第13話 向上心

 

 夜は魔獣が活発になる。かくいう俺も日が暮れ空が闇に塗られ始めると目が冴え、心なしかワクワクし始める。


 まあ、だからそんなわけで宿をとった。


 今夜はこの宿で泊まってから旅へ出ようと思う。いや、まあおれがいるから別に魔獣に襲われたところでって話なんだけど、疲れが溜まってると怪我とかしやすいからさ。


 どっちも治せるけど。


 でもストレスはやばいからね。あれは気がつけばじわじわと首根を絞めてるある種の毒と同じ。万病の元ともいわれてるし。


 つーわけで、疲れた体を癒やす目的で温泉つきの宿をとり、只今入浴中です。


 もちろん人間モード解除してぷかぷかお湯に浮き、満喫しております。


「あー、いい湯だね......気持ちいいかい、白魔道士」


「......はい、とっても。 しかし、良かったんですか......ここかなり大きな旅館でしたけど」


「いいのいいの。 こういうときくらいしか金なんて使う機会ないから。 おまえも洗脳されて疲れっつーかストレスっつーか溜まってるだろ。 はねのばせよ......明日からキツイ旅が始まるんだからな」


「わ、わかりました。 ......あの」


「ん?」


 上目遣いで俺をみる白魔道士。


「......すこしだけ、お体を触らせていただけませんか? その、触り心地良さそうで......あ、い、嫌なら良いんです」


 え、どゆこと?体って、おれの?


「柔らけえだけだぞ。 まあ、いいけど」


「! ありがとうございます!」


 近寄ってきた彼女にぎゅうっと抱きしめられる。こ、これは......柔らかさでいえばコイツも同等では!?


 特にこの胸は......!!


「ふふっ、凄いすべすべでぽよぽよ。 とっても柔らかくて気持ち良いです」


 !?


 焦ったあ、おれの心の声丸聞こえかと思っちゃったよ。思ってることそのまま言うんだもん。いや、でも同じじゃねえな......これは良い機会だ。おれの人間モード(女)のクオリティアップに努めたいと思います。


 人型に変身。


「きゃっ」


「あ、ごめん」


「ど、どうされたんですか?」


「ちょっとクオリティアップのための観察を......しっつれい」


 まずは胸。なんでこんな柔らかいんだよ......スライムが柔らけえ世界一じゃねえのかよ!このままじゃ負ける......だからコピーだ!これに近づける!!


「......ノ、ノワル......あのっ、あ......」


「あ、すまん、勝手に......」


 息の荒い白魔道士。痛かったか?


「......い、いえ、大丈夫です」


「あ、そう? 普段人間をこの距離で観察したことなくてさー。 あ、こっちもついでにいい?」


「え、え!? あっ......まっ、は」



 ――カポーン




 色々と勉強になり、かなりのクオリティアップに繋がった。


 俺は大満足だ。あとは男の体を直に見て、触れて、クオリティアップをはかるだけだな。宛はないけど。


 しかし......


「白魔道士、大丈夫? のぼせたのか? 顔真っ赤だけど......」


「......い、いえ。 あの」


「お、どうした?」


「ノワルって、オス.......なんだよね?」


「うん」


「......そっか」


「......」


 いや、なにがっ!?


 なにがそっかなの?白魔道士の様子がおかしくなっちゃった!!機嫌損ねたか?温泉から出たあたりからどこか態度もよそよそしいし......どうしよう。つーか、顔赤いののぼせたんじゃなくて病気か?風邪ひいたのか?


 寝るときに診てみるか。風邪ならいいな。おれ、治せるし。



 ――寝室にて。



「お、おやすみなさい......」


「......おやすみ」


 めっっっちゃよそよそしい!!


 会話もあんま無かったし!!


「......あの......白魔道士?」


 呼びかけても返事がしない。それどころか、かすかに聞こえる......これは寝息?


 余程疲れていたんだろうな。一瞬で眠りについちまった。


 ゆっくり寝るといい。明日からはつらい過酷な旅が始まるんだからな。


 ......っと、そのまえに。


 俺は彼女のベッドへ潜り込む。体温測んねえとな。


 えっと、ふむふむ。湯上がりで時間もそんなにたってないことを踏まえると、妥当な平熱だろうな。


 安心安心。さて、戻るかね。


 ――ぐっ、ぎゅう。


 へ?あの......。


 白魔道士は俺を抱きしめ、胸へと埋める。


 むぐ、むう!?


 お、おい!はなせ!苦しい......!


 あまりの圧力に声も出せない。


 その時。


「......おとう、さん......」


 少女の頬を涙が伝っている事に気がついた。


「......」


 まあ、あったかいし良いか。別に居心地悪くはないし......むしろ



 ......。



 おれは呟くように、「おやすみ、ミナト」と言って眠った。



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