第25話  子供に罪はないのです

ダニング伯爵家の天使とも呼ばれたキャスリン様は、蕩けるような美貌を持った女性なのだそうです。褒められるのが大好きで、ものすごく惚れっぽくて、恋人となった人は星の数ほど居るのは有名な話だったのだそうです。


 星の数ほどの殿方たちを相手にしていれば、そのうちに子供を孕むか、病気をもらうか、どちらになるかと思うのですが、結果、キャスリン様は一生治らないと言われる病気を患ってしまったのだそうです。


 初期に発見して薬を飲めば、症状を寛解させる事は出来るそうなんですけど、薬を一生飲み続けなければ、やがて病が再発する事になるそうです。


 病が再発した状態で深い関係を結ぶ事にでもなれば、薬で抑えられていた病がその相手へと伝播する。病が次々と伝播をすれば、薬を飲まずに放置し続けた人間からより一層、症状が悪化する事になるそうです。


 この病、プライベートスペースに激しい掻痒感をもたらす事になり、発疹はやがて膿を出し、激しい痛みを伴うようになるそうで、進行すると、首から上に症状が現れるのだそうです。皮膚が腐り、鼻がもげ、最後には脳にまで病が侵食して死亡する。


 早いうちに医師の診断を受けて治療を受ければ治る病気なのですが、治ったと思っても一生薬は飲み続けなければならないのだそうです。


「アラベラ、そんな訳で赤ちゃんを誰も面倒をみてくれる人がいないような状態だったから、家に連れて来ちゃったんだけど、邪魔なようだったら孤児院に入れてもいいし、そこらに捨ててきてもいいし」

「何て事を言うんですか!」

 アティカス様が本気で言っている訳ではない事は知っていますが、全くもって聞き捨てならない発言ですよ!


「この赤ちゃんは確実にキャスリン様とサイラス様のお子なのでしょう?だとしたら、アティカス様の甥という事になるじゃないですか!」

「そうだね、俺の甥って事になるだろうね」

「だったらなんで他所に預けちゃうみたいな事を言うんですか!うちで面倒をみたらいいじゃないですか!」

「だけどさ、子供には父親だけでなく母親だって必要だと思うんだよね?」

「そりゃそうですよ!」

「だとしたら、アラベラはこの子の母親になってくれるってわけ?」

「なりますよ!・・・あ!」


 実は私は、アティカス様に再会してからというもの、毎日のようにプロポーズを受けているのです。

 今まで会わなかった時間を埋めるようにしてアティカス様は私をお膝抱っこから離さないくらいの溺愛ぶりなのですが、結婚しよう、結婚しようとうるさいんです。


 だけど、オルコット伯爵家から追放された私はすでに平民というわけで、侯爵家の次男と結婚するのは身分的にどうなんだろうと思っちゃうわけですよ。


「言質取ったからね!この子の母親になるって事は俺と結婚するって事だからね!」


 やられたー〜―と思いましたが、抱っこしている黒髪の赤ちゃんが可愛すぎて、捨てるとか預けるとか出来そうにありません。


「だけど、だけど、平民の私とアティカス様が結婚すると、身分差で色々と言われる事になるんじゃないんですか?」

「身分差ってなに?」


 私たちは日当たりの良いサロンでお茶を飲んでいたわけですが、おむつが濡れたのか赤ちゃんが泣き出した為、

「おむつを取り替えて来ますね〜」

こちらの屋敷に移動して来て、乳母として働き始めてくれたマリアさんが、颯爽と赤ちゃんを抱えてサロンの外へ行ってしまいました。


 赤ちゃんがいなくなった途端に、私を引き寄せて抱っこしたアティカス様は、私の髪の毛の中に顔を埋めながら言い出しました。


「アラベラはさあ、気が付いていなかったかもしれないんだけど、君がお父さんだって言っているオルコット伯爵は、君の叔父さんにあたる人なんだよ」

「はい?」

「君が2歳の時に、君のご両親が馬車の事故で亡くなってしまった為に、君の後見人としてやって来たのが叔父さん一家だというわけ」

「はあ?」

「幼い君が寂しい思いをしないようにするために、なんて戯言を言いながら君を実の娘のように扱っていたけれど、実際は、伯爵家を乗っ取りたかったってわけ」

「ええええ!」

「それで、邪魔者の君を家から追い出したまではよかったんだけど、横領やら、多額の賄賂のばらまきやら、オリビアに継がせるためにやっていた事が明るみとなって裁判にかけられたんだよね」


 裁判ってなんなんですか?全然知らないんですけどぉ!


「そ・・そ・・それで?それでどうなったんですか?」

「分家と共謀して伯爵家を食い物にしていたものだから、叔父さん一家は遠島に追放処分で、関わった分家は君に多額の借金を作った形になるので、私財を処分してお金を作っている所だよ?」


 遠島?私財の処分?意味がわからない。


「オルコット伯爵家は加護を持つ特殊な家であり、女系の一族が代々伯爵位を継ぐことになっているから、直系であるアラベラがオルコット伯爵家を継いで、俺がお婿さんになるって形になるんだけど、それで良い?」

「オルコット伯爵家を私が継ぐ?」


 最初は、オリビアがサイラス様の所に嫁いで、弟のアティカス様が私と結婚してオルコット伯爵家を継ぐという話だったんですよね?

 それがまあ、色々とあって、私は家を追い出される羽目になったわけですけど、回り回って、着地点の元に戻るとか本当ですか?


「歴史ある家だから、王家としても残したいと考えているし、アラベラが持つ加護の力もできる限り子孫に継承させたいと考えているわけ。だから、サイラスの子供は祖父の養子という形になるんだけど、祖父も結構な年だから、育てるのは俺たちで育てたいと考えているわけ」


「あの・・あの・・あのですね・・さっきから気になっていたんだけど、赤ちゃんに名前は付いていないですよね?」

「ええ?名前?」

「生まれてから結構週数経ってますよね?それなのに名無しで来ちゃったんですか?」


「あああ・・内包魔力が大きいと、親の髪色がどんな物であれ、黒髪で生まれ出るっていう常識をあの人たちは知らなかったみたいで、浮気して出来た子供なんて知るかー!みたいな感じで放置していたらしいんだよね?」

「不憫すぎる!」


思わず泣きそうになっている私に頬ずりしながらアティカス様が無茶振りします。


「だったらアラベラが名前を付けてよ」

「はい?」

「名前をつけると愛着が湧くとか言うじゃない?」

 まるで犬猫みたいな言い方が気にかかったんですけど、名無しの赤ちゃんなんて可哀想すぎます!

「お母さんのキャサリンもこっちにお願いするって言うからさ」

「それじゃあ・・ルーカスなんてどうですか?」

「ルーカス?」

「ルーカス、光を授かる子、まだ赤ちゃんなのに両親から離れてしまった赤ちゃんが神から希望の光を授かる子でありますようにという意味です」

「素晴らしい名前だね」

 アティカス様は私の額にキスをすると、

「俺とアラベラ、二人の間に生まれた子供の遊び相手になったら良いかな〜とも思っているんだ」

と言い出しました。


 えええ?今結婚を決めたところなのに、もう子供の話?

 気が早すぎじゃないですかね?


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