第22話  美しいってなんなんだろう

「オリビアは美しいね」

「まるで天使みたいだ!」

「お姉さんとは全然違うよね!」


 私の髪の毛は黄金に輝いているのに、お姉様の髪色は汚いチャスナットブラウンで、同じなのは青灰色の瞳だけ。

 お父様もお母様も美しい面立ちをしているのに、お姉様だけ全然似ていないの。


「姉の方は、いつでも床下や部屋の隅に固まっているごみ屑みたいな娘なのよ」


 お部屋からあまり出ないお姉様は、いつでも本を読んでいるの。


「オリビアは女神ティオーネの加護を持っているんだよ」

「その美しさは王国の中でも特別だよ」


 私は幾重にもレースが重ねられた可愛らしいドレスなのに、お姉様はいつも白銅色の古びたワンピースなの。女神の加護がある私は常に美しい装いをしていないといけないけれど、醜いお姉様には着古した衣服がちょうど良いって感じなのよね。


 私は女神ティオーネの加護があるとされていて、何処の夜会に行っても持て囃されたわ。

「オリビア、私の女神」

「私の女神、私には君しか見えない」 

 子供の時には天使と言われていたけれど、社交界デビューをしてからというもの、女神と言われる事が多くなった。


 美しい私に言い寄る男は山のように居て、それでも、あの美しいサイラス様が私の伴侶になるのだからと純潔だけは頑なに守っていたのだけれど、サイラス様がキャスリン・ダニング伯爵令嬢に夢中になっている姿を見て、本当にどうでも良くなってしまったのよね。


「ああ・・オリビア・・僕の女神・・今夜は貴女を離したくない」


 エメレンス・エトホーフト様は侯爵家の三男で、騎士として王家に仕えている方だった。


 近々近衛隊に抜擢されるという噂が社交界では持ちきりで、エメレンス様が近衛騎士となれば、彼が近衛隊の1番の美丈夫になるのは間違いないと言われているの。


「ええ、エメレンス様、私も今日は帰りたくないの・・・」


 エメレンス様に体を許した後は、何度も逢瀬を交わしたの。


 サイラス様もキャスリンと逢瀬を繰り返しているんだから、やっている事は同じじゃない。純潔を失った事を理由に、弟のアティカス様が私との結婚を拒否するのなら、私はエメレンスと結婚すれば良いと考えていたし、侯爵家の三男であるエメレンス様にとっても、オルコット伯爵家を継ぐのは美味しい話だと思っていたのよ。


 お父様としては、優れた錬金術師であるアティカス様と結婚すれば、お金に困ることはないし、贅沢のし放題だって言うんだけど、美しくないから嫌なのよね。


 お金の為にギリギリ我慢が出来る線、いや、やっぱり我慢をしたくない。

 私は近衛で一番美しいと言われる事になるだろう、エメレンス様と結婚する方がいいわ!


「ああ、エメレンス!エメレンス様!」

 裁判室から連れ出された先の廊下に、愛しいエメレンスの姿が見えた為、私は助けを求めるように手を伸ばしたの。


 白地に金の刺繍が入った近衛の隊服を身に纏ったエメレンス様は神々しく見えるわ。

「エメレンス様!愛してる!愛してるの!」

 直立不動で無言を貫いていたエメレンス様は、遂に溜まりかねた様子で私の方へ顔を向けると言い出した。

「俺の名を口にするな」 


 すると私の腕を掴んでいた騎士が、訳知り顔で言い出したのよ。


「処女食いエメレンス、お前が純潔を奪った令嬢の中にオルコットの娘が入っていたっけか」

「処女食いって一体なんなのよ?」

「処女食いは処女食いだよ、こいつは貴族女性の大事な大事な純潔を散らすのが大好きな男なんだ」

「はあ?嘘でしょう!」

「嘘なものか。そういえば、オルコットの天使を堕天させた時には、周りの仲間に風潮してたっけか。賭け金をたんまり稼いだはずだからな」

「嘘よ・・嘘!嘘!嘘よ!」

「嘘じゃないって、確かおれも金を巻き上げられたんだったかな」


 私の腕を掴んでいるのは裁判所の警備を任されている青騎士と言われる人間で、簡素な青い騎士服に身を包んだ男は、私に向かって言い出したのよ。


「俺もオルコットの天使は最後の最後にはサイラスに純血を捧げるだろうと思っていたんだが、結局そうはならなかったんだな。まあ、お嬢ちゃんよ、サイラスに抱かれていないって事は幸運だったって事だからな?」


