第21話  美しいが全てではない

 私は元々はオルコット伯爵家の分家の生まれであり、兄が本家に婿入りするというのを指をくわえて見ていたわけだ。


 失われたとはいえ、加護の力を持つ本家は王家からも厚い庇護を受けているため、例え代々見栄えが悪い女系の家だったとしても、後継となれば多くの遺産を手に入れる事が出来るのだ。


 本家の一人娘と兄の間には娘が一人生まれ、二人目もお腹の中に出来たという頃に、兄と兄嫁が乗っていた馬車が事故に遭った。

 雨が続いていた日の事で、ぬかるんだ土に車輪が嵌まり込んだ為に馬車が横倒しとなり、川の中へと沈み込んでしまったのだった。


川の流れが早いという事もあって馬車を引き上げた時にはすでに兄も兄嫁も事切れており、家で一人で待っていたアラベラは、父と母を同時に失ってしまったという事になる。


 アラベラはまだ二歳で、私の娘であるオリビアとは一歳違い。

 姪であるアラベラの後見人となり、オルコット伯爵家の代理として私が伯爵家を統括する事に対して始めは文句を言う者もいたけれど、少なくない金のばら撒きによって、周囲は沈黙する事になったのだった。


 アルンヘム王国は美しいが全て、女神ティオーネの加護を受けて美しく生まれでた貴族は、神の恩恵を受けているとされている。

 美しいだけで出世出来るような国なのだから、美しい事が理由で、伯爵家の当主の権利の移譲など簡単に行えるだろう。


 オルコット家が貴重な加護を持つ女系の一族という所が問題にはなるが、そもそも、加護の力は失われた物だと王家にも報告を行ってかなりの年月が経っている。アラベラの母も祖母も、加護の力など発揮する事などなかったのだから、アラベラ自身に特別な力などないであろう。


 であれば、オルコット家の天使と呼ばれるオリビアが伯爵家を継いで何の問題があるというのだろうか?


 美を尊ぶアビントン侯爵家で、美しいオリビアを嫡男の婚約者候補にしたいと言い出した時に、私はオリビアの伯爵家継承について相談する事にしたのだが、侯爵は何度も頷きながらオリビアの継承は問題ないと言ってくれた。


 神の手が入ったとも言われるサイラス様の伴侶は、同等もしくは、それ以上の美しさを持つ女性でなくてはならず、オリビア以上に美しい娘がいればそちらに輿入れさせるつもりでいる。そのため、オルコット伯爵家には次男のアティカス様を婿入りさせる形にしておいて、万が一、サイラス様が他の貴族女性を娶った場合には、オリビアはアティカス様と結婚して伯爵家を継承する。


 すでに加護の力は失われているので、無力で醜い娘が伯爵家を継ぐよりも美しいオリビアが継ぐべきであるし、アティカス様を婿入りする約定をすることで、アビントン侯爵家がオルコットの後ろ盾となる事を保証すると言ってくれたのだ。


 直系の後継者であるアラベラに何の瑕疵もない状態であればオリビアの継承に文句を言い出す輩も出てくるため、アラベラは離れ家に隔離し、外との交流を断絶させる。


 アラベラの悪い噂を社交界に流し続けて、オリビアの爵位継承を正当化する。


 アラベラが成人すると同時に、家に置いておいても勝手に抜け出して連日のように男遊びをするため、うかうか社交界にデビューさせる事も出来ないと言い、アラベラの社交デビューを阻止した所までは良かったものの、サイラス様がオリビア以外の令嬢との恋の駆け引きに夢中となっている間に、オリビア自身が男遊びに夢中になるのは誤算でもあった。


 サイラス様がオリビアと結婚しないのであれば、あの醜いアティカス様と結婚しなければならないという事もあり、娘が自暴自棄になるのも仕方がない事なのかもしれない。


 だがしかし、純潔を失っているからという理由で、サイラス様から婚約者候補としての立場を破棄された時には、目の前が真っ暗になったものだった。

 貴族の令嬢なのに、すでに純潔を失っている?

 ああ、だけど、どうせあの醜いアティカス様と結婚するのだから、純潔など必要ないという事か?


