第23話 わたしの美しい孫
私は侯爵夫人であるフランチェスカ・アビントン。
息子のサイラスとサイラスの子供を身籠ったキャスリンとの結婚は無事に行われて、後は赤ちゃんが産まれるのを待つばかり。
アティカスはオリビアと結婚してオルコット伯爵家を継ぐことになったのだけれど、アラベラの方がいいとか何とか言っているみたい。本当に、我が息子の事ながら、知った事じゃないって感じでした。
侯爵家の跡取りになる赤ちゃんが産まれるのだから、色々と準備は大変だし、赤ちゃんのお洋服だってたくさん用意してあげなくちゃいけないのだから、慌ただしいほど忙しくて、そうこうするうちに、キャスリンが出産することになったのよ!
美しいサイラスとキャスリン、二人の子供であれば美しい子に違いないもの!
そわそわしながらキャスリンの部屋の前を私が行き来していると、そのうちに、赤子の泣く声が屋敷中に響き渡るように木霊したの。
「まあ!まあ!まあ!無事に生まれたのね!」
産後は色々と処置があるから、ひと段落するまでヤキモキしながら待っていたのだけれど、ようやく産婆から許可が出たため、サイラスと夫と私の三人で、喜びで勇み足となりながらキャスリンの元まで向かったの。
産まれたばかりの赤子をぬるま湯できれいにした産婆が、おくるみに包みながら私たちの方へ顔をむけ、
「玉のような男の子だったのですが・・・」
と言ったきり、言葉を詰まらせてしまったの。
まさか、何かの障害でもあったのかしら?
産まれた赤ちゃんに身体的に問題でもあったの?
どんな問題だって私の孫よ!おばあちゃまが守ってあげるわ!
「なっ・・お前・・・」
産婆が抱いている赤子を見下ろした夫が言葉を詰まらせ、
「う・・嘘だろ・・・」
息子のサイラスが引きつけでも起こしかねない勢いで、激しく息を吸い込んでいる。
そうして夫の背後から赤ちゃんを覗き込んだ私は思わず、
「ご・・ご・・ゴキブリじゃない!この子は侯爵家にもたらされたゴキブリよーーー!」
と、悲鳴をあげてしまったの。
子供の髪の毛は漆黒で、金髪のサイラスからは生まれるわけがない色合いを主張しているのよ。
「う・・ううう・・・うわあああああああん」
キャスリンがヒステリックに泣き出したけれど、そんな事を気にしている場合じゃないわ!
「醜い!醜い!醜すぎる!私はサイラスとキャスリンの愛の結晶!最高の赤ちゃんを見たかったの!だけどなんでゴキブリを産んでいるの?ねえ?ねえ?どういう事なの?」
「奥方様、まことに申し上げ辛いんですけども」
産婆はゴニョゴニョと言い出した。
「若奥様はシモの病を患っているようなので、お子様にはなんらかの障害があるかもしれません」
「はあ?なんですって?」
「赤子が生まれ出る日まで奥様のシモは私も拝見致しませんでしたので、今日の今日までわかりませんでしたが、奥様はその・・病気をお持ちのようにございます」
はあ?
「男性関係が多い女性が罹る病気ですので、薬を処方しても治るかどうか」
ええ?
「嘘だろ!だから僕も不調だったってわけか!」
崩れ落ちるサイラスを思わず助け起こすと、
「若旦那様も同じ病気に罹っているでしょうね」
産婆の言葉が頭に到達する前に、
「汚らわしい!触らないでちょうだい!」
叫んで息子を突き飛ばしてしまった私は、絶対に悪くない!悪くないわよ!
