第16話 理不尽 (衛兵デネル視点)

 


「え、衛兵さん......」「どうにかしてください」


「し、しかし......」


 俺は衛兵デネル。市民の安全を護るのが仕事だ。今もその為にこの場にいる。


 ここは昨日までマーニアルという孤児院だった場所で、魔族が出入りしていたという噂がたっている。


 いや、こんな街中に魔族が居るわけないだろと、そう通報者をなだめようとしたが、明らかに魔力の痕跡が遠目でも見て取れた。


(あ、あれはかなりの魔力量......しかもおそらくは居るのは一匹や二匹じゃない。 これは聖騎士団を呼んだ方がいい......)


 ノワルさんという女性に言われ、昨日の夜に魔力を空にして寝たことによる疲労が残る俺では......い、いや、それを抜きにしても対処できない圧倒的魔力の雰囲気が。


 これは......どうにも出来ない!


「あんた、衛兵だろ?」「はやく!」


「......これは、私一人では対処しきれないです。 応援を呼ぶので皆さんあの屋敷には近づかないでください」


 まあ、近づきたくても無理だろう。あの敵意にみちている魔力の中をかいくぐるのは上級騎士や魔力耐性の強い人間だけ。


(しかし、なんで......他の街ならともかく、勇者が拠点としてるこの王都に来るなんて......死にに来ているようなものじゃないか)


 その時、国王軍の専用魔導携帯端末に連絡が入る。


『極秘事項:本日未明、勇者、戦士、黒魔道士の死亡を確認。 王都付近での戦闘形跡有り、外門緊急閉鎖。 王都内に勇者を殺害した魔族侵入の可能性有り。 要警戒』


「......は?」


 勇者、戦士、黒魔道士が死んだ?え、嘘だろ?誤報か?......いや、違う。誤報なんかじゃない。ここに流れる情報は全て真実だ。


 でも、だからこそ信じられない。彼ら勇者パーティーのメンバーは人を超えた力を持つ加護持ちだぞ。


 あれが有る限り、どんな化物にも負けない、ほとんど無敵とも言える能力を有する。


 だからこそ、超越者と言われた魔王を討伐することが出来たんだ。なのに、なぜ......なぜだ?


(あの屋敷にいるのが......そうなのか? だとしたら、勝ち目は無い......は、早く魔導端末で連絡をしなければ)



 ―――ギィ



 扉が開き現れた魔族。人の街であることも忘れているかのような、堂々とした振る舞い。


「ふぁーあ、ボスからの要請だ」「王城を攻め落とすか。 俺等は街中の人間を襲えばいいんだろ?」「そうそう」


「あーあ、もう少し寝ときたかったなぁ」「寝てる場合か? ボスからの命令が出たんだぞ?」「あ、そうか! へへっ、殺しまくるぜえ?」


 その数、約二十。


「な、あ......あ」


 屋敷からぞろぞろと魔族達が出てきた。その魔力は見るだけでも高位の魔族だと言うことがわかる。


(あ、あれは......勇者が現れる前、各地で村や街で人々を襲っていた......!?)


【鬼神滅団】戦闘に長けている鬼族のなかでも更に強い力を持つもののみで構成されている戦闘集団。(S〜SSSレート)


 団員は衣服に角と鬼の文字が入ったマークがある。


 ほ、本当に実在したのか......し、しかしこの途方もない魔力と威圧感は間違いなく本物だと、俺の中の本能が訴えてくる......!


 リーダーのSSSレート【鬼神・ゼノ】は居ないようだが、あの先頭にいる髪の逆だった赤鬼は、幹部の一匹【豪鬼・アルガデラ】SSレート。


 奴は一人で街一つを落とした事のある化物だ......。


(は、早く......助けは)


 ふと魔導携帯端末を見ると圏外の表示。


「!?」


 な、なぜ!?どうしてこのタイミングでっ!?さっきまでなんともなかったのに!?これは、この状況は......ヤバい!!!


