第27話 私が出来る事なら何でもやります
ルーカスを抱っこしていた私、アウロラは王妃様に連れられて王都の病院へとやって来たのですが、壁を白漆喰で塗られた簡素な個室で、ベッドに横たわるキャスリン様を見つめただけで、両目から涙がダバダバ流れ落ちてしまいました。
私なんて醜い事を理由に離れ家に追いやられて、醜い事を理由に外に出る事も禁止されて過ごしていましたが、稀に見る美しさが理由で、親の利益のために体を売り続けるような行為を強要される人もいるわけなんですよ。
「キャスリンさん、私、アティカス様の婚約者のアラベラと申します。ルーカス君って私が名付けたんです。乳母のマリアさんと一緒に頑張って育てているので安心してくださいね!ほら!ルーカス君!ママだよ!」
私の言葉に包帯を顔に巻いたキャスリン様は驚いた様子で紺碧の瞳を見開くと、ポロポロと涙をこぼしていったのです。
すると王妃様が、
「ほら、寝てばかりいないでそろそろ起き上がれ。包帯ももう取れるほど症状は改善していると話には聞いているぞ!」
無理やりキャスリン様を起こすじゃないですか!
王妃様はボジュフ帝国のお姫様で、我が国に輿入れされてきた方なのですけど、男の方よりも男らしいというか、ざっくばらんというか、
「ほら!起きろ!起きろ!」
と言いながら、キャスリンさんをベッドサイドに座らせてしまいました。
「お・・お・・王妃様!そんなに無理やり起こして大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、そもそもこいつは一人でトイレにだって行っているんだぞ?」
「ええー?本当ですかぁ?」
病室が狭いため、ルーカス君を抱っこした私と王妃様しか入って来ていないのですが、外には護衛の人も侍女さんたちも待っています。
助けを呼んだ方がいいのかしらと思案しているうちに、しっかりとした様子でキャスリンさんが座ります。
寝衣姿のキャスリンさんは、顔をぐるぐると包むような形で包帯を巻いてはいますが、包帯の上の方まで浸出液で汚れているなんて事もなく、清潔に見えます。
「アティカスがな、家族や使用人の感染が発覚した時点で、兄の嫁には病の進行を遅らせる刻印入り魔石を置いて、家族には病を進ませる刻印魔石を置いて、両者の症状の観察を家令に続けさせたんだそうだ。お陰で、ほら、見てみろ」
遠慮がない王妃様は、キャスリン様の顔を覆う包帯をあっと言う間に外していくと、シミとシワに覆われた女性の顔が現れました。
この世代で1番の美女と言われた面影は今はなく、病によって侵された皮膚の硬化と伸縮で年齢よりも20歳も30歳も上の年齢に見えます。
「あっ、気にしないでください!」
よっぽど私は変な顔をしていたのでしょうか、キャスリン様は慌てたようにして、
「私、今の自分の顔を気に入っているんです」
と言って、自分の顔に手を触れました。
「今までの私の顔は呪われた顔だったんです。今はこんなふうになってようやっと解放されたように思えて」
キャスリン様はそう言って恥ずかしそうに笑うと、王妃様は小さく肩をすくめてみせました。
「お前を搾取し続け、苦しめ続けたダニング伯爵家は禁製品の密輸と人身売買がようやっと表沙汰となり没落。当主夫妻は鞭打ちの末、鉱山労働を六十八年の刑期で行う事になったのでな、お前の帰る場所はないから、私が経営している女性の保護施設へと行くことになる」
「りょ・・両親は捕まったんですか?」
「ああ、お前が言う場所から裏帳簿一式を発見したお陰で、人身売買組織も芋蔓式で捕まえることが出来たぞ」
王妃様は非常に大雑把な感じでキャスリン様の頭をぐりぐりと撫でると、
「そうだ、早く子供を抱っこしろ、抱っこしたかったんだろ?」
と言って、私からルーカス君を受け取って、キャスリン様の腕の中に押し込みました。
「前にも言ったが、お前がこの子供を育てる事は出来ないが、アラベラが慰問という形で施設を訪れるから、その時にはこの子に会うことが出来るだろう」
