第19話 変質


「それはダメですね」


 白魔道士が頷いた。って、え?ダメですねって、なにが?


「......?」


 言った意味を理解しようと頭を働かせる。


 あ、そうか。......死にたくないって事?今の話を聞いて死を意識してやはり命が惜しくなった......?


 ......。


「まあ、でもさ、お前も......」


 お前も勇者パーティーの一人だったんだ......殺されても仕方ないだろ。と言おうとして、目を見る。


 すると彼女は俺の目をまっすぐに見返してきた。


(......やめろ。 俺をそんな目で見るな)


 彼女の悲痛な表情。その瞳に色濃く映し出されているのは、哀れみか悲しみ。


「ノワル......何も悪いことしてないじゃないですか。 里を焼かれ、家族を、友達を、全てを失くしてしまって......そんな悲しい最後を迎えるなんて、そんなの、絶対にダメです」


「......俺が決めた事だから。 別にお前にそんなことを言われる筋合いはないよ」


 なんか苛つく。俺にしかわからない痛みをまるで見てきたかのように語るこの女に。


 ......同じ名前だからなのか、妙な気持ちになる。


「それでも、ダメです」


「なんでだよ。 ......お前もしかして、やっぱり死ぬのが怖いのか?」


 でもコイツ......あのとき本当に死のうとしたんだよな。


 あのときの、自刃しようとし刃に込めた力は本物だった。


 じゃあ、なんでこんなに嫌がってるんだ......わけがわからん。俺、ちょっと混乱してるな。


「あ、そっか」


「?」


 俺の問に答えずに、彼女は短剣を腰から抜きそのまま首に刃を当てた。


「な、なにしちゃってんの?」


「あなたがどの道死を選ぶというのなら、せめてそのまま......勇者達を討った魔獣の英雄として生を終わらせます」


 は?......え?俺を......殺すってこと?


 ははっ、すげえなコイツ。


 このスキルを手にして、数多の能力を得て最強の魔獣となった俺。


 あれからこれまで俺が誰かに殺されるだなんて想像することなんて一度もなかった。


 けれど、確かに今......彼女がその刃を引き死ねば、能力を失った負荷により俺も確実に死ぬ。


「ははっ、やれるもんならやってみろよ。 ......今度は誰も止めないぜ」


 絶対にやる。そう俺は確信していた。けれど、なぜか口から出た言葉は謎の煽り。


 ――白魔道士は、俺の目を真っ直ぐに見て


「はい」


 微笑み、刃を滑らせた。


 キン――ッ


「......? え?」


 しかし、そのナイフから刃が消える。引いたナイフに命をかき消す力はなく、彼女は不思議そうに柄しかないそれを見つめる。


 刃を引いた瞬間、俺は【空気砲撃】を高速で放ち、ナイフの刃の部分を撃ち抜き地に落とした。


(......笑って、死ぬのか......)


 マジで底なしのバカだな、こいつ。だけど、少しは救われたか......心が軽くなった気がする。


 まさか人間に変えられるとは......人に与えられた痛みが、人により癒やされる。


 不思議なもんだな。


「あー、もう。 わかった、俺の負けだ......死なれたら困る。 てか、俺まだ死ぬわけにいかないから」


 と、頭をかきながら白魔道士をチラリみれば。


「まだです......!!」


 もう一本ナイフを抜いていた。


「――なッ!? オイオイ、まてまて!! わかったから!! 落ち着けって!!」


「......わかった? 何がですか?」


 何がって、そりゃ......。


「別の道を見つけるよ。 ちゃんと、胸張って逝けるような」


「......うんっ」


 にこっと微笑む彼女は、満足そうにナイフを収める。


 どこか重なる彼女とあの子の影。


 俺は、俺が感じているこの苛立ちが何なのかわからない。


 しかし一方で、彼女の笑顔に安らぎを覚えている自分がいる。


(......不思議な少女だな、この子は)


「あ、あの......」


 衛兵が震える声で話しかけてきた。


「......そろそろ、お話ししても良いですか?」


 あ、黙っとけって言ったままだった。これはすまんな、衛兵。


「ごめん、もういいよ」


「話の流れ的に、残党の命を奪えない事は理解しました。 しかし、どうにかできませんか......このままだと起きればまた市民に被害が......」


「ああ、大丈夫。 そのつもりだから」


 ――人差し指に魔力を集中。


(......俺の体の一部を使って、圧縮、加圧、形成)


【自己変化・鎖《ブラッディチェーン》】


 指から細い鎖がとめどなく溢れでる。


「おおおっ!? な、なんですか、これ」


「なにって、鎖だけど......あ、大丈夫。 これほっせえけど、絶対に千切れないから」


「え、すごい......じゃなくって!! 何もないところから鎖を出すとか、なんなんですか!! アイテムボックス!? 錬金術!? これほど高位魔法、国中の特級魔導師ですら扱えませんよ!!?」


「ああ、これはどっちかというと錬金術かな。 ってかさっき話聞いてたんじゃないのか? 俺は魔族だ......最強のな」


「最強の魔族......だから、これほどの魔力量を込めた物質を? 信じられない......」


 ぶつぶつひとり言を言い始めた衛兵。大丈夫か?


「とにかくこいつらこの鎖で縛っとくから。 この件が終わってからこいつらの処遇は考えようか」


「わ、わかりました......」


 よし、そんじゃあ面倒くせえからそろそろ終わらせるか。


「白魔道士、いくぞ」


「はい」


 衛兵は不思議そうに聞く。


「え、え? どちらに?」


「城だよ。 さっきお前が言ったじゃん。 王城にこいつらの別働隊が攻め入ってるって」


「え、はい......え? 戦いに行かれるんですか?」


「もちろん。 多分、城の兵力じゃ敵わないだろうしな」


「け、けど、いくらあなたが強いといっても、奴らのボスには勝てるかわかりませんよ......」


「いや大丈夫。 俺......最強だから」



 あれ、さっき言ったよね?





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