第24話  母との対峙

 美しいものしか目にしたくない母は、義理の父となる祖父を憎んでいるようなところもあったのだ。次男がこんな見てくれになったのは祖父の所為、愛すべき夫が、アルンヘム貴族らしい中性的な顔立ちじゃないのも祖父のせい。


 嫁いだ先であるアビントン侯爵家を貶める発言だとは当の本人は全く気がついておらず、美しいことが正義であり、醜い事は悪であると断ずるような人でもある。


 祖父がアビントン侯爵家の様子を見に行くと言うので、家族の元に置いておいた魔石の回収をお願いしたのだが、母の元に祖父を向かわせるのはいけない事だろうと判断した。

 顔が腐り果てた嫁の姿など、流石の祖父も見たくはないだろう。


 だから、祖父が訪れるよりも先に、俺が母の元を訪れる事にしたのだった。

 母の枕元に置かれた、呪術刻印を施した桃楼石を回収するために。


「何度言ったら分かるの!私が持って来いと言ったジュースはこれじゃないのよ!」

「キャア!」

「醜い女に何を言っても理解が出来ないのね!さっさと片付けて新しいジュースを持って来なさいよ!」

「は・・は・・はい!申し訳ありません!」


 投げ付けられたジュースでお仕着せを汚したまま、這いつくばるようにして床を拭くのは僕の世話をしていた侍女だった。

 確か名前はマリアだったかな。


「マリア、ここの掃除は適当で良いから、しばらくの間、この部屋から出て行ってくれるかな?」

「アティカス様!」

 美しいが正義の母に認められない使用人は、俺の担当として回されてくる事になっていた。

 彼女は泣きそうな顔で俺の顔を見上げると、

「お・・お・・お帰りになったのですね・・・」

と言って、瞳を涙でいっぱいにする。


「帰って来たわけではないんだが、少し様子を見に来たんだよ。マリアの子供さんは元気にしているかい?」

「ええ、とっても元気にしています」

「だったらどうだろう?侯爵家を辞めて俺の所に働きに来たら良いと思うんだけど」

「えええ?」

「そういえば庭師の夫もここで働いていたよな?」

「そうなんです」

「美しい者で取り揃えられたここでは、お前もお前の夫も働きづらいだろう?であれば、俺が住んでいる屋敷で働いたら良いと思う」

「で・・でも宜しいのですか?私たちなんかを雇って?」

「王宮の裏に土地を貰ってね、貴族街の端に位置するのだけど、アラベラも一緒に住み始めたから人手が欲しいと思っていた所だったんだ。家令には俺の方から声をかけておこう」


「アティカス?何を勝手な事を言っているの?」


 すでにベッドで寝たきりとなっている母が、不機嫌そうな声をかけてくる。

「使用人を勝手に移動させるだなんて、そもそも、貴方は兄の結婚式にすら顔を出さなかったではないですか?家族としてどういうつもりでいるのです?」

「どういうつもりも何も、醜い息子は祝いの席になど同席しない方が良いと思ったのですが?」


 母の部屋は侯爵家の中でも庭園の見晴らしが良い位置にあり、天蓋付きのベッドからもカーテンを開いておきさえすれば美しい庭園を眺めることが出来るだろう。

 だけど、今は全てのカーテンを閉め切ったような状態のため、悪臭に満たされた状態となっている。


「香水をふり撒くのも良いですけど、自分の皮膚の上層部分が腐って悪臭を放っている事に気が付かないんですかね?ジュースの味が変に感じるのも、貴女の味覚がおかしくなっているからですよ」


 閉め切られたカーテンを開け、窓を開けると、清々しい外の空気が入ってくる。明るい日差しに眉を顰めた母が、

「やめてちょうだい!何故窓を開けるの!私は窓を開けるのを許した覚えはないわよ!」

と、ヒステリックな声をあげる。


 辞儀をして部屋から出て行くマリアの姿を見送ると、美しくないという理由で虐げられていた使用人は他にもいただろうかと頭を巡らせる。


 そうして、怒鳴り声をあげる母に向かって、

「ああ、ああ、母上、久しぶりにそのお顔を拝することが出来ましたが、あなたはなぜ、病を患うことになったのか理解しているのですか?」

と、問いかけた。


「貴女が兄の伴侶としてようやく決めることにしたキャスリン・ダニングは、確かに稀に見る美貌の持ち主だったでしょうが、結婚前から性病を患っていたのですよ?」


 顔が腐り始めているために包帯を巻かれた母がギョッとした様子で俺の顔を見上げる。


「キャスリンの病が何故、母上にうつってしまったのか。それは何故かと言うと父上が性病持ちの姉上と同衾したからにほかありません」


「う・・う・・嘘でしょう?」

「嘘なものですか」


 俺は母に向かって微笑を浮かべた。

「貴女はキャスリンが兄の子を身籠ったと知って早急に結婚を進めて行ったわけですが、結婚の儀を行った夜に兄のサイラスをわざと呼び出して、初夜を待つ花嫁の元まで向かわせるような事をしなかった。妊娠をしているし、すでに深い関係を結んでいるのだから、大切な夜に嫁の元まで息子をやらなくても良いだろうと考えて、楽しくおしゃべりをして過ごしたそうですね?」


「な・・なにを・・・」

「美しい女は、例え妊娠していたとしても、性欲の対象になってしまうのでしょうね。実の息子の嫁であり、子供を身籠っていると知っていながらも手を出したのは父上です。貴女が嫌がらせ目的で兄を離さないのは知っていたので、手を出しても大丈夫だろうと思ったのでしょう」

「嘘よ・・絶対に嘘よ・・・」


「キャスリンの病は父上に移り、父上から同衾した母上へと移る。初期に治療をすれば症状を寛解できる病気でも、治療をしなければ進行する。脳にまでいってしまえば治る見込みはゼロです。残念でしたね」

「嘘よ・・嘘・・嘘・・・」


あとは腐り落ちて死ぬのを待つしかない事実と夫の不義を知って、母は、ポロポロと涙を流し始めた。自分の夫が息子の妻、しかも妊婦相手に手を出したのだ。今まで気が付かなかったのもどうかと思うけど。


「美醜のみで判断されるから、こんな事になるのでしょうけれどね」


 俺は鏡を手に取ると、頬の肉まで腐りかかった母の顔を鏡に写しながら言い出した。


「実子である俺を散々馬鹿にして、カビだの、シミだのと言って罵り、嘲笑し続けてきた貴女が、人とも思えぬ容姿にまで変貌しているのですから心の奥底から笑えますよ。こんな風貌に変化させた愛する夫への恨む気持ちは、どんなものなのでしょうね?」


俺の問いかけに、母は狂ったように叫び出したのだった。

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