第21話 遊び

 


 うわーお!聖騎士達が皆殺し!容赦ないねえ。


 残されたのはたった一人の軍団長か。部下を護れず、己の無力を痛感させる。これは精神にくるね。


 いやらしくてねちっこいやり方だなぁ。


「おまえらさあ、こんなことして楽しいの?」


 軍団長をいたぶって遊んでいたであろう、女。赤髪の鬼が答える。


「楽しいよ。 なんならアンタもまざる?」


「ええっ......いえ、結構です」


 なぜに敬語?と内心で自分へつっこむ。


「あはっ、遠慮しないでよ。 勇者が現れてから私達魔物は、ずーっと苦渋を舐めさせられて来たんだからさ。 あなたもたくさん辛い目にあったんじゃない? だから勇者が死んだ今がその時なんだよ」


「いや、でも掟が定められてんじゃん。 もうやめたほうがいんじゃね?」


 こいつらは復讐か。さっきの奴らと違う。


「......掟? それがどうしたの?」


 掟の効力ねえなこれ。......いや、でも改めて考えたら、そりゃそうか。


 簡単な事だ。むしろなぜこれでうまく魔物達を治められるのかと今になって思う。


(でもまあ、その理由も薄々......感じてはいたんだよな)


 多分、俺にはもう感情が殆ど無い。怨みは魔力に変わり、怒りは取り込んだ皆の記憶と共に力になった。


 決して消えたわけじゃないけど、でもこの鬼達のような激情にもなりえない。


 全てを魔力と力に変えてしまったから。


 掟なんか関係ない。定めたところで抑えきれるものじゃないんだ。


 誰かを想い、失い、悲しみ、生まれた復讐心は。


 でなければ、あの時俺は命を、全てをかけて......ここまで来られなかったじゃないか。


(そうだ、俺は人を憎み勇者を殺したいと願った......今では想いが掠れ、恨みは消えかけている。 けれど、この旅の始まりは確かにあった。 里を焼かれ、仲間を殺されたあの時には、俺の中にも......彼らの抱えているその想いは、確かに)

 彼らの姿があの頃の自分に重なる。


 ......でも、だからこそ――


「......とめないと、な」


「? なに? ......とめるって言ったの?」


「ああ。 悪いけど、お前らの復讐はここで終わりだ」


「へえ。 たかがスライムのクセに随分と偉そうに言うね」


 鬼の娘の体から赤いオーラが揺らめく。


「上級魔族に逆らったんだから......死んでも知らないよ?」


「おー、殺さないように頑張るわ」


「はあ? 身の程をわきまえろ、スライム風情が」


 揺らめいていた魔力が激しく唸りだした。まるで燃え盛る焔のように。


(ふむふむ。 この魔力量......こりゃあ人にはどうにもならんな。 言うだけのことはある)


 ――ズギャッ!!


 床を蹴り、秒を超え背後に周りこまれた。


「ほらっ!! ぶっとべッ!!」


 ドギャッッ!!


 蹴り上げるようにその脚を俺に撃ち抜く。


 その威力たるや強固な造りであるはずの城壁が吹き飛ばされるほどのパワー。


 割れた窓ガラスがキラキラと宙を舞い、がっぱりと開けた壁からは青空が覗く。


 ――黒いスライムの居た場所、一帯が跡形もなく蹴りぬかれていた。


「ふふん、跡形もなくふきとんだみたいだね。 可哀想に......」


「いや、俺が可哀想なのはいいんだけど.......これ王様泣くぞ。 城なおすのってかなり金かかるらしいよ?」


「......え?」


 鬼の娘が足元にいる俺を見下ろす。その目はまるまると見開かれ、まるで信じられないものを見るような表情を浮かべていた。


「あ、あれ? 空振ったかなぁ? あはは」


 頬を人差し指でかく、鬼の娘。


「空振ってねえよ、当たってたよ。 てか、お前暴れすぎ。 ちょっと寝てろ」


「......へ?」


 ズンッッ


「......ッ」


 鬼の娘は膝をつき、その場に倒れ込む。


 出来る限り魔力を込めず、俺は彼女に【空気砲撃エアバレット】を撃ち込んだ。


「えっ」「は?」「な、なんだ!?」「お嬢!! 大丈夫かっ!?」


 ざわめく鬼達。彼らには今、何が起きたかも分からなかっただろう。


「なあ、お前らのトップだせよ」


 鬼は群れで生きる。故にそのリーダーが言ったことは絶対で、そいつが決めたことなら皆したがう。だから頭を潰そう。


 一人一人相手にするのも面倒だしな。さっさと帰って温泉浸かりたいし。


「なんとも活きのいいスライムですね。 強さも申し分無い......よし、次は僕が相手です」


 一人の若い鬼が前に出る。


「お前がこいつらのリーダー......じゃねえか」


 それらしき鬼を探し周囲を見てみると、腕を組み、こちらをじっと観察している鬼がいた。


 明らかに他の鬼とは違い、立ち姿と纏う魔力が静かに力強く漂っている様からかなりの力を秘めていることがわかる。


(あいつか)


 それに気がついた若い鬼が腰の刀を抜き、こちらに向ける。にこにこと笑みを浮かべる少年のような男。


「ふふっ、あなたは僕にすら勝てませんよ」


「......へえ、自信満々じゃん」


「僕、いままで負けたことが無いので」


 言うだけあるな。まったく隙がない......半脱力状態で様々な攻撃が来ても対応できるよう、踵を浮かせている。


 魔力の動きもなめらかで力強い。


 かなりのモノだな。


 鬼は名乗った。


「......シナトと言います」


「ん。 俺はノワル」


「行きますよ」


 場の空気が張り詰める。


「あ、ごめん、ちょっと待って」


「? はい......もしかして、今更怖気づいたんですか?」


「うんにゃ、ちげーし」


 このまま戦ってもいいんだけど、あいつの刀みて俺も使いたくなった。


 ――ズズズ


 人形へフォルムチェンジ。男バージョン!


「! 君は、人にもなれるのか!?」


 鬼達がまたもざわめく。まあ、これフォルムチェンジって普通に俺やってるけど、かなり高位の魔族にしか使えないから驚くのも無理ないけど。


 手のひらから刀を吐き出す。亜空間魔法、俗に言うアイテムボックスにおいてあった物で、名を【黒刀・天冥】


「......ふ、まさかアイテムボックスまで......どこまでも規格外なスライムですね」


 俺は刀を鞘から抜き、ヒュンと一振りする。


「さ、いいぜ。 久しぶりの剣術勝負だ」


「けれど、君は僕には勝てない」


 ――ゆらりと鬼の姿が消えた。




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