第17話  わたしの婚約者

 妖精エナの誘導する通りに動いて馬に乗る事までは出来たんだけれど、あっという間に敵に見つかってしまったのよね。

 公族が使う離宮は砂漠に囲まれた風光明媚な場所にあるため、砂漠の中を馬で走って逃げる事になってしまって、何処かに隠れようがない事態にお腹まで痛くなってきた。


「兄上の指揮する一個小隊が相手か」

 最速で逃げなくちゃならないという事で、レーン様とは別々の馬に乗っている状態です。私の方の馬は妖精さんが操作しているみたい。

「目眩しくらいなら出来るだろう?エナ、僕に協力してくれる?」


 猛然と追いかけてくる一団の方へ馬首を向けると、私の馬まで真後ろへと向きを変える。


「目眩しをしても、敵の中に魔術師がいるから効果が薄いわよ!」

「じゃあ!どうするんだよ!崩れた離宮もそっちのけで兄上自身が追いかけてくるだなんて思いもしないじゃないか!」

「それだけ愛し子は貴重なのよ。向こうは愛し子だって事まではわかっていないみたいだけどね」

「あのー〜、もしこのまま捕まったら、私は一体どうなるんでしょうか?」


 聞きたくないけど思わずきいてしまう、これが人間の性(さが)って奴かしら。


「そんなもの決まっているでしょ!あんたは大勢に陵辱されて、慰み者となって、頭がおかしくなって、洗脳を受けながら、刺繍をちくちくする事になるのよ!」

「そんなのヤダーーーー〜ッ!」

 馬の頭の上でポヤポヤ光っている妖精さんのお言葉に私は絶叫しました。


 ああ、そうだ。

「このまま絶叫していれば、もう一回、ピアスの力で敵を薙ぎ払う事が出来ますか?」

 絶叫したら、黄色い光線がビーッと伸びて建物が切り裂かれる結果となったので、今回も光線を放って敵をやっつけることが出来るかもしれません。


「胴体からブシュッと切断していく感じで、うまいことやれる自信あるの?」

「え?」

「その魔石、周囲全てを殲滅するように出来てるから、近くで発動されるのは勘弁なんだけど」

「ええええ?」


 砂埃がどんどん大きくなっていて、馬を走らせている男の人の顔までくっきり見えてきましたよ。

「じゃあ!どうするんですか!」

 追いかけてくる人たちの方へ馬を向けて停止させているって事は、諦めきってお出迎えしているようなものじゃないですか!


「大丈夫よ!あんたの庇護者がようやっと来たみたいだから」

 妖精さんはそう言うと、視線を遥か前方へと向けたように見えました。


 馬を走らせて向かって来る男の人たちと私達の丁度中間地点に、盛り上がった砂が物凄い勢いで進んできています。

 その砂の山が弾けるようにして飛ぶと、馬に跨ったローブ姿の男の人が砂から飛び出すようにして現れると、長い棒のような物を高々と掲げたのです。


 その棒の先端から何重にも魔法陣が浮かび上がるなり、あっという間に上空に広がっていったと思うと、空を切り裂くようにして、真っ赤な塊が幾つも落下してくる姿が見えました。


「流星を落とすだなんて!信じられない!あんたの庇護者は頭がどうかしちゃってるんじゃないの?」

「ええ・・ええー〜―!」


 空から落下したのは巨大な岩石の塊のように見えたんですけど、真っ赤な炎を上げながら落下しているので巨大な火球のようにも見えます。


「嘘でしょーーー!」

 地響きと共に落下した火球が爆発するようにして砂を舞い上げる中、襲いかかる爆風から逃れるようにして馬上のまましがみつくようにして顔を伏せます。


 死を覚悟いたしましたとも。

 目の前に流星なんか落ちてきたら、死亡確実でしょう!

 だけど、いつまでたっても爆風も襲って来ずに無風ですよ、無風。


 馬がブルルンッとか呑気にかましてブルブルいっているので、恐る恐る顔をあげると、馬の手綱を持ったアティカス様が、

「アラベラ、こっちにおいで」

と言って、手を差し出してきました。

「え?」

「アラベラ」


 何でこんなところにアティカス様が居るのだとか、何故無風とか、衝撃とか全然無いの何故とか、こっちを見ているレーン様の目玉が飛び出そうとか、そんな事を考えながら無意識のままアティカス様の手を取ると、馬の背から転がり落ちるようにしてアティカス様の腕の中にすっぽりと収まってしまいました。


「ああ、アラベラだ。ようやっと会えた」

 アティカス様は感極まった様子で私を抱きしめながら、私の髪の毛に顔を埋めてスンスン匂いを嗅ぐのをやめてほしい。


「一緒にアルンヘムに帰ろう」

 そう言いながら大きな魔石を取り出したので、私は慌ててアティカス様を止めました。


「待って!待ってください!私!レーン殿下に救われたんです!」


 私とレーン様が乗る馬の周りは無風なんですが、その周囲は上空まで届くほどの砂嵐状態になっているんです。

「せっかく私を助けてくれたレーン様を置いてなんて行けません!それにレーン様は妖精の加護をお持ちの方で」


「アラベラ!分かったから俺以外の男なんて見るな!」

 目を塞がれてしまいましたが、必死にお願いするしかありません。

「お兄さん殿下を裏切って私と一緒に逃げ出したから、この後、絶対に大変な目にあっちゃうと思うんです!だから!ここに置いていくわけにはいかなくてですね!」


「そうよ!そうよ!そうよ!あんた!離宮まで壊滅状態にしているんだから!こっちのフォローもきちんとしなさいよ!妖精を怒らせたら大変な事になるんだって知っているわよね?ねえ?」


 妖精のエナさんが周りをぶんぶん飛んでいるのが気配で分かります。


「ほら!エナさんの言う通り!移動するならお二人も連れて行ってください!」

「ええー〜―」

 なんだかんだ不満そうでしたが、なんとかお二人を連れてこの場から移動する事になりました。

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