◇◇◇
人を見かけでしか判断出来ない人間のなんと愚かなことよ。
見かけは美しくても、中身は凡庸そのもののサイラスにばかり手をかけて、天才と言っても過言ではないアティカスに向かってカビ令息などと言い出す始末。
挙句の果てには、実の孫を不義により出来た子であると決めつけて、母子ともども監禁する始末。
ああ、情けない。美しいだけの伴侶を選んだ息子に対しても腹が立つが、妻の言いなりになった上でこのような不始末を起こした事自体が許し難い。
「ああ!先代様!マレイン様!今は侯爵邸には入らない方がよろしいかと思います!」
屋敷から飛び出して来た家令が馬車から降りてきた私に対して、顔を真っ赤にしたり、真っ青にしながら、額に浮き出た汗をハンカチで拭った
「お屋敷の中では現在、原因不明の病が蔓延しておりまして」
「何が原因不明の病だ!巷では我が家の事を『アビントンの悲劇』などと揶揄して話題の種にしているそうだぞ!」
「も・・申し訳もございませんー〜―!」
地面に額をこすりつけようとする家令を引き起こすと、隈が浮き出る、弱りきった顔を見下ろしながら問いかける。
「それで、屋敷の方はどうなっている?」
「旦那様や奥様、サイラス様やキャスリン様は症状が重く、また、若い使用人の中にも同様の病状の者が数名出ているような状況でして」
「顔にまで症状が出ているのは誰だ?」
「旦那様や奥様、サイラス様とキャスリン様はもう・・・お医者様が言うには顔まで出たらもう、治る見込みはないとのことでして」
サイラスの妻となったキャスリン・ダニングは性病持ちだった。
「つまりは、キャスリンを媒介にして広がったという事だな?」
「は・・・い・・・」
「病気を発症した使用人というのも、キャスリンと交渉を持ったと疑われるような奴らだろう?」
「そうなのです」
「見てくれだけで使用人を選ぶからこんな事になるのだ!」
勝手知ったる屋敷だが、中に一歩踏みこんでみれば、澱んだように空気が沈んでいて、死臭すら漂っているようだった。
若いだけあって進行が早いらしく、サイラスの顔は爛れて鼻の先の肉すら溶けてしまっているらしい。言葉も満足に発する事すら出来ないようだが、部屋に入ると、驚いた様子で祖父である私の顔をサイラスは見上げた。
「神が作りたもうた奇跡の美を誇り、散々、女を傷つけ楽しんできたツケがこれだ。お前の人生はここで終わりだという事を宣言しておこう」
包帯の上の方まで緑色に変色した浸出液が滲み出している。
すでに菌が脳にまで回っているようで、その視線は虚に私を追いかけてくる。
「サイラス、私は女遊びも大概にしろと言ったよな?キャスリンと結婚する際にも反対したよな?」
瞳を曇らせる孫の姿を見下ろすと、私は包帯の間から伸びる金色の髪を撫でつけた。
「思えば、私は美丈夫とは言い難い容姿をしているため、お前との接触をお前の母から拒絶されていたのだったな。このようになってようやっとお前の髪を撫でることが出来るとは想像もしない事であったが、仕方もあるまい」
サイラスの部屋は彫琢も何もかもが、高価なもので揃えられている。
ベッド脇に置かれた小卓の引き出しから小さな石を取り出して手に取り、窓から差し込む光にあてて、その効力のほどを確かめる。
「お祖父様、もしもアビントン侯爵家に向かわれるなら、魔石を回収してきて欲しいのです」
アティカスが私に何かを頼むなんて事はなかなか無い。
容姿を理由に家族から迫害されていたアティカスは、やがて錬金術を学ぶために私の元へと訪れるようになったが、息子のベンジャミンが勝手にアラベラ嬢とアティカスの婚約を破棄した事を理由に、侯爵家を出ているような状態だった。
そのアティカスが、私が侯爵家を訪れるのなら、自分が家族の元に置いておいた魔石を回収して欲しいと言い出したのだ。
桃楼石と呼ばれる特殊な魔石に施されているのは、対象者の病気の進行を進めていく呪術刻印が施されている。
「病が進行するように働きかける魔石だけど、年齢や症状によって進行スピードが変わってくると思うんだ。家令には家族の病状を詳細にレポートするように命じているんだけど、この新しい呪術刻印を国王陛下が望まれているんだよね」
何の情も持たれずに育てられたアティカスに、家族に対する情を持てと命じるのも酷な話なのかもしれない。
それにしても、天才と言われる人間の御技が、ピンク色に輝く魔石に凝縮するように詰め込まれていた。
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