第13話  そんな話は聞いていません

小さな魔法陣が描かれたコンパクトケースの中は白粉で、軽く顔をはたくだけで白磁のような肌となる。


「うちの商会の一番の売れ筋はこの美白に特化した魔法陣が組まれた白粉で、一個で金貨十枚にもなる代物なのよ〜」

「金貨十枚!」


「このアイラインは目が大きく見える刻印が施されているから、例え小さな目だったとしても魔法の力でお目々ぱっちりに見えちゃうし、唇はさくらんぼみたいにプルップルになる口紅にはフルーツのようなみずみずしい唇に見える刻印が施されているの。アイシャドウだけは刻印なしで売っているんだけど、コフェル山で取れる鉱物を粉砕して作っているから人気は物凄くあるのよ〜」


「魔法陣ってその都度、術者が描かないと魔法が発動しないのに、刻印した魔法陣は、わずかでも魔力があればそれを使って魔法を起動するって事ですよね?」


「そうよ〜、アラベラ様の元婚約者様による偉業だし、うちはそれでお金を儲けさせてもらっているってわっけ〜」


 鏡の前に座らされた私、アラベラは、商会の会頭であるコーバさんに現在、お化粧をしてもらっています。そのほとんどが呪術刻印入りの超高額化粧品となっているため、緊張で手足が小刻みに震えてしまいます。


「アラベラ様は人は見かけが100%だって言うけど、見た目なんか、簡単に作れちゃうものなのよ?」

「そうなんですか?」


「アラベラ様ったら、化粧なんか一回もした事がないすっぴん状態で、天使だとか何とか言われる妹の前に引き出されていた訳でしょ〜?そんなの、戦う前から負けちゃっているのは当たり前よね〜。アラベラ様の素地を使ったら、私にかかれば即座にオルコットの天使を超える作品に仕上げちゃうわよ〜!」


 人は見かけが100%、貴族の世界から出ても私の見かけじゃ駄目なのかと落ち込みまくっていた訳ですが、そうじゃない、そうじゃないんだと言い出したコーバさんが私にメイクをしてくれる事になり、

「コーバさんは天才化粧師とも呼ばれる人なので、是非ともお嬢様もお試しになったら良いですよ」

と、コリンナが言うから試してみる事にした訳です。


 さすが天才化粧師、コーバさんの手に掛かれば地味で平凡な私の顔だって、なんだか物凄く華やかになったみたい!


「お目々ぱっちりアイラインを入れれば、通常の1・5倍の大きさに見えるのよ!」

「すごい!買いたい!お目々ぱっちりアイラインってお幾らなんですか?」

「金貨八枚ね!」

「たかー〜―い!」


 さすが呪術刻印が施されているだけありますよ。

 高い!高い!値段が高すぎるー〜―!


「結局、魔法が加わるから美しいのよね。人は見た目が100%なんて言うけれど、化粧を取ってみれば、みんながみんな、大した事ないのよね〜!そーんな大したことがない顔を、魔法入りの化粧道具を使って加工しているってわけよ」


 魔法使いがいたのは遥か太古の昔の話であり、詠唱を唱えて魔法を使うなんて事が出来なくなって千年近くが経つそうです。

 使えなくなった魔法の代わりに進化を遂げたのが『魔法陣』であり、魔法陣の作成者の事を私たちは『錬金術師』と呼びます。


 五十年ほど前までは、錬金術師のみが作成した魔法陣を発動する事が出来たそうなのですが、隣国の錬金術師サムエル・ロドナーの研究によって、錬金術師以外の人間も、自身の魔力を使うことで、魔法陣を使う事が出来るようになったわけです。


 貴族の人間であれば魔力を持っている事が多いため、このような化粧品に魔力を施す事によって魔法を発動させる事も可能になるわけです。


 私の婚約者だったアティカス様は、サムエル・ロドナーを超える錬金術師だと呼ばれるのは、魔法陣を刻印する技術を開発したからです。


『呪術刻印』と呼ばれるこの技術は、魔石に魔法陣を刻み込む方法だそうで、この技術の活用によって、我が国は南に接する隣国タクマウ王国との小競り合いに勝利したとも言われていて、アティカス様は英雄と讃えられることになったわけですね。

 

「ねえ、コリンナ、私の顔、おかしくな〜い?」

「全然おかしくなんかないですよ?可愛らしいじゃないですか!」

「本当に〜?」

「本当に!本当に!だけど、変な男にナンパされてもついていっちゃ駄目ですからね?」

「そんな人がいるわけがないじゃない?」


 そもそも私、伯爵家からセグロ商会に移動して来てからというもの、一歩も外を出ていないような状況なんですもの。


 少ない荷物を馬車で運び出してきた私たちですが、セグロ商会の会頭であるコーバさんが言うには、

「オルコット伯爵家について少し調べてみたんだけど、アラベラ様を籍から外して放逐したから、妹のオリビアを次期当主として申請しますっていうようにしてはいるみたいなんだけど、爵位の継承権の移譲ってそんなに簡単に出来るものじゃないのよね?もしかしたら、アラベラ様が死んじゃったから仕方なく〜とした方が手っ取り早く手続きが済むかもって考えるかもしれないし、誘拐されて殺されるなんて事も十分にありえる話だと思うわっけ!」