キャスリンさんは震える手でルーカス君を受け取ると、優しく抱きしめながら泣き出してしまいました。
感動の親子の対面だけど、そうですよね、女手一つで育てるのは大変でしょうし、そもそもルーカス君は侯爵家を継ぐかもしれないので、私たちで責任を持って育てなくてはです。
「あの、王妃様、保護施設って一体なんなんですか?」
「うん?」
気さくな王妃様は私の方を振り返ると、わかりやすく説明してくださいました。
美しい事が全ての我が国では、年老いて醜くなったという理由で離縁される女性が貴族や平民の富裕層に非常に多いのだそうです。
年取ってから離縁されても実家に戻るわけにも行かず、路頭に迷う女性が本当に多いのだそうで、世を儚んで自殺を選ぶ人もいるそうです。
醜くい事が理由で虐げられてきた私ですが、美しくってもキャスリン様のように散々な目に遭うこともあるし、無事に結婚できた後も、老いが原因で離縁だなんて、はっきり言ってめちゃくちゃです。
「美しいが全てなんて言いながら、一部の男どもが好き勝手にやらかす男尊女卑が著しい。そんなこの国をぶっ壊すのが私の夢でな、まずは世の中から弾かれた女性たちを集めて反旗を翻すことを目指して私は頑張っているところなんだよ」
困った女性たちがすぐさま駆け込めるように、修道会と連携をしながら保護施設を立ち上げたのは王妃様が輿入れしてきた年のことで、以降、虐げられてきた女性たちが独り立ち出来るように教育と支援を行っているという事だそうです。
「キャスリンは腐っても伯爵令嬢だからな、施設に移動後はマナーの講師として働いてもらおうと思っているわけだ。貴族家に奉公に出るにはある程度のマナーが必要となるし、教育を受けたいと言う人間は結構な数、居るような状況なのでな」
「わかりました!講師をするキャスリン様の所にルーカス君を連れて行くため、最初の顔合わせをしてくださったというわけですね!」
私の言葉に、恐縮した様子でキャスリン様が頭を下げます。
「本当に申し訳ありません」
「いいえ!いいえ!大丈夫ですよ!」
本来なら、キャスリン様はアビントン侯爵家の時期侯爵夫人として威張っていても良いお立場なのです!みなさま、軒並み病でお亡くなりになった関係上、キャスリン様も病で亡くなったという事にしなければならず残念です。
「ですがキャスリン様?平民として暮らしていくのは大変だと思うのですが、キャスリン様は大丈夫なのですか?」
最近、私自身が家を追い出されて平民身分となったつもりでいたわけですが、私にはメイドのコリンナやコーバさんがいたから何の問題もなかったし、元々の生活が平民並みに質素だったので問題なかったですけど、キャスリン様は生粋のお嬢様だもんなぁ。
「色々とご迷惑をかけるとは思うのですが、正直に言って、平民になれてほっとしているんです。それに、新しい生活には希望しかないように思えるんです」
キャスリン様はルーカスの頬を指先で触りながら、
「ママは時々会えるだけで幸せ、アラベラ様、ルーカスの事、よろしくお願いします」
と言って頭を下げて来たのでした。
「これからキャスリンは、キャリーと名前を変えて、我が国の女性の地位向上のために生きていってもらう。頑張れよ」
王妃様がにこやかに言うので、私だって黙っていられません。
「王妃様!私も!私も我が国の女性の地位向上のために何かさせてくれませんか?」
「うん?」
「黙ってられないんです!私、刺繍以外、大したことは出来ないんですけど、悲しい女性が少しでも少なるように、私に出来ることは何でもやります!協力させてください!」
「本当か?」
王妃様は目が細くてシュッとしたクールな顔立ちをした方なんだけど、この時、私の言葉を聞いて、何とも言えない喜びの笑みを浮かべたのよ。
ああ、あの時、私はなぜ、何でもやりますなんて言ってしまったのだろう・・・
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