第20話  特殊な魔法陣

「ああ、アラベラ、お願いだから僕の前から消えないでくれ」

「アティカス様、私、お花摘みに行きたいだけなんです!」

「アラベラ、アラベラ、途中まで一緒に行っても良いだろうか?」

「嫌です!ここで待っていてください!」

「もしも途中で誰かに攫われたらどうするつもりなんだ?」

「どうして攫われるんですか!家の中ですよ!」


 元婚約者?今も婚約者なの?婚約破棄したいって書かれたあの手紙はお兄様であるサイラス様が書いた物だったって事はアティカス様から聞いたけど、今の私たちの関係ってどんな関係なのかしら?


 レーン殿下が次期公王になると発布されるのを見届けた私たちは、ユトレヒト公国からアルンヘム王国へと戻って来たのだけれど、まるで王族を出迎えるかのような仰々しい出迎えを受けながら王都へと移動する事になったのよ。


 今までお世話になっていたセグロ商会に戻るのかと思ったら、貴族街の外れに位置する、裏に広がる森は王宮にも繋がっているという立派な新築のお屋敷へと移動してきて、アティカス様の庇護を受ける事になったの。


 アティカス様との婚約が決まったのは十二歳の時の事だったけど、最初のうちは二人でお出かけをしたのよね。

 そのお出かけの時に、私がこんなお屋敷に住みた〜いと言った言葉を覚えていて、私のために建ててくださったみたい。


 緑の瓦屋根が可愛らしく、風見鶏が屋根の上でくるくる回っているような家なんですけど、まさかここで、ほぼ、軟禁状態になるとは思いもしませんでした。


「アラベラ、抱っこしてもいい?」

 お花摘みから戻ってきたらこれですよ、この抱っこ攻撃にも相当慣れてきたと言えるでしょう。

「ああ、アラベラ、アラベラ、アラベラ」

 ソファに座って私を抱っこすると、髪の毛に顔を埋めてスンスン匂いを嗅ぐのはやめて欲しい。


「もう離さない、離さないからねアラベラ」

 その言葉、千回以上は聞いていると思います。

「アラベラの事が好きなんだ、愛してる」

「はいはい」


 ぎゅっと抱きしめてくるので、ぎゅっと抱きしめ返すと、ようやっと安心した様子で笑顔を浮かべるんですけど、六年間、会うのを我慢すると、男の人ってこんな風になっちゃうんでしょうか?


 アティカス様は、婚約中に私に会いにくる事はないし、手紙もそっけない一文のみの物しか返さないし、私よりも美人のオリビアの方が好きなんだろうなぁと、婚約してからの六年間、ずっと思い続けていたんですけど、国王様の差配によって私との接触が極力減らされた状態になっていたのだそうです。


 先祖代々伝わる刺繍の力って、お守り程度のものなのかなぁと思っていたのですが、結構威力があったみたいで、王様は私自身を王家の保護下に置きたかったみたいです。


 もしも王家の保護下に置かれたら、アティカス様は婚約者の立場を降りなければならない為、王家が保護しなくても大丈夫だって宣言できるほどの力を蓄える事に注力されたのですって。


 普通、錬金術師が魔法陣を描くのは特殊な紙だったりするのだけれど、アティカス様はかなり早いうちから魔石への刻印を始めたみたいなの。


 普通の魔法陣は大気中に溶け込んだ魔素をかき集めて自分の魔力と掛け合わせて力を発揮させるのだけれど、アティカス様は大気中の魔素だけでなく、魔石の力も使う事で術の汎用性を広げたっていうのよね。 


 しかも詠唱をしなくても刻印を施した魔石を破壊すれば魔法が行使できるように開発した為、呪文を唱えずに術を行使出来る刻印という事で『呪術刻印』と呼ぶそうなの。


 最初に『呪術刻印』なんて言うから呪いが関わって来るのかと思いきや、呪文なしでも術が使えるって意味なのですね!もっとおどろおどろしい物を想像しておりました〜。


 ユトレヒト公国で流星を落下させた魔法陣は、なんでも黒龍石という特殊な魔石に重力の刻印を施したものを使って発動させたそうで、細い筒状の杖から魔石を上空に発射させたところで粉砕して、上空に巨大な魔法陣を作り出したのですって。


 あの魔法陣は宙に浮かぶ星の粒を地上に落下させるもので、開発はしたものの実際に使うのはあの時が始めてだったみたい。


 ユトレヒト公国の人々は天母神の怒りだと思ったみたいで、無茶苦茶怯えたみたいで、妖精の加護があるレーン王子が公王を継ぐことを大喜びで受け入れてくれたの。

 加護を持つ人間は神に愛されているとされるので、天母神の怒りを買ったサムヘン王子やフンセン王子よりも、レーン王子の方が相応しいって思ったみたい。


 サムセン王子が居なくなったらフンセン王子が出てきて、宮殿を占拠したのには驚いたけど、私の加護の刺繍が入ったハンカチとアティカス様の魔法陣で、何とかレーン王子が公王を助け出す事に成功したの。


 後から公王様に直接お礼を言われたけれど、妻が何人もいるのも、後継者を決めるのも本当に大変みたい。


 これからユトレヒト公国も前時代的なものはやめて、アルンヘム王国を見習って新しい公国として出発するって言うんだけど、うちの国、何か新しい事をしていたのかしら?


「アティカス様、アラベラ様、サロンにお茶の準備ができました」

「コリンナ、マスカットケーキは用意できたのかな?」

「昨日、お嬢様が食べたいと仰ったその日のうちに予約をし、きちんと用意ができております」

「よろしい」


 アティカス様は私をお姫様抱っこをすると、自分の部屋から日当たりの良いサロンへと移動を始めました。

『お嬢様!頑張って!』

みたいな感じでコリンナがエールを送っているけれど、居た堪れないです。


 私、この家に移動して来てから、歩く歩数が確実に減っているような気がするんですけどね。

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