第26話  それはこの世の地獄でした

私、キャスリン・ダニングが産まれた時には、父も母もそれは大喜びをしたのだそうです。

 カールをした蜂蜜色の髪に、生まれた時から整った可愛らしい顔立ち。成長するに従い、今の世代で一番の美女はダニング家の娘だと言われるようにもなりました。


 両親からも溺愛されていると思っていましたし、蝶よ花よと育てられた私は、それでも、

「従順であれ」

と、常に言われながら育ちました。最初の方は言われている意味が理解できなかったのです。


 愛らしい私はみんなに可愛がられて育ちましたし、反抗的な態度を取るなんて必要もないほど、毎日、不自由なく生活していたのです。

 私の生活が一変したのは淑女が社交界デビューするデビュッタントで、私の後援者だと言って父が紹介してきた老人と挨拶をしたあの時から、私の地獄は始まったのです。


 隣国との大きな取引で失敗する事になった父は、多額の借金を抱えるようになったなんて話は知りません。まだ婚約者もいない私のはじめてを、この老人が高値で競り落としたなんて話も知りません。デビュッタントを迎えたその日の夜に、私は純白のドレスを引きちぎられ、私自身も見事に汚される事となったのでした。


 女神ティオーネの加護を持つと言われるほどの美しさを持つと言われる私は、その後も、数々の男の人の手を取る事になりました。

 私が逢瀬を重ねれば重ねるほど、父が抱えた借金は無くなっていったようで、父は私に泣いて詫びましたが、それも本当に最初だけの事で、家族の為に身を犠牲にするのは当たり前のことになりました。

 私のお陰で父や母が豪勢に暮らせるのも当たり前の事、誰に感謝される事もなく、私だけが犠牲になる日々が続きます。


 そうするうちに、私は腹部の激しい痛みを感じるようになりました。

 ドロドロと出る汚いおりものを見て、侍女の一人が父に報告したようでした。


 医者がやってきて私の診察を行いましたが、もうすでに何人もの男の人の前で股を開いている私にとっては、診察中の屈辱的な姿勢など何の感慨も起きません。

 診察を受けた後に、父が言った言葉は、

「ああ、誰かの子種を孕む前に病気に罹ってしまったか」

とだけで、私を心配する言葉など一つも出る事はなかったのです。


 この国では美しいが全てなので、自分の子種を掛け合わせて美少女から自分の子供を作りたいと考える人間も相当いたようです。

 ですから、父は、私がもし妊娠をしたとしても、誰の子供かわからないという状況が出来ないように計算をしていたのです。


「まあいい、病気も初期だから治療も出来るし、そろそろお前の事も噂になってきていた所だったからな、値段が落ち切る前に嫁に出そう」


 父はある程度、私の嫁ぎ先の目星はつけていたようでした。父がそう決意すると、あっという間に私の結婚話は進められていく事となりました。

 お相手はアビントン侯爵家の嫡男サイラス様、神がおつくりなったであろうと言われるほど顔立ちが整った方であり、女性関係が派手な事でも有名な方でした。


 顔合わせの時に体を求められましたが、もう、この時には私の心はすでに壊れていたのでしょう。そして、散々、男性に抱かれてきた私が、サイラス様とのこの時の一回で妊娠する事になるとは思いもしない事でした。


 父がそう差配している事でもわかる通り、お腹の子供は確実にサイラス様の子だと断言出来ます。子供が生まれる前に結婚の儀をしなければならないと、義理の母となるフランチェスカ様が張り切り出した為、私とサイラス様の結婚は早急に行われる事となりました。


 結婚すれば父の支配下から逃れることが出来る。

 私はもう、知らない男の人を相手にしなくても良いんだ。

 そうほっとしたのも束の間、結婚の儀を行った夜に、夫婦の寝室へとやって来たのは夫ではなく夫の父だったのです。

「腹の中に子供が居るのなら、子供が出来ることを心配しないで済ませることが出来るな」

そう言いながら、義理の父が手を伸ばしてきた時には、諦めと絶望しかありませんでした。


 美しい者で揃えられたアビントン侯爵家の使用人も、質が悪いものばかりでした。

 顔が良いから許されるだろう。

 顔が良い自分だって、試してみる価値があるだろう。

 なあに、自分のような顔の良い人間が相手になってやっているんだから、喜ぶ事はあれども嫌がる事などあるわけがない。


 もう、いいでしょう。

 子供さえ無事に産まれればそれでいい。

 薬は飲まなければ症状は再発する。

 再発すれば、私のこの病は次々に伝播する。


 私と関係を持った人間はどんどんと病が進行して、あっという間に顔が腐り落ちるまでに進行してしまったらしい。

 意地悪な義理の母も、人として下衆以下の義理の父も、私の話など一切耳を貸そうともしなかった夫も、全てが腐り果てて亡くなったらしい。


 私を病院に移してくれた前アビントン侯爵様が教えてくれたけれど、性病で一家全員亡くなるなど貴族家として恥以外の何ものでもない。

 しばらくの間は自分が侯爵家の管理を行うけれど、息子のルーカスの成長いかんによってはルーカスに侯爵家を継がせるし、無理そうだったら、王家に爵位を返上するつもりだとまで言ってくださった。


 私の子供ルーカス、魔力が強すぎて漆黒の髪に生まれ出てしまった我が子。

 間違いなく私とサイラス様の子供だけれど、不義の子と烙印を押されてしまった子。


「ああ・・死ぬ前に一目だけ・・一目だけでも会いたい・・・」


 私が病室の窓から見える空に向かって呟くと、

「一目と言わず、我が子をその目に見たいと言うのなら、何度でも見れば良いではないか」

と、後から声がかかって来たのだった。

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