第19話 美しいがすべて
「イライザ、お前にはアルンヘム王国に輿入れをしてもらう事になりそうだ」
皇帝である父からそう言われた時に、私は何をトンカチな事を言っているのかしらと物凄く頭にきたものだった。
「この私が?事もあろうにアルンヘム王国ですって?」
皇妃であるお母様の娘である私だけれど、私の顔は先々代の皇帝に瓜二つ。目が細くてシュッとしているから、ぱっちりお目々が正義のアルンヘム人に物凄く馬鹿にされるのよ。
「アルンヘムの第一王子が是非とも、お前を娶りたいと言っていてな」
「はあ?」
帝国に留学しているコルネリウスは私のクラスメイトだし、今では親友みたいなものだけれど、何をトンカチなことを言っているのかしら?
「お父様!この私が!見かけが100%のアルンヘムに行ってどんな目に遭うことになるか想像も出来ないのかしら?」
「可愛らしいイライザなら誰もが仲良くしたいと思うだろうな」
「ああー〜―」
鬼のように怖い顔をしたお父様は、皇帝のくせに完全なる親バカなのよねー〜。
「人は見かけが100%なんかじゃない!」
「歳をとれば、誰でもシワシワの老婆になるじゃないか!」
「君の事は絶対に私が守る!」
「私とアルンヘム王国を救うと思って!どうか!どうか!私の妻になってくれ!」
親友だと思っていたコルネリウスが、泣いて縋ってお願いしてくるから、絆されてしまったっていうのは間違いないわよ。
まあいいわ、美の女神様が加護を与えるという王国に行ってやろうじゃないのという気持ちと、嫌だったら離婚して帝国にさっさと帰ればいいやという気楽な気持ちで訪れた王国は、すでに崩壊寸前にまで陥っていた。
美しいが全てで、美しい以外の何かを活かして努力するなんて事が貴族になればなるほど考えられなくて、近衛兵は美しいけど満足に剣を振る事も出来ず、美容のためにお金をかけすぎて横領する事務官が後をたたず、美しければ無能でも出世するシステムゆえに、王国全てが機能しない現実を目の当たりにして、私はめまいを起こして倒れそうになったのよ。
ティターン神話の中では、天母神レオーネと地父神オケアノスがアペトス、モシュネー、ティオーネの三神を生み出したとされていて、アルンヘム王国は美の女神ティオーネが作り出した美しい国とされている。
王族だけでなく貴族も美丈夫が多く、ティオーネの加護を持つと考える人々は美しい事が正義だと考えて、美しくなければ生きている意味がないとさえ考える人間が山ほどいた。
驚くべき事に、アルンヘムの貴族女性の半数近くが、年をとって醜くなると伴侶から生きている価値もないと宣言され、自死を選んだり、離縁を選ぶしかない状況に追い込まれるのだという。
美しいだけで無能な輩が支配する男尊女卑の世界でもあった為、まずは地位あるちょっと歳を取った貴族女性たちを取り込む事にして、顔だけで中身は無能で能無しなアホどもを駆逐する事に精を出す事にしたのだった。
嫁いだ時には、このひいおじいさま似の顔で散々言われる事になったけど、コルネリウスが私の顔が好きだって言うのだからそれでいいのよ。
そもそもナイフを入れて一皮剥けば、みんな同じ肉の塊なのよね。美しいのがなんだって言うわけ?
コルネリウスの弟が周りに洗脳された完全なる馬鹿で、美しいが正義と思う貴族たちをまとめて王家の簒奪を狙い始めてしまったのには呆れたけど、あのまま美しいが正義でやっていたら簡単に隣国のタクマウ王国に征服されていたからね?
美しいアルンヘム人なんて、他国の王族、貴族の愛玩として売り飛ばされる未来しかなかったんだからね?
天母神レオーネは自分の子供たちにカレンギス大陸を分け与えた訳だけど、武力のアペトス神や知識の女神モシュネーはまだ良いとして、美(だけ)の女神ティオーネの事は最後まで心配されていたのよ。
美しいだけでは到底生きていけないだろうと考えた天母神は、神の加護を持つ人間をティオーネが治める土地へと送り込む事にしたのは有名な話で、彼らは絶対に華やかな美しさを持たないといわれているのよ。
美しい事だけに執着していれば到底見つけることが出来ない秘宝とも言える力。美しいだけではなく、他の事にも目を向けるようにと願う天母神の親心みたいなものなのだけれど、そこの部分、アルンヘム人はきちんと読んでいるのかしら?
結局、美しいが正義のバルトルト・ブルクハウセンは、せっかく手に入れた加護持ちの令嬢を容姿が気に入らないからという理由で隣国の王子、サムヘン・ナットに献上した。
私が嫁いで以降のアルンヘム王国の軍部は私の支配下にあるので、私に対抗するためにサムヘンを動かしてユトレヒト公国の軍を使ってやろうと企んだのでしょう。
帝国では蛮族とも言われるユトレヒト公国は、アルンヘム王国以上に男尊女卑の国であり、例え自分の妻であろうとも、屈服させ、支配下に置こうと考えれば、親族の男たちの手で陵辱を行う。
精神的に破壊した上で洗脳をするそうなのだけれど、新しい公王にはその辺りの行為は禁止にしてもらわなくちゃだわ。もしも実施した場合には、重い罰則を課するようにしてもらわなきゃだめね。
王位継承にはうちの加護持ちと錬金術師が関わっているだけに、絶対に言うことを聞くとは思うのよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます