第20話 危機 (スノウ視点)


〜王城〜


 ――東階段、大広間前。


「あっれえ? どうしたん、スノウ軍団長? ......もう、おしまいなん?」


 くるくると赤い頭髪を指でいじる、色白の鬼。赤い瞳で私を見下ろしている。


「......ぐっ、ぁ......っ」


【鬼神滅団】の団員でありナンバー四、【深紅のティラナ】の拳による腹部への一撃。紙一重でガードをするも、その破壊力は凄まじく、ヘルムと上半身の鎧が砕かれ、片腕と両肩部分しか残っていない。


(......魔法による強化特殊加工を施した鎧が、紙クズのように簡単に割られるとは......なんという膂力......)


 それはあっという間の出来事だった。


 鬼達が王城の前に現れ、一瞬にして部下達の首が落ちた。


 それはなんの誇張でもなく、文字通り一瞬だった。


 決して殺された部下達が弱かったわけではない。彼らもこの国の各地で活躍、そして王都の軍に所属するに至った上級騎士なのだ。


 しかし、こいつらSSSレートの魔族はやはり、普通の魔物とは別次元の力を持っていた。


(......私の力ですら......勝負にならないのか......! ......ナンバー四にすら......!?)


 勝ち目が無い。どう転がろうと、最早遊ばれ殺される未来しか見えない。


 ――いや、まだ......だ。


 ガクガクと揺れる膝。割れかけている心を麻痺させ、かろうじて立ち上があった。


「ごほっ、がふっ......」


「おっ、いいねえ。 こんなんで死なれたら興冷めもいいところだしね。 ほら、今度はあなたがあたしに攻撃していーよ?」


 そういうとティラナは何もまとっていない白い腹をさすった。


「同じところ......きなよ? あたしはガードしないから」


「くっ、なめているのか、貴様......」


「なめられてもしかたないっしょ」


 ギリッと歯が鳴る。怒りと恐怖、悔しさが混ざり合い頭が破裂しそうになっている。


 ――魔力を、宝剣に集中......。


(......全魔力を込めた私の全力の突きなら、絶対に殺せる......こいつだけでも......道連れに、少しでも戦力を削いで逝く......!)


 剣を構え、全身に魔力を巡らせる。しかし、ティラナはあくびをしてこちらを挑発。更にはポンポンと腹を叩いた。


「ふふっ、はいどーぞ」


 ――ミシッ


 握る柄の音と鬼どもの笑い声が私の中に響く。


「――はあああっ!!!」


 突進と共に突きを放つ。その剣速は、先程負ったダメージが深刻なモノにも関わらず、今までで最も疾い一撃だった。


 ――ドッ!!!


「な、え?」


 奴の腹部へ直撃。宣言通り、ガードをせず両手を頭の後ろに組んでいた。


 だから、なにも遮るものなんてない......ないはずなのに。


「......こ、れは......」


 私の剣はティラナの腹部を貫くことはなく、止まっていた。表皮、薄皮一枚傷が無い。


「ふふん。 残念、ダメージ無しだねえ......あなた程度が全力を出したところで、あたしの魔力を纏ったおなかは貫けないって事だね。 これ、なめられてもしかたなくない? あはっ」


 信じられない光景。明らかに腹部に突き立てられている切っ先が、僅かにも刺さらず止まっている。


「......は、ぇ......?」


 これが魔力差が為せる技なのか、現実を受け入れられず、最早力の入らない手は持つ剣を滑り落とした。


 ――ガラン


 ズイッと顔を近づける鬼の少女。


 真っ赤な瞳が私を覗き込み、にっこりと妖艶に微笑む。


「ふふふっ、ほら......泣いてもいいんだよ? これからあなたは王の前で無惨に拷問され殺される。 怖いねえ? 嫌だねえ?」


「......わ、私は」


 まずい、脚が動かない。頭が回らない。


 ガチガチと歯が鳴っている。


 だ、誰か......。


「はあ、はあっ」


 呼吸ができな、苦しい。


 笑い声がうるさい。


 私は、殺されるんだ。ごめんなさい、お母さん......ごめんなさい、皆......何も守れなくて、ごめんなさい。


 ――ズガッ


 膝に力が入らなくなり、地面へと跪く。


「なに、おまえ」


 ?


 不意に鬼が困惑した声を漏らした。


 頭をあげると、奴らの視線が私ではないどこかへ向けられているのがわかった。私の横。


 私もならうように横を見れば、そこには一匹のスライムがいた。


「よお、大変そうじゃん」


 鋭い眼差し。深淵から這い出て来たかのような、漆黒の――


「......は?」


 ――眼光の鋭い、スライム。


「......あ、え? ......ス、スライム......?」


「ん? ああ......スライムですけど、何か?」


 その最弱の魔物は、私を守るように前に出た。





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