 アティカス様も、ごみ屑令嬢と呼ばれた娘と結婚するよりも、オルコットの天使と呼び声高いオリビアと結婚する方が幸せだろう。

 美しい娘と結婚できるのであれば、純潔などにこだわるはずがないのだから。


「以上により、後見人という立場を利用した横領行為に加え、貴重な加護を持つ伯爵家の直系であるアラベラ嬢に対する長年の虐待の罪により、家族三人に対して懲役刑を課する事とする」


 裁判官の言っている意味が理解できない。

 全く理解が出来なかったのだ。


「女神ティオーネが作られた我が国では美しいが全て、美しい者こそ高い地位にあるべきという考えではないですか!ですから私はそれに準じて、天使と呼ばれるほどに美しいオリビアに伯爵家を継がせるために今まで努力して来たのであって、褒められる事はあっても、刑を課するほどの罪を犯した覚えはありません!」


 王都の中心地にある裁判所には、中央の裁判員が座する席を扇状に囲むようにして階段観覧席が設けられている。

 裁判官に対面する形で罪を犯した犯罪者が引き出されるのは知っているが、何故、私がこのような場所に出て来なければならないんだ!


 四十代になったばかりと思われる、髭面の裁判官はつくづく呆れたといった様子で肩をすくめると言い出した。

「我が国にも法律があるという事を知らないのかね?」

小賢しく光る灰色の瞳が鬱陶しい。


「貴方はあくまでもアラベラ嬢の後見人であり、伯爵代理に過ぎません。伯爵家の財産はアラベラ嬢が引き継ぐものであり、貴方が自分の娘に爵位を継がせるためにと賄賂としてばら撒いて良いものではないのです」


 裁判官は立ち上がると、物見高い様子で観覧席に集まった貴族たちを見上げながら言い出した。


「女神ティオーネを敬い、美に対して己を誇る事を止めることなど致しませんよ。だがしかし、美しいからといって何でも自分たちの好きなように出来ると誤解するのは間違いなのです。ある、アルンヘム人は間違いを犯しました。神の加護を持つアラベラ嬢が絶世の美女ではないという理由で、隣国ユトレヒト公国の王子に売り渡したのです。ユトレヒトの王子は間違いを犯しました。アルンヘム人が自分たちの好きにして良いと言うのなら、好きにして良いのだと考えたのです」


 裁判官は周囲を一周見回して、一旦、間を置きながら言い出した。


「ユトレヒト人が女性を好き勝手にして良いと言われれば、大勢での陵辱をする事を選びます。さて、神の加護を持つアラベラ嬢を凌辱しようとした男たちはどうなりましたか?神の加護を持つ者を虐げようとした者たちはどうなりましたか?」


「流星よ」

「だから流星が堕ちたのね?」

「神の加護持ちを虐げようとしたから・・だから流星が堕ちたのよ」


「アラベラ嬢を隣国に引き渡す際には、あなた達も関わっているではないですか?加護を持つアラベラ嬢を伯爵家から放逐し、攫われても仕方がない状況を作り出したのは誰ですか?この裁判が、きちんと法に則って裁かれない限り、天母神レオーネの怒りが我が国に落ちる事になるかもしれないという事を皆さんは理解しているのでしょうか?」


 裁判官の厳かな声が響き渡る。


「美しいからと言って勝手に出来る世の中はとうの昔に終わっているのです。他国との貿易も盛んに行われている中で、我が国特有の『美しいから』は通じない。そもそも、美しい事が全てで、醜い者は虐げても良いという摂理がまかり通るのであれば、ユトレヒト公国に星など堕ちることはなかったのです」


 貴族たちのざわめきを断ち切るように木槌が二度、鳴らされると、裁判長が高らかに宣言をした。


「オルコット伯爵代理とその妻と娘は、生涯、遠島での服役を申し渡す。オルコット伯爵家の権利、財産、領地については、直ちにアラベラ嬢の帰属とし、オルコット伯爵代理が費やした財産については、伯爵代理に付き従い、甘い汁を吸い続けていた親族たちの財産を没取することによって返済に当てる事とする」


 ここには分家の人間たちも来ていたようで、悲鳴のようなものまで上がっている。

 ああ、これで終わりだ。

 星が墜ちることを恐れた貴族たちが、私たちを処刑しろと叫んでいるから、終身刑だった事を喜ぶべきなのだろうか。


 それにしても・・・

 私は、妻と一緒になって、呆然と佇むオリビアの顔を睨みつけた。


 オリビアが美しい顔で生まれ出なければ、要らぬ欲をかかずに済んだものを。

 オリビアが自分の美しさを誇り、アラベラを虐げる事に執着をしなければこんな事になどなりはしなかったものを。


 オリビアがアラベラを呼び出す事に成功し、バルトルト様に引き渡さなければこんな事にはならなかっただろうに。

 全てはオリビアさえいなかったら・・・


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