第16話  行方不明

 大声を出す事が出来ないようにするために、小さな少女は喉を切り割られた状態で道端に倒れていた。

 光属性の魔石は治癒の力を持つため、刻印済みの魔石を血塗れの喉の上で破壊すると、開いた肉の穴が見る間に収縮をしながら閉じていく。


 少女の喉を切り裂いたナイフは、頸部の太い血管を切り裂くことは無かったため、出血量はそれほど多くはないように見える。

 開いた喉の穴からヒューヒューと音を立てながら漏れ出た空気が、穴が塞がる事によって、


「カハッ・・ケホケホケホッ・・・」

鼻腔や口腔から吸い込んだ空気が漏れる事なく肺を満たす。しばらく咳こんでいた少女は、我に返った様子で周囲を見回すと、

「アラベラ様・・・アラベラ様?」

泣きながらアラベラの名前を呼び出したのだった。


 少女はオルコット伯爵家に仕える下級メイドで、オリビアに頼まれてアラベラを商会の外へと誘い出したらしい。


 何でも、家を出ることになったアラベラに、オルコット伯爵家の資産の一部を相続させるための手続きが必要なのだが、家を追い出した伯爵家の人間の事が信用できないのか、話をする事すら出来ないと言われたそうで、アラベラと面識があるナビエラなら説明が出来るだろうという事で、オリビアにここまで連れて来られたらしい。


 アラベラが誘拐される際に喉を切り裂かれたそうなのだが、あと数分俺が処置するのが遅ければ彼女は死んでいただろう。


 ようやっと国王からアラベラを保護する事を許された俺、アティカス・アビントンは、どうやら後手にまわってしまったようだ。

 アラベラは誘拐されて、一切の気配を感じる事ができない。 

 これほど完璧に気配を消しているという事は、他国の錬金術師か魔術師が絡んでいるのだろう。


「ユトレヒトへの土産に丁度良いって言っていました」

「なんだって?」

「男の人の声がそう言っていたんです」

 血塗れのナビエラは、元々栄養状態が悪い所に来て、喉を切り裂かれた事による出血で貧血を起こしている。


 それでも気丈に顔を上げながら、

「お嬢様を助けてください!お嬢様を助けてください!」

必死の声を上げながら、俺の足に縋り付いてきたのだった。


 すると、異様な気配に感づいたのか、路地裏へと足を踏み入れてきたメイドのコリンナが驚いた様子で俺を見上げて問いかけてきた。

「アティカス様?どうなさったんですか?」


 地面が血塗れ、縋り付いてくる少女も血塗れ、異様とも言える光景にコリンナも太い眉を顰める。


「コリンナ、お前、今まで何処に行っていた?」

「王宮からの呼び出しがあり、登城していたのですが」

「アラベラが誘拐された」

「はい?」

「オリビアが手引きしたらしい」

「そういえば今日はコーバも緊急の仕事が入ったと言って、外に出掛けているんです」

「仕掛けられたという訳だな」


 座り込む血塗れのナビエラをコリンナに渡すと、ポケットの中から刻印入りの魔石をつかみ出した。


「コリンナ、アラべラはピアスを付けているんだよな?」

「ええ、刻印入りのピアスを外すような事はほとんどありませんし、他者の力では外れないようになっているはずですよね?」

「そうだな」


 貴重な透明度の高い黄輝石は常に大気中の魔力を取り込むようになっており、使用者が危機に陥った時には迎撃をするように刻印が施されている。


「どうやらアラベラはユトレヒト公国に連れて行かれたようだ」

「追うことが出来そうですか?」

「気配が感じられない」


 コリンナとコーバが外に出たのは敵の策に嵌まったからだ。

 王家の犬であるコリンナを王宮に呼び出すことが出来るのは、王族または準王族という事になる。


「とりあえず、ユトレヒト公国との国境に向かう」

「転移石を使うんですか?」


 コリンナが驚きの声をあげるのには理由がある。

 俺が最近、開発に成功した転移石は、魔法陣を敷いてある場所を指定して飛ぶことが出来る代物で、貴重な魔石を使用するだけに、その価値は小国一国分とも言われている。


「アラベラからの反応が出るまで、ユトレヒト公国に潜入して待つ」

「それでは私は影からの情報をまとめて、追って連絡します」

「わかった」


 手にした魔石を地面に叩きつけると、足元に古代ティターン語で記された魔法陣が広がっていく。

 その中心へと落ちるようにして体が消えると、ユトレヒトとの国境を守る辺境伯の敷地内へと姿を現した。


 乾燥地帯となるこの地域は、王都と比べて植物の種類が全く違う。

 鮮やかなブーゲンビリアの花が咲き乱れる庭園の奥の方からこちらへ駆けてきたのは辺境伯であるバーレント・ビュルヘルス。


 禿げ上がった頭に深い皺が刻まれた顔は猛禽類をイメージする強面で、美を第一とする王国の社交界では悪魔の象徴のように取り扱われている人でもある。

 鍛え上げられた体躯を持つ武人であり、孫が六人もいるというのに、まだまだ現役という国境の守り神とも言われる人物である。


「何か異変がありましたか?」

「加護持ちが誘拐された」

「なっ・・・」


 絶句するバーレントを無視して歩き出す。

「おそらくユトレヒト公国へ献上される事になるのだろうが、他国の錬金術師か魔術師が関わっているようで気配を追うことが出来ない」

「我が軍はいつでも動かす事が出来ますが?」

「もしかしたら全面戦争になるかもしれないから軍は国境線上に配備しておいて欲しい」

「貴方様はどうするのですか?」

「俺はユトレヒトに潜入して加護持ちを探すことにする」


 その後、幾つかの打ち合わせを済ませると、馬に乗った俺は国境線を超えて隣国に潜入した。


 アルンヘム王国内でピアスが起動すれば、転移の魔石を使用するし、ユトレヒト国内で起動するようであれば、馬を走らせて向かっていくしか方法がない。

 情報を集めながら進むしかない状態だが、もしも、移動の最中にアラベラの身に何かあれば、世界を滅ぼすことも考えなければならないだろう。

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