですね」


「お、白魔道士」


 浴室に現れた白魔道士。手ぬぐいを体に当て、ひたひたと歩いてくる。


「ノワルは渡さないよーっ」


 ぎゅうと抱きしめてくるティラナはべーっと舌を出して見せる。


「そう」


 白魔道士は短く一言。しかしその目はあのときの冷ややかな瞳になり、じーっとこちらを見てくる。


 こ、こわい!こわいから!


「お、俺、もう出るわ! ふやけて溶けちゃいそうだから!」


 ――ガシッ


 白魔道士を横切り浴室から出ようとした時、頭をすれ違いざま掴まれ、ひょいと抱き上げられた。


 ぎゅうとふくよかな胸に締め付けられ、苦しいはずが何故か心地よい。


(こ、これは......俺に勝るとも劣らずの柔らかさ!)


「じゃなーいっ! 俺はもう出るんだ! 離せっ!!」


「ノワル」


 白魔道士の声に、びくっ、と震える俺。強さでいえば身動きの取れないこの状態でも一瞬で殺せるくらいには、力の差はある。


 だが、逆らえない迫力がある。静かに喋る彼女だが、それが逆に怒気の色を明確にし、畏怖をもたらす。


(......殺したら俺も死んじゃうから、とかじゃなくて......なんか、こいつを怒らせるのは嫌だ)


 つーか、怒らせた原因も俺にはあまりわかっていないんだが。


「な、なんでしょうか」


 なぜ敬語ッ!


「......三人でもう少し。 この先の旅を共にする三人なんです。 お話、しませんか」


「あ、ああ」


 そういう事か。俺の勘違い......ってわけか?


 それならそれで良かった。


 ティラナがくすくすと笑う。


「なーんか、夫婦っぽいね? キミたち」


「「!?」」


 急な物言いに焦る俺。いや唐突に何言ってんねん!


 白魔道士もなんかジト目でティラナを睨んでるし。


 もう......へ、変なこと言わないでよねっ!


「な、なにを言ってるんです」


「ノワル、君のこと好きなんだねえ。 ふふっ、私と話しをしてる時より、表情に安心の色がみえる」


「おい、ティラナ。 彼女は......白魔道士は人間だぞ」


「? え、それが?」


 いや、え?それが......って、え?


「そんなん好きになったら関係ないじゃん。 って、いつまでそんなとこにいるのさ。 早く湯船にはりなよ〜」


 あ、と気がつく。俺はともかく、白魔道士は風邪ひいちゃうじゃんか。


「はい」


 返事をし、俺を頭の上へと乗せる白魔道士。あれ、なにこれここ居心地いいんだが?


 まるでオブジェのように彼女の頭上に固定された俺。いや、固定ではないな。バランスとってんの俺だし。


 白魔道士はそのままお湯を体にかけ、湯船へと浸かった。


「いやあ、しっかし......ホントに綺麗な肌してるねえ、白魔道士ちゃんは。 あ、白魔道士ちゃんて長くて呼びづらいから白ちゃんって呼んでもイイ?」


「はい、良いですよ」


「私のことはティラナって呼び捨てしてね。 あ、何かあるならそれでも良いんだけど」


「ないのでティラナで呼びます」


「はやっ!? もうちょっと考えてみてよ〜」


 うなだれるティラナ。それを見てクスっと笑う白魔道士。


 魔物にも人にも......おそらく、善と悪は平等に存在する。けれど、ことあるごとに表面化するものはいつだって悪い方であり、イメージを作るのはインパクトがでかく印象の残る悪の方。


 だから、こうして魔物と人が良くできることをすぐ忘れる。互いの悪いところが目立つばかりに。


 そうさ、人と魔物に差なんてない。


 魔物より強い人間だっているし、残虐な心を持つものもいる。逆に人よりも平和を愛し優しい魔物も。


 大切なのは、大きな力をどう使うか。


 俺は......正しい方へ向かっているのかな。


 白魔道士の言葉を思い出す。


 ......まあ、間違えそうになったら止めてくれる奴がいるから、大丈夫か。


 白魔道士とティラナが楽しそうに笑いあっている。



(......つーか、どうでもいいけど、胸でけえなこいつら)




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