「おっ、あいつ衛兵じゃねえか」


 魔族の一匹がこちらに気がつく。


「衛兵なんか構っても面白くねえんじゃね」「そうだなぁ、でも邪魔されたらめんどくせえからな」「殺っとくか」



 ―――惨劇。蹂躙。まるで......世界の終りを謳う物語のよう。



「きゃああ」「た、助けて」「うわああっ」


 あちらこちらから悲鳴が飛び交う。


 髪を引っ張られ押し倒される女性。蹴り飛ばされ転がる青年。頭を掴み上げられる赤子。



「......や、やめろ......やめてくれ......」


「あ? なんて?」「ふひひっ、脚が震えてら」


 こ、殺される......応援は無い。助けは無い。俺は......ここで、殺される。


 嫌だ、嫌だ嫌だ。まだやりたい事たくさんあるのに。母さんに、まだ何も返せてない......俺が死んだら、誰が。



 まだ、死にたくないっ。


 気がつけば頬に涙が伝う。



「ぶふっ、おまえ! なに泣いちゃってんの!?」「さいこー!」「今まで見た中で一番おもしろいなこいつ」


 大声で笑う鬼達。


「けど、まあお前ばっかに構ってらんねえからよ......死んどけ」


 鬼は手に持っていた大斧を俺目掛け振り下ろした――




 ――ブンッッ






 あ......し、死んだ。



 ごめんなさい、ごめんなさい.....母さん。










 ......?








 いつまでも訪れない衝撃に、薄っすらと目を開ける。すると......


 信じられない事に、斧は俺の顔に当たる寸前で止まっていた。


「うっ、ぐ、......え?」


 いや、違う......正確には、誰かが俺の前に立ちはだかり、その凶器が落とされるのを止めていた。



「やっほー、衛兵」


「......は?」


「ん? お、この感じ。 昨日はちゃんと魔力をからにしてから寝たんだな......おまえ、教えたことしっかりやってるのな」


「え、あ、はい......って、え? な、な......ノワルさん!? なんで!?」


 信じられない事に、鬼の一振りを彼女は片手で止めていた。一撃を放った鬼は驚き、周りの鬼も目を見開き動けない。


「ど、どうしてここに」


「ん? なんかさー、王都の外にでらんなくて。 アンタなら何か知ってるかなって、聞きに来たんだけど......」


 斧を掴まれていた赤鬼は後方へと飛び退く。


「もしかして、こいつらのせい......か?」


「そ、そうです......信じられないかもしれませんが、彼らが勇者を......勇者とそのパーティーのメンバーを殺害したんです。 だから彼らの侵入を防ぐために緊急で門が閉じられたみたいで......しかしもう既に奴ら鬼は王都の中へ侵入していたみたいです」




「あー。 ......え?」




 にわかには信じられない、ノワルさんはそういう表情をしていた。あるいは絶望の表情か。


 当然だろう。勇者パーティーといえば最強のチーム。百戦錬磨の彼らが負けるなんて......誰も、夢にすら思わない。



 この国の......世界の終わりだ。


「そして今、王都を蹂躙し王城に進行すると......おそらくは今頃城には彼らの別働隊が」


「へえ、成る程......そりゃ大変だねえ」


「って、それより俺達も逃げないと......!! ノワルさんがいくら強くても彼らには勝てないです!! 殺され」



 その時、ふと気がつく。


 周囲の静けさに。



「え、な......あれ?」


 人々に暴虐の限りを尽くし暴れ回っていた鬼が全て横たわっていた。


 そして怪我を負った住民をノワルさんと一緒にいたヒーラーが治療を施している


(......あ、あれ? 確かさっきまで......え? なんで鬼が倒れて?)


 ノワルさんの前に立つ鬼たちが彼女を睨みつける。その中の幹部アルガデラが静かにノワルさんに聞いた。


「お前......は、一体なんなんだ? あの動き......人間ではないな?」


 聞かれたノワルさんは両手をひらひらと振り、問に答える。


「おれがなんだって別にいいだろ。 つーか、お前ら......その衣服の紋章からして【鬼神滅団】のやつらだよな?」


「お、おい......てめえ、俺らが【鬼神滅団】の者だと知っていてその口の聞き方かっ!?」


 と、赤鬼の中でも下位の者が苛立ちをあらわにすると。


 ――チッ


 ノワルさんの微かな......小さな舌打ち。しかし、その場のすべてのものが凍りつくような怒気をはらんでいた。


「こっちが質問してんだよ。 おまえ、死にたいのか?」



 ......。





 え......なにこれ、ノワルさん怖い。


 ノワルさんも質問答えてないのに。怖いから言えないけど。






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