第18話 新しい公王
「ユトレヒト公国に流星が落ちたか」
アルンヘム王国の国王である私は、大きなため息を吐き出しながら報告の続きを促した。
「ユトレヒト公国の継承第一位を獲得していたサムヘン・ナット・ユトレヒト様及び、ブルクハウセン公爵の嫡男バルトルト様は現在も行方不明、流星の落下により命を落としたのは確実と考えられております」
「新しい呪術刻印を戦争向けに開発したと言っていたが、まさか、流星を落とすとは」
「サムヘン・ナット様が亡くなった事により残りの王子たちによる骨肉の争いが再び始まるものと思いましたが、ユトレヒト公国は第十二王子であるレーン・ナット様を次期公王にお決めになられたようです」
「すんなりと継承が決まったわけではなかろう?」
「さようにございます。サムヘンが行方不明との情報が公都に伝えられたその日のうちに、フンセン第9王子が蜂起を致しまして宮殿を占拠。体調が悪い公王を奥の宮に隠してしまい、自らが継承第一位と宣言をされたのですが、たった一人で宮殿に乗り込んだレーン・ナットに殺される事になり、公王は無事に解放。王位はレーン王子へ譲渡することが公王自身のお言葉で宣言される事により、熾烈な争いは遂に終止符を打つ事となったようです」
「フンセン王子と対峙したレーン王子は一切の物理攻撃を無効としたそうじゃないか?」
「そのようにお聞きしております」
「しかも、宮殿の上空には空を覆い尽くさんばかりの魔法陣が浮かんだとか」
「さようにございます」
「はっはははっははっ」
オルコットの加護と庇護者の力があれば、国を築くも滅ぼすも簡単な事。
謁見の間の奥に掛かる巨大なタペストリーは三百年ほども昔に、オルコットの力を使って作り上げた最高傑作だと言われている。
物理攻撃無効、毒殺無効、玉座に座れば悪意ある感情を見事に察知出来る優れもの。
それと同等のものを作り出す力を持った者が、今代で生まれ出たのは間違いようのない事実と言えるだろう。
「兄上!兄上!兄上!」
謁見の間へと飛び込んで来た弟のブロウスは、ビュルヘルス辺境伯から送られてきた報告者を押しのけながら前へと進み出ると、
「ユトレヒト公国に流星が落ちたというのはまことの事なのですか?」
土気色の顔色となって玉座に座る私の顔を見上げてきた。
「まことの事だ」
私は大きく頷くと、馬鹿な弟にも分かりやすいように説明をしてやる事にした。
「加護ある人間をユトレヒトへ誘拐してきたようでな。天母神レオーネの怒りによって流星が堕ち、アダルマトの離宮周辺は壊滅状態となったらしい」
「はあ?」
「唯一生き残ったレーン王子が公都へと向かい、サムヘン亡き後、王位継承権を得ようと動いたフンセン王子を破ったそうだ。レーン王子が次の公王として決定したらしい」
「な・・レーン王子は12番目の王子だったはず・・・」
「レーン王子は妖精の加護を持っているそうだ」
「妖精の加護?」
「今の公王は英霊の加護を持っているであろう?やはり次の公王も加護持ちが良いとの事で、妖精の加護を持つレーン王子が次の王となる」
「王位継承第一位だったサムヘン王子は?」
「流星の直撃を受けて生きていられるわけがない」
土気色から白へと顔色を変えていく弟を見下ろしながら笑みを浮かべる。
「そういえば、バルトルトは元気か?」
「はい?」
「バルトルトは元気かと尋ねているのだが?」
「はあ?」
あっという間に萎れて目が落ち窪んだように見える弟を眺めやりながら、明るい声で問いかける。
「そなたの所は大切な跡取りがバルトルト一人であろう?うちのイライザはぽこぽこと私の子供を産んでくれたが、そなたの妻は一人しか産まなんだ。公爵家の跡取りであり、私の甥でもあるバルトルトが元気でやっているかどうか尋ねているのだがな?」
王家及び王家に準ずる人間は、国外に出る場合には貴族議会による承認が必ず必要となる。その約束事が守られているのなら、バルトルトはアルンヘムの国内に居るという事になるのだろうが。
「は・・はい・・・元気です」
竦然と立つブロウスの体が微かに前後に揺れている。
「元気です・・私の自慢の息子なのです・・・」
「そうだな、お前の自慢の美しい息子なのだから、私も次期公爵として期待しているのだぞ?」
「じ・・じき・・公爵・・・」
きっかけはハンカチだった。
若い女性向けの化粧品や小物を売り出し、平民から貴族までが好んで利用する人気の店舗を幾つも手がける事になったセグロ商会が売りに出したハンカチが、意中の男性への告白を後押しする効果があると評判になったのだ。
ごく弱い効果しか発揮しない、恋愛の加護を彩る刺繍をアラベラ嬢が施したというので、どのような効果があるのか検証するために売りに出したところ、物凄い人気となったわけだ。それらの作品は売り切れ終了としてしまったのだが、そこに目を付けたのが弟のブロウスだった。
明らかに魔法陣とは違う加護の刺繍、その作成者はオルコットの令嬢だ。
心の底から加護の力を求めながらも、醜いと言われる令嬢に対して食指が動かない。人は見た目が100%、女神ティオーネの加護を受けるアルンヘム王国は美しいが全て、完璧な美でなければ存在する事すら厭わしい。
「中途半端に手を出して、神の怒りに触れてしまったのね」
ふらふらした足取りで謁見の間から出ていくブロウスの姿を見送っていると、王家が出入りする扉から入ってきた王妃イライザが、私の背後からそっと声をかけてきた。
「美しいことが全てという価値観に縛られていた男の成れの果てがあれなのだろう」
「本当に馬鹿馬鹿しいこと」
私の肩にイライザがほっそりとした手を置いたので、その上に重ねるようにして自分の手を置いた。
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