 コーバさんはバサバサの付け睫で瞬きをしながら、

「そんな危ない状況なのに!私の運命の女神を外に出すわけにはいかないじゃない!だから、しばらくの間は外出はなし!ね!」

深紅の紅をはいた唇に笑みを浮かべると、

「どうせ出れないなら、暇な時には私がお化粧の仕方を教えてあげるから、しばらくの間はうちの商品の素晴らしさに驚いていればいいわ!」

と、言い出したのだった。


 うちの国は一応、女性でも爵位は継げる事になっているので、長女の私が伯爵家を継いで、婚約者のアティカス様に婿入りしてもらう予定でいたのですが、それを妹のオリビアにすげ替えるとなると、色々と大変なのかもしれないですね。


 美しいが全ての両親は、私なんかどうなったって良いと思っているので、邪魔だから殺すとか本当にありそうで怖いです。


 そんな訳で、お化粧したり、お料理したり、刺繍をしたりして過ごしていた訳ですが、ちょうど、コリンナもコーバさんも居ない時にやって来たのは、伯爵家で下級メイドとして働いていたナビエラで、

「お嬢様!お嬢様が助かる方法があったんです!お金が手に入るんです!」

と、厨房に面した裏口から顔を出したナビエラは、興奮も露わにして、私を見上げて来たのだった。


 美しいが全てのオルコット伯爵家は侍女やメイドも顔で選んでいるようなところがあります。


 美しいが全ての価値観の中で、栄養状態が悪い、下働きの最下層にいるナビエラは格好のストレス発散の捌け口であり、食事を食べさせてもらえなかったり、与えられたベッドから追い出される事もしばしばで、夜になると所在なさげに裏庭に彷徨い歩いてくるため、離れ家に保護した事が何度もあるような状況でした。


 お父様がいないナビエラは家族を養うために働かなければならず、いくら虐められていたとしても、ナビエラの給料がなくなれば家族は飢え死にしてしまいます。


 伯爵家を放逐された私ですが、自分が家を出る事はどうでも良くても、虐められていたナビエラの事だけが唯一心残りでもあったのです。


 そのナビエラは私の手を引っ張りながら外に連れ出すと、瞳を輝かせながら言い出したのでした。


「お嬢様がお金に困らないようにするために、伯爵様は財産の一部をお嬢様にお渡しするつもりでいるようなんです!」

「はい?」

「それで、書類にサインが必要だという事をお知らせしなくちゃならなくて、私が説明するためにここまで来たというわけです」

「ええ?そんな話は聞いたことがないんだけど?」


 お金の話だからここでは出来ないと言って、外に連れ出されたわけですが、そのお金の話というのが、伯爵家からの財産分与の話?

 しかも、その話をするために、何度もセグロ商会を訪れているのだけれど、門前払いをされてしまった為に、アラベラと交流があったナビエラに声がかかる事になったという。


「ナビエラ?お母さんや弟さんたちは元気?」


 商会の本店は繁華街のど真ん中にあるため、決して治安が悪いわけではありません。多くの人が行き交ってはいるんですけど、少し奥まった路地に連れてこられたので、喧騒が遠くに聞こえるようでした。


「まさか、家族を人質に取られたとか、そんな訳じゃないわよね?」

「いいえ、そんな事はないですけど」


 私が案じていたように、ナビエラも私の事を案じてくれていたようで、私が追い出した伯爵家がお金を出してくれると聞いて、居ても立っても居られないような状態となって、ここまでやって来たのでしょう。


 痩せ細ったナビエラは相変わらず満足に食事を食べられていない状況のようで、着古されたワンピースの袖から出ている腕や足は枯れ枝のように細く見えます。


「ナビエラ、急いで商会に戻りましょう」

「え?どうしてですか?まずはサインをしないと」

「サインなんてどうでも良いのよ、あなたを今すぐ商会で保護してもらわないと」


 痩せたナビエラを抱えるようにして歩き出したのですが、私を誘き出した相手が、まんまと逃げ出すのを見送るなんてトンマな事をするわけがありません。


 やたらと背が高い男が目の前に立ちはだかったかと思うと、後ろから頭を殴りつけられて目の前がチカチカとしてきます。


 ナビエラの悲鳴がくぐもった物へと変わり、倒れ込んだ私の目の前に真っ赤な血がー滴り落ちてきます。


「お父様はなんでこんな簡単なことが思いつかないのかしら?」

 オリビアの声が上から降り注ぐようにして聞こえて来ました。

「殺すなら殺す、外国に連れて行って奴隷にするならさっさと奴隷にすれば良かったのよ」

「守護者がいたのだから仕方がないことでしょう」

 知らない男の人の声。

「ユトレヒトへの土産には丁度良い」

 ユトレヒトってなに?

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