「なっ・・なっ・・何を言っているの?」

「ああ、お嬢ちゃんはアビントンの悲劇を知らないのか」

 青騎士は表情を曇らせると、

「王妃様いらっしゃるのだぞ!何をうるさくしているのだ!」

扉が開いて、中年の近衛騎士が偉そうに大声をあげる。


 近衛隊って美しい人で取り揃えられている事で有名だったんだけど、大きな声をあげている男の人は赤毛で、髭モジャで体も大きくて、まるで熊みたい。


「良い、お前の方こそ大声をあげるな」


 熊みたいな近衛騎士の後ろから現れたのは、最高品質の翡翠色のドレスに身を包んだ女性で、細い目を更に細くして、少し離れた場所にいる私に憐憫の眼差しを向けた後、

「そこのお前、近衛を辞めてもらって構わないぞ」

と、エメレンスに向かって言い出したの。


 イライザ・デラ・アルンヘム、この国の王妃である彼女は大陸中央に位置するボジュフ帝国から輿入れしてきた人でもある。


「自らを処女食いと大言を吐き、淑女の純潔を賭けの対象にするとは言語道断の所業であると言えよう。近衛隊長よ、何故、このような男を近衛に入れた?」

 熊みたいな赤毛はブルブルッと震えると、

「こいつの実家であるエトホーフト侯爵家のゴリ押しです、息子が今の近衛に入ったら1番の美男になるし、箔が付くと考えたようです」

あっさりと答えたので、私の事を、ごみ屑を見るような目で見ていたエメレンスが、顔を真っ青にさせる。


「はああ、この国の美人は全てという考えはどうにかならんものなのか?星の一つや二つ、落下してもらった方が、まともな考えになるんじゃないのか?」

「恐ろしいことは言わないでください!女王様がそんな事を仰れば、実際にそうなりそうで怖いんですから!」

「まあいい、エトホーフト侯爵家には私が直々に苦情を入れてやろう。息子の所業を告げてやれば二の句も出ずに黙り込むだろうさ」


 王妃様は私たちの方へ視線を向けると、恭しく辞儀をする青騎士に視線を向けて声を上げた。


「そこのお前、純潔をかけた賭け事に金を投じたお前は半年の減給だ。クビにならなかっただけ有難いと思え」

「はっ!有り難き幸せにございます!」

「有り難き幸せじゃないんだよ、お前らの女性軽視は本当にどうにかならんものなのかな」


 ぶつぶつと言った女王は今度は私に顔を向けると、

「女はな、いずれはしわくちゃババアになって醜くなるように出来ているんだよ。美しいのなんていっときのもの、己の美に執着しても碌なことがないぞ」

と言うと、地味な顔に笑みを浮かべた。


「姉を誘き出すのに使った使用人の少女の喉笛が切られる様を、笑って見つめていたと報告を受けているぞ?お前のような人間はな、ごみ屑以下だと思っていた輩にこの世の摂理を教えて貰ったら良いのだと思うぞ?」


 はあ?なんで私がナビエラを使ってアラベラを呼び出した事を知っているわけ?ナビエラは首を切られて死んだけど、まさかそれを私の罪にするわけじゃないわよね?


「根性悪は、根性悪だから仕方がない。せいぜい、痛い目を見れば良いさ」


 そう言って颯爽とその場を後にした王妃の姿を呆然と見送ってしまったの。


 なんなのよ!一体なんなのよ!

 顔の作りは不細工なのに!なんであんなに覇気があって格好良いのよ!


 あれが美人に見えるって、私の目がおかしくなったってことかしら?

 そもそも、美人って一体なんなのかしら?

 近衛で1番の美丈夫って言われたエメレンスはクズ男だし、考えてみれば、顔の良い男に碌な奴がいなかったのよね。


 美人が一番って言ったって、性格ブスばっかりだったじゃない。

 だけど、今の王妃様は一体なんだったの?

 オーラが美しすぎる!オーラが美しすぎるんだけど!

もしかして、美しくなくちゃいけないのって、顔とかじゃなくて、雰囲気とかオーラとか、中身の事をいうのかしら?


「お嬢ちゃん」

「何よ?」

「そろそろ牢獄に移動しないと怒られるぞ」

「わかっているわよ!」

「それに、エメレンスが殴りかかってくるかもしれないし」

「それはないわね」


近衛隊をクビになったエメレンスはその場に崩れ落ちて、いまだに再起不能の状態だもの。もしも正気に戻ったら、私の所為だって言い出しかねないクズ男だから、さっさと移動はしたほうが良いかもしれないわね。


それにしても、疑問に思った私が、

「ねえ、アビントンの悲劇って一体なんなの?」

半年減給された青騎士に問いかけると、

「巷で1番ホットな話題に違いないからな、お前もそのうちに耳にするだろうさ」

そう言って、青騎士は私を連れて歩き出したのだった。

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